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自治省の悪臣  作者: 雪 柳
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第四章 自治省の防衛部隊 その1 

キリル長官のパワハラ・セクハラ発言、大問題です。


第四章は立春祭をめぐって自治省一同がワタワタするお話です。

一の月も終わりに近づいた。

北のカプレス山脈が守りの壁となり、ファネ国王都キサラの積雪は

さして多くない。しかし、朝晩の寒さは厳しく氷点下となる。

日が射して暖かくなるはずの昼間も、山脈から吹き下ろす風のため、

体感気温では朝晩とそう変わらない。


新年に入って一度だけ降った雪が薄く積もり、

日陰では溶けないまま凍ってしまっている。

油断すると足を滑らせる…王都の人間は慣れたものだが。


王の居城及び中央官庁が集中する王府には最新の工学技術が

導入されている。

主要な建物では油圧式暖房(ヒー)装置(ター)が中央制御で稼働しており、

役所の中はどこもポカポカと快適…とまではゆかないが、

外套(コート)を羽織らなくても大丈夫な位には室温調整されている。

この辺りはさすが、王府、中央官庁、と田舎育ちのリアンは

ひそかに感動している。

地方都市ルーマの下級役人用事務室では、ストーブに交代で

コークスをくべていた。

燃料運びの当番は楽な仕事ではなかったが、たまにストーブの上で

煮込み(シチュー)(肉は市の特売を狙う)を作ったり、

黄金芋を焼いたりして皆で少しずつ分けあって食べた。

それはそれで楽しい思い出であった。


しかし、王府の先端技術も完璧ではなかったようだ。

一昨日から中央制(セントラル)御装置(ヒーティング)が故障したとかで、

自治省の置かれる旧カリン宮全体の暖房が一時的に停止した。

ただ今、役人一同、不満(ブーイング)の嵐である。


部屋ごとに小型・中型の石油ストーブを入れて急場を凌いでいるが

復旧までにまだ一両日はかかるらしい。

今のところ体調を崩して欠勤する者はいないが、

既に何人かが風邪をひき、省内では鼻を啜ったり、

咳をしたりする音がそこかしこから聞こえている。

…中央官庁としての品位は残念ながらただ今、下降線を辿っている。


自治省次官にとって多少なりとも救いなのは、同じ建物に居る

商務省や工部省の役人との心の交流が増えたことだ。

「いや~今日も部屋の中が寒いですね」

「早く、暖房直ってくれないですかね」

「お、その首巻き暖かそうですね~」

「これはガンジ州特産の羊毛を使ってましてね~チクチクしないんですよ」

などと和やかな会話が展開してゆく。


共に困難に立ち向こうことで、何となく仲間意識?のようなものが

生まれてくる。


しかも、自治省は今回、他の2省に比べて有利な位置にいる。

暖房設備会社を選定した商務省と、先端技術を自慢していた工部省は

少しばかり…自治省に頭があがらない。

もちろんリアンは幾ら執務室が冷え冷えしても、

商務省・工部省に怒鳴りこんだりはしない。

貸しは作っておくものだ。今後のためにも!


