第13話 レアクエストッ!
北部3帝国の中央に『ゴルドアの地下迷宮』があります。
北部最大のダンジョンとして有名なので、多くの守り手たちが集まってくる場所です。
あの後『Tea Water』の3人と一緒に1時間ほど狩りをした僕らはログアウトする彼らと別れ、定期便の馬車に乗ってゴルドアの地下迷宮に向かうことにしました。
整備されているとは言い難い道ですが、木枠にゴムを張っただけの車輪でも揺れは少なく負担はありません。
定期便の乗り合い馬車は20人以上が乗れる大きさで、『ゴルドアの地下迷宮』に向かうプレイヤーたちで賑わっています。
歩いて行けば10時間はかかる道のりですが乗り合い馬車に乗れば何故か30分で済むうえ、あちらの九柱神殿に登録すれば以降は『門』を利用して一瞬で移動可能なので大抵の人たちは短い馬車の旅を楽しんでいるようです。
「青騎士のおっさんの言うことも分かるけど、結局そいつ等みたいなのは『俺TUEEE!』したいだけでしょ?」
「そうね、ゲームの楽しみは人それぞれではあるけれど、初心者やら子供を専門で狙うPKも多いわ」
「ん~、なるほど」
僕らも風景を眺めつつ雑談し馬車の旅を楽しんでいましたが、あと5分で到着というところで気になるものを見つけました。
街道から遠く離れた場所に1台の幌付き馬車が止まっているのが小さく見えます。
なんであんなところに?
「ユーノくん、どうかしたの?」
「あそこに馬車が止まっているみたいなんですが……」
「馬車……ああ、あれか。よく気が付いたわね」
「動く様子がないわ、どうかしたのかしら?」
僕の言葉に2人も止まっている馬車に気が付いたようです。
「馬の姿が見えないわね……馬が脚をやっちゃった?」
「そうすると困っているかもしれません……」
「そんなに気にすることはないと思うけれど……」
気になりますが……周囲を見るとプレイヤーの皆が地下迷宮でどうするかと楽しそうにしているのが見えます……馬車を止めちゃうと迷惑ですよね。
「あの、ちょっと行ってきますので向こうで待っていてください」
「え? 行ってくるって……」
馬車は幌もなく荷台に座席が取りつけられているだけのものなので、壁を跳び越えればすぐに降りることが出来ます。
「ちょっと待ちなさい」
馬車の枠に手をついて跳び下りようとする僕をディアナさんが引きとめました。
「気になるのなら、私が式神を飛ばして確認するわ」
「あ、でも僕が気になっただけなので……」
「こらっ、遠慮なんかしてんじゃないわよ」
ディアナさんの脇からリンさんが手を伸ばし……僕にデコピンしました。
「ぐはっ……ちょっ、痛いです……」
いや、痛みは無いんですけど衝撃が……。
「困っているなら助けに行きたいのね?」
「え……と」
「それならちゃんと言いなさい。私たちも一緒に行くわ」
ディアナさんが式神を取り出し、小鳥に変化させて飛び立たせました。
「……はい」
「そうよ、なにかしたいことがあるなら遠慮せずちゃんと言いな。こっちだって遠慮してないんだからさ?」
リンさんが笑いながらウインクしています。
「はい……あの、ありがとうございます」
なんていうか……その……リアルでも普段から1人で行動しているので、なんとも……嬉しい……ですね。
「どう、ディアナ? やっぱりなんかトラブル?」
「ええ、馬が座り込んでいて男性が脚の様子を診ているみたい」
ディアナさんは眉間にシワを寄せて目を瞑り、それでもどこかを遠くを見ているような雰囲気です。
「ん……ちょっと待って、馬車の中に……これって!」
「どうかしましたか?」
ディアナさんの口調が真剣見を帯びています、なにかあったんでしょうか?
「ユーノくん、良い勘してるわ……多分【レアクエスト】だわ」
「レアクエスト?」
声を潜めるディアナさんにつられて僕も声が小さくなりますが、リンさんは弾んだ声で楽しそうにしています。
「へえ、馬車で移動中にくるとはね。御者さんごめん、アタシたちここで降りるから止めて!」
うーん、レアクエスト? それって確か……。
考えている間にも2人は止まった馬車から僕を連れて降りてしまいました。
「さて、まずは状況となにが発生条件かわかるならそれもお願いね」
「ええ、それじゃあトリガーは私の推測なんだけど……」
その後ディアナさんとリンさんによる作戦会議が始まったのですが……なるほど、そういうことなら、絶対に助けてあげなくてはいけません!
