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第6話 狼王とフリーランッ!

 ユーテシア帝国はかつて大陸北部を統一していたゴルドア統一帝国が三つに分かれた北部三帝国(ほくぶさんていこく)の一つです。


 三帝国にはそれぞれ森人(エルフ)鉄人(ドワーフ)獣人(ビースト)人間(ヒューマン)が半々に住んでおり、ユーテシア帝国は森人(エルフ)の国なので街中にも緑が多く、帝都も自然と一体になった美しい街でした。


 ただ、それらは計画的に植えられ育てられた機能美、計算された美しさで、僕が今まさに駆け抜けているこの森の圧倒されるような生命力は、感じられませんでした。


 そうっ! そうなんですっ! 


「これがっ! ゲームの中なんてっ! 思えませんっ!」


 下生えの草を跳び越え、目の前に突如現れた太い枝を潜り抜け、僕はあまりの楽しさに叫びます。


 狼王を追って跳び込んだ森は、まったく人の手の入っていない緑の迷宮でした。


 それでも走り出して4~5分は比較的走りやすかったのですが、いつしか目の前には人の侵入を拒む天然の障害が次々と現れるようになっていました。


 すでに擦り傷や打ち身の痕が体の各所に刻まれ、視界の端にある緑色のHPバーも目に見えて減っています。


 それでも僕が走り続けていられるのは、ほんの10mほど先を走る獣を追っているからであり、そして現実の森とも見紛うような木々の美しさと天然の障害を楽しんでいたからでした。


 後を追ってきた僕に気付いた狼王は、一度こちらを確認すると再び口の端を上げその脚を僅かに速めました。


「……追いつけない」


 僅かづつですが、それでもどんどん小さくなる灰色の背中になんとか付いていきたいと思った僕は、意識する間もなく、ステータスウィンドウを開き『移動』のレベルを上げました。


 その速さの上昇は体感できるほどのものではありませんが、狼王の背中に離されなくなったことで確かに速くなったのだと実感できます。


 再びちらと僕を見た狼王は一瞬目元を細めたようにも見えました。


 目の前に広がる木々の海を軽やかに淀みなく狼王は駆け抜けています。


 ときに地を走り、ときに大樹を蹴り、ときに細枝踏みしめて跳ぶように走るその姿はみっしりと茂る葉の隙間から落ちる木漏れ日を浴びてキラキラと輝いています。


 僕はその後を追い、大樹を蹴ってそれでも届かぬ細枝の手前の太い枝を踏みしめそこから二度三度と枝を跳び移ってから地面に跳び下り、転がるように受け身を取って勢いを殺すことなく走り出します。


 こちらを振り向かず走り続ける狼王がまるで僕を試しているかのように、少しでも脚を止めればたちまち追いつけなくなるだろう速さで走り続けるその後を、必死に追いかけました。


 幅5mほどの川は突きでた岩を足場に渡り、切り立った崖は一気に跳び下りて崖の中ほどに双刃を突き立て落下速度を緩めて降りて行きました。


 常に5m、10m先のルートを探し、何通りものルートから実際に進む道を瞬時に選択、脚は走り蹴り衝撃を吸収し、手は掴み離し押し時に双刃を握ります。


 前に進む為に使う体の部位はその二つだけでは足りません。


 走って降りることが危険な急斜面は皮鎧の背中で滑り下りて行き、巨樹の根が地面から大きく張り出していた時には、走る勢いのまま上体を後ろに倒して膝で地面を滑るようにして根の下を掻い潜って行きました。


 どれほどの時間そうしていたのか、木々の緑に塞がれていた視界が不意に開けました。


 突然に森が途切れたそこは、森を区切るように抉られた地面が広く深い崖になっている、奇妙な場所でした。


 ほんの10mも進めばすぐに崖になっているその光景にブレーキをかけようとした僕の目の前で、狼王は躊躇することなく崖の対岸に向けて踏み切りました。


 崖の対岸まで20m以上はあるでしょう、そこに向かって跳んだ巨体は驚くほどの勢いで空を駆けましたが、それでもやはり中ほどまで行った所で下降を始めます。


 しかし僕が「落ちる!」と思ったその時、狼王の脚元の空中になにか白いものが集まり一瞬の内に塊になったそれを力強い脚が踏みしめ跳び上がりました。


 そして、見事に崖の対岸へと着地した狼王は僕に向かってニヤリと笑い、遠吠えをしたのです。


 その声は僕の中の勇気を震わせました。


 緩めかけたスピードをより速く、落としかけた足の回転もより多く回していきます。


 崖の縁にくるまでのほんの数歩でさらに加速して、狼王が踏みしめたその時のままに空中に浮かんでいるそれに……氷の塊に向かって踏み切りました。


 一瞬の上昇、そして風を切り前に進み始めた瞬間から時間がゆっくりと進んでいるような気がしました。


 吹き付ける風に崩れそうなバランスを、体幹を立てるようにしてなんとか立て直し見つめるのは次の足場である氷塊です……って、あれ?!


 なんかみるみる内に……氷が小さく薄くなっているような……ええっ!?


 ぐふぅ! 前のほうから大きく息をこぼすような音が聞こえました。


 そちらに目をやると……狼王が大口を開けて笑っていました。


 ……狼が笑ってるのって、わかるものなんですね……。


 それでも一縷の望みを託し、今や氷の板とでもいうほど薄くなった足場に足を……はい、パキッと割れました……ってことは……。


「落ちるうううううううっ!?」


 あ、ドップラー効果? とか思う間にも重力に引かれた体が落ち続けます。


 聞こえてくるのは風の音と楽しそうな笑い声だけ……狼ってこんなふうに笑うんですね……。


 そして衝撃とともに視界がブラックアウトしました。


 ……うううっ、まんまと嵌められて死亡ですか……悔しいとかよりも恥ずかしいですよ。


 せめてもの慰めは狼王以外には見られていないってことですかねぇ……。


 おっと、ちょうどアラームが鳴りましたね。


 とりあえずこのままログアウトしますか……うう、ちょっと泣きたいほど恥ずかしい、しくしく。



 ぽっぽっぽっぽーん!


 ちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ~ん♪


 レディ~ス&ジェントルメン!


 

 『Guardⅰans~星を守る者~』オープン初日を楽しんでいただけましたか?


 ユグドラシルで起こった様々な出来事を一週間に一度お伝えする『|TODAY’トゥデイズ YGGDRASILユグドラシル』のお時間です。


 第一回目のナビゲーターは(わたくし)、調和神の使いサージャリ―がお伝えいたします。


 今回は正式オープン初日の特別放送、今日一日の出来事を振り返って行きましょう。


~~~~~


~~~~~


 さて、それでは本日ラストは『ユグドラシル☆珍プレイ!好プレイ!』になります。


 まずは本日の珍プレイ第三位!


 だらららららら~~~…ジャン!


 『北の狼王と散歩!』


 ユグドラシル最強モンスターの一角、北の狼王が速くもプレイヤーの前に姿を現しました!


 そして、その後の展開と驚愕のラストに注目です。


 では、VTRお願いします。


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