「モムル、島嶼4州からの使節は予定通り到着できそう?」

リアンは島嶼4州を担当している役人に声をかける。

次官室付8名の一人だ。

「もともと余裕をもって予定を組んでいたので前夜祭までには何とか」

分厚い眼鏡が鼻先まで垂れてくるのを直しつつ、モムルは返答する。

まだ、30過ぎの男だが、島嶼4州の一つミマイ州の出身で、

寒さが大の苦手だ。

最初見栄を張って薄着を通していたが、くしゃみを7回連発したところで

上司(リアン)に叱り飛ばされ、今は室内で毛糸の帽子と首巻をしている。


「暴風で南洋が荒れてどうなるかと心配したけれど、これで16州とも

 立春祭には間に合いそうね…やれやれだわ」

自治省政務次官は綿入れの上から自分の肩を揉んだ。

綿入れ…次官用の執務服の上から重ね着したものだ。

田舎っぽいのは否めないが、来客中ではないので良しとしている。


「リアン、長官がお呼びだ。立春祭の人員配置の件で確認だとよ」

ヴァンサランが政務次官室に現れる。

彼に限っては暑さ寒さも無縁のようだ。

赤毛の大男は薄手の長そでシャツ一枚で歩き回っている。

彼がふいとどこかに消えて、そしてまたひょいと現れる時は

ろくなことがない。たいていはお呼び出しが待っている。


「長官、この忙しいのに、また前夜祭の出し物だ、本祭の装飾品だと

 言い始めたら、私はキレるわよ」

「まぁ、そういうな。長官はあれでお祭り好きだからな。

 仕事する気になっているんだから、付き合ってやれよ」


リアンの頭に「趣味:旅行(祭り)」という項目が浮かび上がる。

キリルの個人調書。

何というか、印象が強すぎて、記憶から抹消できない。


「ちょっと行ってくる。サラン、今確認している追加人員配置の部分、

 後から上に持ってきて」

「了解」

リアンは綿入れを脱ぐと、最上階へ向かった。


*** *** *** *** *** *** *** *** 


自治省長官室は予想通り別世界であった。

外は真冬でもここは常春。

旧カリン宮全体を襲った暖房装置故障事件も一切関係なく。


ここだけは、事件後ものの1時間もしない内に、

換気機能付石油(オイル)暖房機(ヒーター)が備えつけられた。

なんでも公爵家お抱えの技師が装置と道具一式を持って

馳せ参じたらしい。


しかも、香油を含ませた加湿器まで稼働している。

キリルは贅沢を極めた室の中で、優雅にただずむ…ではなく、

珍しく浮き浮きと動き回っていた。


「リアン、待っていた。立春祭の仕様書には目を通してあるね。

 初めてだから大変だと思うけど、昨年の流れと大きな違いは

 ないから、サランや8人衆に聞いておけば心配いらないよ」


立春祭。

通常業務に加え、目下どの官公庁をも多忙にしているのは

王都を挙げて行われる春呼びの大祭だ。

同じような祭りはリアンのいた地方都市ルーマにもあったが

規模はずっと小さかった。


リアンは当初、祭事が自治省の職務にさほど影響することはないと

甘く見ていたのだが、昨年の報告書を読んで驚いてしまった。

何しろ…新年参賀などよりも派手な催し(イベント)が盛りだくさんなのだ。


自治省にとって最も重要なのは、

王宮において16州から派遣される使者の接待、及び

王都内における16州による地元(アンテナ)宣伝館(ショップ)の管理を

行うことである。

しかも、立春祭目当てに観光客と商売人が急増するため、

王都警備のために各省から臨時に人員を出さなければならない。


「…それで前夜祭の行進(パレード)と本祭の総揃い、

 それから後夜祭の舞踏会だけど…」

初めての立春祭準備(しかも長官はアテにならないので、

いきなり陣頭指揮!)に頭が一杯のリアンはここに至るまで、長官の話を

真面目に聞いていなかった。


リアンの中では、長官→表舞台、次官→裏方という役割完全分担の図式が

出来上がっていたので、ミルケーネ公爵のお召しものがどうであろうと、

行進(パレード)で見物客に配る贈物がなんであろうと、

実はどうでも良かったのだ。


しかしながら…

キリルから渡された(カラー)刷りの立春祭<前夜祭・本祭・後夜祭>企画書を

一読して、激しい衝撃を受ける。


(このヒトの常識は私の常識と、違イマス。

 誰かこの公爵サマを大型生ゴミ回収日に出しちゃってください)


「何で私が前夜祭で長官と一緒に行進(パレード)で手を振って、

 本祭で一緒に陛下にご挨拶申し上げて、さらにさらに

 後夜祭で一緒に花火見ながら踊らなきゃならないんですか…」

しかも、前夜祭・春霞の対の衣装、本祭・白銀の対の衣装(礼装)、

後夜祭・星月の対の衣装と、衣装及び装飾品一式の指定まである。


(なぜに、長官と三日間通しの(ペア)衣装(ルック)しなければならないんですかー!)