僕らは手早く、それでも綿密に打ち合わせをし行動を起こしました。
◇
「どうだ?」
「女二人がこっちに向かってくるな……ちっ、こいつがこんな所で脚を挫きやがるから」
草原に止まる1台の幌付き馬車、その周りには3人の男たちがいました。
それぞれに視線を合わせると、名称とレベルが表示されます。
最年長の男は『???リーダー:Lv18』、戦士風の男は『???戦士:Lv15』、魔法使い風の男は『???黒魔法使い:Lv15』、名前がないということは敵性NPCである可能性が高い……らしいです。
こちらはディアナさんとリンさんがレベル16で僕がレベル12ですから、正面から戦うことになるとこちらが不利でしょうか。
一頭の馬が苦しそうに座り込んでおりリーダーの男が車輪などを確認していますが、残りの2人は街道から歩いてくるディアナさんとリンさんを警戒しているようです。
「だからHPポーションを残しておけと言っただろう」
「はっ、魔法使いのくせに回復魔法も使えない奴のせいだろうが」
「なんだと! 俺は黒魔法使いだ、回復はオレの仕事じゃねえ!」
しかしこの2人、先ほどから見ていると仲間にしては仲が悪いというかなんというか……。
「その辺にしておけ、せっかく獲物が向こうから来てくれたんだ。さっさと迎える準備をしろ」
車輪を見ていた男が立ち上がり仲裁すると不承不承ながらも二人は従います。
どうやらこの男が一番偉いようですね。
僕は『隠密』を発動しながらゆっくりと馬車に近づいて行きます。
ディアナさんとリンさんに注意が行っている間に逆側から近づき彼らを偵察、可能ならば馬車の中身を確認するのが僕の役目です。
こんなことなら隠密のレベルを上げておけば良かったとも思いますが、まあ今はこの状況で出来ることをするしかありません。
「馬車のほうは大丈夫そうだ、あの女たちがポーションを持っていればそれを使って馬を治せるだろう」
「ならさっさとやっちまいましょうや。女2人なら簡単ですぜ」
「女2人といってもあれは『守り手』だろう、気を抜かずにいくぞ」
下卑た声を上げる戦士の男にリーダーが厳しい視線を送り、注意を促しています。
「相手は予定通り。戦士2人、魔法使い1人、年長の戦士がリーダーで18レベル、のこりは15レベルです。 おふたりを襲う相談をしています」
僕が開きっぱなしにしているフレンドチャットから報告する為、口の中で小さく呟くとすぐにディアナさんの返事がきました。
「了解、予定通りプランAで……無理はしないで」
プランAですね、それなら……音を出さないように十分に注意をしながら馬車に近づいていくと、馬車の向こう側の3人にディアナさんが話しかける声が聞こえてきました。
「こんにちは、どうかしましたかー?」
「ああ、こんにちは。実は馬が脚を挫いてしまってね。HPポーションも切らしてしまってて困っているんだよ」
この声はリーダーの男ですね、ホントに困っているように聞こえます……なかなか役者のようです。
さて、あちらが気を引いてくれている内にやることをやっちゃいましょう。
まず馬車の下から彼ら3人の足の向きを見て、反対側を向いていることを確認します。
『感知』など知覚系の行動は基本的に前方に良く働き後方は疎かになりますので、相手に気付かれずに動くのならば後ろを取るのが基本なのです。
「それならアタシのHPポーションを売ろうか?」
「ああ、それは有り難いな」
年長の男とリンさんが話している隙に馬車の傍らまで移動し、止まることなく後ろ側から荷台へと侵入します。
僅かな音もさせずに荷台に降り立てたのは我ながら中々の出来でしたが、夕陽とはいえ明るい外から幌に遮られた暗い場所に入った為一瞬目が眩んだのはマイナスでしょうか。
次の時には気を付けるとしましょう。
「それじゃあ定価の倍でどう?」
フレンドチャットからリンさんの声が聞こえるてくる中、荷台の中を見回すまでもなく真っ先に目に入ってくるものがありました。
それは猿ぐつわをされ、ロープで縛られた1人の女の子です。
ぐったりと横になったままですが、胸がわずかに上下しているので生きているようです……ふう、良かった。
すると彼女を確認したところで、僕の視界に『【レアクエスト:誘拐事件】発生条件:攫われた少女の確認:CLEAR 』の文字が発生し、続いて『【第1話:少女救出】クリア条件:誘拐犯の倒せ』が現れます。
ん、ディアナさんの予想通り、この少女をしっかりと確認するのがクエストの発生条件だったようですね。
これはパーティーメンバー、つまりディアナさんとリンさんにも表示されているはずです。
予定ではこのあとディアナさんの合図から5秒後に行動開始です。
僕はちらりと少女に目をやり……そのままにして外に出ます……先に助けてあげたいのですが下手に動けるようになると足手まといになるからと念を押されているのです。
……かならず助けますからね!
「リン、それでは彼らに悪いわ、早く渡してあげなさい。私たちにも予定があるのよ」
よし、合図です!
「わかったわ、それじゃあ早速……」
3・2・1!
