第19話 六花の世界
今回、真っ先に飛び出したのは翡翠色の小鳥の姿をしたディアナさんの使い魔『川蝉』を従えたリンさんです。地響きを立てて上昇を止めた牢屋を後にして一直線に邪神官へ向かうその表情は実に楽しそうでした。
「なっ? 貴様らいつの間に!」
「彼女たちに手出しはさせないわよ!」
「ええい、邪魔をするな!」
邪神官は手に持った杖を自らに向かってくるリンさんに向けると、そこに現れた黒い渦のようなものを撃ち放ちました。無詠唱魔法! 高レベルなのは伊達ではないようです……しかし、ボスがどうやら魔法使い系のようだと知らされていたディアナさんは対抗手段を用意していました。一つは持続型魔法防御力強化の陰陽術『月光陣』をリンさんに掛けておくことで、二つ目は使い魔『川蝉』を一緒に行かせたことです。
「川蝉! リンを守って!」
「なんだとっ!」
青い羽根を震わせてリンさんの前へ躍り出た川蝉は黒い渦に自ら飛び込み、その身を犠牲にして黒い渦を消し去ります。
「ありがとね、川蝉!」
消えゆく川蝉に声をかけつつ邪神官に迫ったリンさんは、盾をかざして叫びます。
「さあ、こっからはアタシと勝負よ! 『ブレイブハウル』!」
「ちぃっ、望み通り貴様から殺してやろう!」
『ブレイブハウル』によってリンさんとの白兵戦をせざるを得なくなった邪神官ですが、25レベルという高レベルであることに加えてボスの特徴として魔法使い系でも十分な白兵戦能力を持っているはずです。油断はできませんが……こちらはこちらで手いっぱいなのでリンさんに粘ってもらうしかありません。リンさん、がんばってください!
さて、その時の僕はというと、弓兵が放つ矢の雨を次々に切り払っていました。
二階の弓兵たちは突入してきた『赤蜻蛉』の面々を、一階にいた弓兵は『Tae Water』の面々をそれぞれ攻撃していたのですが、牢屋が上がってきたところ守りに徹して時間かせぎをする人と囚われていた少女たちに攻撃を仕掛けてくる人とに分かれて行動するようになったのでした。
もともと少女達を護衛する為に僕とタマさんが牢屋の中に残っていたのですが、思っていた以上に攻撃の密度が濃くてなかなか苦戦しています。
「ほら、あんた達も死にたくないならもっとしっかり盾を構えて!」
「はい!」
気絶状態や睡眠状態から回復させるアイテム『アウェイクポーション』で起こした10人の少女たちを統率しているのはタマさんです。背負い袋型のアイテムボックスからポーションに続いて次々取り出した大盾を少女たちに渡すと、有無を言わせず密集させて後方と上方に強固な壁を作りあげ、自らは弩弓で弓兵たちに反撃をしています。素人ばかりの少女達ですが必死に盾を支えている甲斐もあり、今のところ大きな怪我をした子はいないようです。……なんと言いますか……泣き叫ぶこともなく、がんばって生き残ろうと努力する彼女たちを見る、全員助けなければいけないとの思いが強くなりますね。……まあタマさんが抗う暇もなく働かせているとも見えるのがちょっとアレですが、実際彼女たちはよくやっていると思います。
現状、問題があるとすればむしろ正面側を守っている僕の方です。
僕は向かい来る矢の内、少女たちの盾で止められないものを選び双刃で切り払っていきます。撃ち放たれた矢の軌道を予測、威力は考えずコンパクトに素早く矢に攻撃をするつもりで双刃を振るって叩き落としていくのですが、しかし……。
「きゃあっ!」
「くっ、すみません……」
「こっちは大丈夫よ、ユーノちゃんは前に集中して!」
落としもらした矢が1人の少女に当たってしまい盾での防御がわずかに崩れます。そこに向けられたる集中攻撃をなんとか捌いている間にタマさんが素早くポーションで少女を回復してくれましたが、先ほどから何度かこんなことを繰り返しているのです。
「……っ!」
僕は悔しさに歯を食いしばっってしまいます。どうしても全てを防ぎきることは出来ないと判ってはいるのですが、僕が不甲斐ないせいで女の子が怪我をするのば我慢できません! 「相手はNPC」だとか「ゲームの中での出来事」だとかそんな言葉もちらりと脳裏に浮かびましたが……そんなものは関係ありません!