リアンは込み上げる罵声を何とか飲み込み、この一カ月の間に

度々体験した長官特有の摩訶不思議な冗談(ジョーク)だと思い込もうとした。


「春霞の衣装はリアンにきっと似合うと思うよ。薄紅の羽衣が黄緑の瞳に

 映えて…ああ当日は晴れるといいね~」

「長官、妄想はそれくらいに」

「今回の衣装については心配はいらないよ。

 必要経費で全部落とすから」

「そんな無駄遣いは絶対ダメです」

“必要経費”の出所はどこだ、自治省か、ミルケーネ公爵家か、

キリルの個人(ポケット)資産(マネー)か、いずれにしても後が怖すぎる。

省費の不正支出で摘発されるのも、公爵を(たぶら)かしたと醜聞(スキャンダル)になるのも

まっぴらごめんだ。


「冷静に考えてください。

 長官と次官が三日間も一緒に行動してどうするんですか。

 どこも滅茶苦茶に忙しいんですよ。次官は裏方に徹します」

「却下。次官披露目も兼ねて、君は三日間私とずっぅうと一緒。

 これ長官命令」

「“アギール家の娘”に珍獣役をやれと」

「“ミルケーネ公爵”は毎回、街でも王宮でも見世物役だ」

僅かに籠められた自嘲の念。

キリルの目が笑っているようで笑っていない。

そう、彼は、生誕の時から好むと好まずとに関わらず、

注目される立場に在る。

偉大な王と讃えられる第10代イランサ国王の末の王子として。

大貴族の一位であるミルケーネ公爵として。自治省長官として。

そしてもちろん、若く、美しく、独身の青年として。


束の間、リアンは同情しそうになり…やめた。

それが彼の生きる世界であり、自分とは違う、と。

現在は同じ場所で呼吸しているが、二人の世界は違う。

自治省の中で少しだけ重なる空間があるけれども、ほんの少しだけだ。

彼は中央(ここ)に留まる人間だが、自分はいずれ出ていく。

たぶん、そう遠くない未来に。


「一緒に居てくれ」

リアンの内心を見透かすように、キリルが短く言葉をかける。

その声は真剣で、そしてどこか切なさを秘めているようだった。

胸に小さな痛みが走って、リアンは(はい)(いいえ)とも答えられない。


代わりに尋ねる。キリルの視線をまっすぐに受け止めて。

「長官、私を自治省に入れてくださったのはどなたですか?

 なぜ…入れてくださったのですか?

 なぜ…大した経験のない者を政務次官に就けたのですか?」

リアンは仕事の合間を縫って、何とかこれらの謎を明かそうと

孤軍奮闘していた。しかし、手かがりとなる資料も人も出てこない。


自分の目的があるとはいえ、

誰かに…知らぬ間に踊らされているようで落ち着かない。


「…交換条件というわけか?」

常春の豪華サロンにいるというのに、キリルの纏う雰囲気は

大貴族の冷ややかなものへと変わっていく。

「そういうわけでは」

「政務次官は長官が指名し、陛下が任命をする。

 君の場合も例外ではない。前次官の急死により、時期的には

 異例だが、きちんと正規の手続に則っている」

「質問の答えになっていません」

キリルの機嫌がどんどん外気温に近付いていくのを肌で感じ

ながら、次官の方も意地になった。


次に自治省長官から出た言葉は、

リアンの予想を完全に裏切ったものだった。

「リアン、私は君がこれまでに2度結婚に失敗している

 ことを知っている」

「何でそんな話に飛躍するんですか!