「ブレイブハウルッ!」
リンさんの特技『ブレイブハウル』の叫びに紛れ荷台の下に潜り込むと、突然のことに驚いている魔法使いと戦士、そして剣を抜き払いつつリンさんに斬りかかるリーダーの男が見えました。
『ブレイブハウル』は一定範囲にいる敵の攻撃を、自分に集めることが出来る必殺技です。
壁役と呼ばれる敵の攻撃を引き受ける役目の戦士がよく使うもので、後衛の魔法使いなどを守る為の重要で強力な必殺技になります。
「ちっ、始めからそのつもりかっ!」
「あっはっはっ、引っ掛かったわね!」
敵の攻撃を集めるということは、注目も集めるということです。
魔法使いの男はリーダーの振るう長剣を盾で抑えているリンさんに釘付けになっています……背後に立った僕に気付くこともなく……。
「なにっ!?」
背中から心臓を貫くように双刃の片刃を突き刺しその状態のまま戦闘起動すると、そこで初めて攻撃されたことに気が付いた魔法使いの男が驚きに目を見張りながらも振り返りました。
『必殺技:暗殺撃』の効果によって不意打ちに成功した場合には二倍ダメージ、そして『急所』に攻撃を当てているのでクリティカルも発生しています。
体力の少ない魔法使いならHPの半分は削れたはず、そんな状態でしっかりとこちらに対応しようとするこの魔法使いはなかなか根性がありますね。
本来ならば刃が邪魔で振り向く動作は出来ないのでしょうがそこはゲーム内のお約束、PCが同じ状態に置かれた時に反撃できないのではつまらないですから。
実際それは想定内でしたので、相手が呪文を唱える前に攻撃をしようと僕が双刃を振りかぶると、魔術師の男がなにかを僕に投げつけてきました……赤い石?
それはルビーのような一粒の赤く輝く石でした……目の前に投げられた赤い石を僕は咄嗟に手で払い……その瞬間、石は破裂するように炎を発しました!
「くっ!?」
炎の熱が顔を焼き、喉を焼きます……もちろん実際にどうこうなるほどの熱さを感じるわけではありませんが、突然炎の直撃を受けたことで僕の動きが止まりかけたその時、2人の声が聞こえてきました。
「ユーノッ! ビビるなっ!」
「ユーノくん!」
思わず瞑ってしまった目を開くと、2人の戦士を相手に渡り合うリンさんとその後ろから呪文で援護しているディアナさんがいました……そうです、今僕が魔術師に負ければ2人もピンチになるんです、こんなことで負けるわけにはいきません!
「もう一度くらいやがれ!」
目の前の魔術師は後ろに下がりながら再び先ほどと同じ赤い石をこちらに投げてきています……これも炎なんでしょうか、炎ならもしかして!
なぜなのか、その時ふと思いついたことがありました……そしてホントにそれが可能なのか考えている余裕はありません。
この石を避けることは簡単です、そして発生した炎を避けるのも不可能ではないでしょう。
しかしそれをしてしまえば、魔法使いに呪文を唱える時間を与えることになります……そうなれば状況がどうなるかわかりません……ならば!
とっさに僕は放られた赤い石を避けるのではなく、前へ出て側転で勢いを付け赤い石に向けて跳び回し蹴りを、さらに特技「六花の導き」を発動します!
「六花よっ!」
赤い石は僕と接する瞬間、再び炎を吹き上げました!
改めて見ると僕を丸々包み込むほどの大きな炎でしたが、今度は僕の足先に集まった氷の結晶が赤い炎を見る間に白く染め上げ凍らせていき、蹴りを受けて砕け散りました……って想像以上の効果ですよ!?
「馬鹿な……」
炎を突破したところで腕を振り空中で体勢を整えると魔法使いの男が茫然とこちらを見ていました……まあ、炎が凍って砕け散ったんですから気持ちはわかります、正直僕もそんな気分です……とはいえその隙は見逃しません!
魔法使いとの距離はまだ5mほど、十分に届きます!
「これで決めますっ、タイフーンダンスッ!」
空中からの突進で始まる5連撃のこの必殺技は、僕がもっとも多く使っている自信のある攻撃です!
そして……最後の一撃で魔術師を地面に叩きつけると魔術師は光となって消えて行きました。
「よしっ、やりました!」
そして均衡が崩れます。
「くっ! 退却するぞ!」
「残念だけど、一手遅いわ」
「アンタはアタシに倒されな!」
不利と見たリーダーの男は逃走を図ろうとしましたが、僕が戦士の男を引きうけて時間を稼いている間に、リンさんとディアナさんが攻め立てます。
それからほんの一分ほどでリーダーは倒れ、戦士の男は投降しました。
僕もリンさんも多くの傷を追う接戦でしたが、だからこそ勝利の喜びは大きいですね。
これであの女の子も助けることができましたし、よかったよかった。
◇
『【レアクエスト:誘拐事件】【第1話:少女救出:CLEAR !! 』
『続けて【第2話:アジト捜索】を行うことが出来ます…Yes / No 』
クエストって何? の説明はまた次回です~。