矢を撃つ前の動作に注目して放たれる前に迎撃するイメージを作っておく、リンさんに聞いていた矢を切り払うコツは間違っていない筈、ならば全ての射手の動きを把握すれば良いだけのことです!
「これ以上は……やらせませんっ!」
今までの攻撃で敵の位置はほとんど確認しています。視界を広く持ち、耳を澄まして矢をつがえる音、撃ち放つ音を聞きわける。やれるかどうかではなく、自分ならば出来るのだと思い込めば結果はついてきます。
「六花よ、我を導きたまえッ!」
その瞬間、僕は無意識に言葉を発していました。そしてそれが特技『六花の導き』を発動する為のアクションワードだと理解する前に変化が起こりました。全ての動きが遅くなり、まるで世界が水の中に沈んだかのような……いえ、これは水ではありません……視界の中を揺らぐようにゆっくりと舞い落ちるこれは青白い六角の花……雪の結晶? というか、他の人の様子を見るに……これが見えているのは僕だけ?
「ユーノちゃん、また来たよ!」
突然のことに戸惑っていた僕でしたがタマさんに注意喚起され顔を上げると、しゃらんっ……薄氷が割れるように音をたて雪の結晶が1つ消え、その先に居た弓兵が矢を放つところでした。しかし今の僕には放たれた矢でさえも、ゆっくりと飛んでくる紙飛行機のように感じられます、一本も漏らさずに撃ち落とせました。
そしてそのことが拮抗し始めていた戦況を動かします。
「ええい、なにをしている、まずは生贄を殺せ! 御使いを呼びだせばこいつらなど、どうにでもなる! 命を惜しむな、全力をもって女どもを殺せ!」
「しつっこいのよっ!」
「させないって言ってるでしょ!」
いっこうに1人の生贄も殺せないことに痺れを切らしたのか、リンさん&ディアナさんを相手に戦っていた邪神官が大声で命令を発し、黒法衣たちはその通りに全ての遠距離攻撃を僕らに集中してきました。
一階で生き残っていた3人の黒魔法使い達は炎の矢を、巨大な氷柱を、電撃の槍を撃ち出し、槍を装備していた戦士たちは槍を投じ、弓兵も自らの身を顧みずに攻撃を続けますが……彼らが動くたびにに雪の結晶は音を立ててその姿を消し、僕に彼ら動きを教えてくれます。ならばあとはその全てを防ぐだけのこと!
「やらせません……彼女たちは、僕が守ります!」
まずは左右からやってくる矢を双刃を右から左へ大きく振って切り払うとその勢いのままに体を回し、雪の結晶を纏わせた左後ろ回し蹴りで熱気を発する炎の矢を迎撃、さらに真直ぐ突き進んできた氷柱を右回し蹴りで叩き割ります。弾ける炎が身を焦がし砕けた氷の欠片が四肢を傷つけますが構っている暇はありません。
地面を踏むと同時に跳び上がり少女たちの頭上を狙ってきた槍を中ほどで両断、後に続く10本以上の矢の雨を切り払い、轟音を立てて迫りくる雷槍の穂先を下から蹴りあげ天井へと逸らします。が、しかし……そこで限界がやってきました。
「ユーノちゃん!?」
最後の雷槍の余波で体が痺れた僕は体勢を整えることも出来ずに空中から落下、それに気付いたタマさんに受け止めてもらえたようですが、ヒットポイントもすでにレッドゾーンに入っています……前半で何度か受けた矢傷もあるのですが、やはり魔法3連発を防いだのがまずかったようです。邪神官が命じたように全力の一撃だったのでしょうか。本来の威力の7~8割は削ったという確信が(何故か)あるのですが、それでもかなりキツイです。
「よくやったわね、カッコよかったわよ。すぐに回復してあげるわ」
「いえ、すぐにっ」
「だーいじょうぶよっ。もう決着がつくわ」
いつのまにか普段通りに戻った世界で、すぐにでも立ち上がろうとした僕をやんわりと抑えたタマさんが指さす先では、まさに戦いの決着がつこうとしていました。
すみません、戦いが終わりませんでした……。
都合によりおそらく明日明後日は書けないのでここまでで投稿しておきます。