 人を勝手にバツ2にしないでください。

 私はまだ誰とも結婚したことありません!」

「訂正する。2度結婚しようとして、いずれも失敗に終わっている。

 一度目は19歳の時。

 ルーマ市の役人をしている時、3つ年上の先輩と良い仲になるが、

 そいつが中央政府に抜擢されるや、破局。

 二度目は23歳の時。

 隣国イサに留学中、母国から短期留学してきた貴族の息子と

 付き合って求婚されるが、なぜかうまくいかず破局。

 貴族の娘はだいたい二十歳位までに嫁ぐ。

 現在26歳の君は完全な嫁き遅れだ。

 結婚を逃した女性は仕事熱心にならざるをえない」

傷心の過去を暴露され、もの凄く酷い事をズタボロに言われる。

しかし、怒るでもなく、悲しむでもなく、

リアンはただ…あっけにとられた。


長官の思考回路がサッパリわからない。

貴族の娘の嫁ぎ遅れというのは自治省政務次官への抜擢理由に

なるのだろうか…そんなわけないだろうが。


「訂正します。

 長官がお持ちの私の個人調書やらに朱を入れておいてください」

まずは、動揺したら負けだ、と自分に言い聞かせながら。

「2度結婚しようとして、いずれも失敗という部分は事実ですが。

 その後がちょっと違います。

 一度目はだいたいその通りですが、二度目の貴族の息子云々は完全な

 虚構(ガセネタ)です。留学中に特別に親しくした男性はいません」

「ほう…2度目の事実はないと」

キリルの藍色の双眸は今や極寒の吹雪(ブリザード)もかくやという状態になった。

過去の乏しい恋愛歴で、なぜここまで上司が不機嫌になるのか、

リアンにはさっぱり見当がつかない。


「二度目の失敗は、別にあります。

“留学から帰ってきて、もしもお互いまだ独身だったら結婚しよう”と

 約束した人がルーマに居ましたが…」

「そんな奴がいたのかっ、報告に上がってきてないぞ!」

「大きな声を出さないでください。

 その人も遺体で見つかりましたので…父母が発見された一週間後に」

町医者をやっていましたので、怪我人の救助に向かって土石流に巻き

こまれたそうです、と、リアンは小さく付け足した。

2年前に地方都市ルーマを襲った集中豪雨は、リアンから最愛の家族のみ

ならず、家族になれるかもしれなかった人まで奪っていた。


長官と次官の間には重い沈黙が横たわった。


「立春祭、自治省人員配置の追加書類をお持ちしましたよ~」

そこに割って入ったのは、ヴァンサランである。

彼は空気を読まぬふりをしながらも、巧みにリアンを仕事態勢(モード)

引き戻した。

ヴァンサランから手渡された書類に目を通しながら、

政務次官は幾つか急ぎの案件が階下で自分を待っていることを悟った。

グウタラ長官の訳ワカラナーイ戯言に付き合っている暇はないのだ。


リアンの瞳が勝気な光を帯び始める。

「長官、前夜祭と後夜祭は真剣(マジ)に勘弁してください。

 自治省は(トップ)2人が不在にしていいほど暇じゃありません。

 但し、本祭はお供します。一緒に見世物役になりましょう。

 衣装の方もお任せしますので、どうぞ不正支出で捕まらない程度に

 ご準備願います」

そう啖呵を切って、キリルの返事を待たず長官室を飛び出す。


何だか頭が痛くなってきた。肩も凝って、喉も掠れた感じがする。

(ちまた)はお祭り気分で浮かれているというのに、

リアンは酷い疲労感に襲われながら階段を一段ずつ降りた。


*** *** *** *** *** *** *** *** 


すぐに次官を追おうとしたヴァンサランの足が止まった。

長椅子に崩れるように突っ伏してしまった青年が約1名。

このまま長官室を出るのが躊躇われた。


「公爵、あのさぁー」

「何も言ってくれるな、サラン。

 いろいろ失言したのは自覚している。リアンに嫌われた」

リアンに嫌われた、リアンに嫌われた、と鬱陶しくも呟き続ける。


この青年はもちろん、元王子様、今公爵様のキリルである。

放っておくと、シクシク泣く声が聞こえてきそうだ。


「うん、お祭りを一緒に楽しみたかったっていうのは、よく

 分かりますよ」

「…しかも、留学中、求婚したのも綺麗さっぱり忘れ去られていた。

 いくら正体隠して変装していたからって、酷過ぎる」

今度は酷い酷いと恨み節だ。

もうヤダ、この長官、面倒くさい。ヴァンサランは腕組みをして嘆息した。


「現実問題、前夜際は無理ですよ。貴方、他にもやる事あるでしょう?

 あまり“本職”をサボっていると宰相から自治省免職(くび)を宣言されますよ」

「それは困る。これ以上、リアンとの接点がなくなったら耐えられない!」

「ではそこでイジけていないで、“あちらの長官”としてしっかり働いて

 きてください。

 そうすればちょっとは良いことがあって、後夜祭で一曲くらいは

 意中の方と踊れるかもしれませんよ?」


ヴァンサランは上手に飴をばらまいた。

かくして、長官は極限の落ち込み状態から脱し、いそいそと動き始めた。


リアンの過去の恋話、また別の所で出てきます。

キリルは「だから私の所にお嫁に来なさい」と言いたかったのでしょうが

全然ダメダメです。出自の割に口説き方がなっていないのは理由があります。


気まずくなった二人ですが、次回仲直りできるのでしょうか。

「その1」「その2」も登場、アギール家の方々も登場と賑やかになります。



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