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自治省の悪臣  作者: 雪 柳
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第三章 自治省の爆弾親王 その1

自治省の新人政務次官として頑張るリアン。


その仕事模様を少しばかり皆さまにご紹介いたします。


長官の意外な?面も次々登場。


官庁仕事始から半月をリアンは怒涛のように過ごした。

まず手がけたのは、少しばかりの省内人事異動。

伯爵令嬢だろうが“世紀のロマンス”の娘だろうが、田舎者の新人。

いきなり自治省のナンバー2にそんな奴がきて、ぎゃあぎゃあ騒げば

反発必至。

…さりとて波風立てず「お飾り」をやっているのは性に合わない。

鬼女と言われようが魔女と言われようが、構うものか。


誰の、何の、思惑で自治省政務次官なんて高官職に就くことになったのか

分からないが…せいぜい利用させてもらう。

私はここでやりたいことがあるのだから。


*** *** *** *** *** *** 


自治省政務次官室はここ半月の内に随分と手狭になった。

最上階にある長官室ほどではないものの、3階にある次官室にはかなりの

空間(スペース)が確保されていたのだが。


今はリアン自身と補佐官であるヴァンサランが使うもののほかに、

8人分の長机が運びこまれている。

リアンの席に一番近いところにヴァンサラン用の机が置かれ、

あとの8人分は省内の各部署から抜擢した役人たちのものだ。


ファネ16州を一人当たり(メイン)で2州、(サブ)で2州ずつ担当して

もらい、政務次官に上がってくる決裁書類を精査させる。

普通ならば、長官や次官に上がってくる決裁書類の類は

ほとんど右から左に署名・押印して流してゆくようなものだが、

リアンは自分の分からないことに形ばかりの承認を与えるのが

嫌だった。


一通り目を通して、「何かオカシイ」と経験と本能が告げる所を

各担当官に再度秘密裏に調査してもらうことにする。

そうしてみると。

幾ら比較的潤沢な予算が配されているといっても、

使い方間違っていません?という新人次官でも分かる陥穽が

ざっくざっく見つかった。


「…サラン、この前のソイ州の官舎建設の件、却下」

「現地を仕切っているカリム大臣に睨まれるぞ」

「だっておかしいでしょう。何で中央から派遣される役人のためだけに

豪華官舎を造営しなきゃいけないの」

中央から地方に派遣される役人はかなりの高給取りなのだから自分で

家を借りるなり買うなりできるはずだ。

お偉い大臣が怖くてこの仕事できるか、とリアンは補佐官の警告を

一蹴する。


ヴァンサランは、「だ、そうだ」と言って、

それ以上は上司と争わず、ソイ州担当官サナンに向けて

不可となった書類を紙飛行機にして飛ばした。


「次官殿…国民リゾート村の件は…?」

トマス州担当官のアイルと副官のフェイがおずおずと

お伺いを立てる。

二人ともやや太めの、いい歳をした中年おやじなのだが、

リアンを見る目は子犬が子羊のようだ。

もとより次官付の上級官吏でそれなりに経験を積んでいるのだが

年の暮れにリアンに鬼のように叱り飛ばされて以来、本気で彼女を

怖がっている。


ちなみにこの二人以外の次官付は全員交代となった。

理由は簡単。ファネ国16州が書けなかった連中だ。

もちろん頭は空っぽでも、権力者や有力商人の縁故であったりして、

それなりに省内に留めておく価値のある者もいるにはいたが。

自分の頭脳(ブレーン)としては不要と、リアンは“丁重に”配置変えを乞うた。


(なんで南海岸ヴァカンス村作るのに自治省が金を出すんだ…!)

トマス州から寄せられた企画書と嘆願書を見せられた時、

新人政務次官は頭に血が上るのを感じたが、一応二人の話を聞いた。


結果、

「その件、来月まで保留。2週間以内にもう一回企画書を提出させて」

となる。


聞けば昨年発生したハリケーンの影響で南部4州の内、トマス州と

エンジル州に深刻な被害が出たそうだ。


現地の新たな雇用創出と観光産業復興という目的を考えれば、

国民リゾート村の発想自体は悪くない…が何か胡散臭くもある。


「アイル、計画実施の場合に関わってきそうな建設関係者を洗い

 出して。フェイ、昨年のハリケーン被害報告書を持ってきて」

わたわたとトマス州担当官と担当副官は執務室を出ていった。


少し太めの二人だが、数か月後は見違えるほど精悍になるだろう

…ヴァンサランは近未来を正確に予測した。


*** *** *** *** *** *** *** 


お昼を回ったところで、政務次官室にはしばしの間

リアンだけが残された。

ヴァンサランを含めた9名には食堂で昼食を取らせ、

1時間ばかり休憩させる。


リアンだけはアギール家から届けられた弁当をその場でつつく。

そうしながら、

読み終わらない企画書やら要望書やら嘆願書に目を通していく。


ふと傍らを見やれば、書類の山の一番上に見慣れない絹張り表紙。

いつの間に置かれたものだろうか。

リアンは読みかけの企画書から目を離し、その綴りを手にとった。


藍色の絹地に銀糸で刺繍されているのは<自治省政務長官個人調書>。


何か読みたくない~とヤサグレつつ、少しばかりの好奇心に負けて

絹張りの表紙をめくる。

「キリル・ヒョウセツ・ミルケーネ 

 ファネ暦×××年11の月3の日生まれ。

 ファネ国第10代国王イランサと王妃イルーネを両親とする。

 第11代国王キランサの異母弟。

 第12代国王(現国王)ソランサの叔父。

 成人後、ミルケーネ公爵を襲名すうことにより臣籍に下る。

 現・自治省長官」

…ここまではどうということのない履歴書(プロフィール)だ。問題はそこから先。


「ファネ国第10代国王イランサは生涯において4度婚姻。

 最初の王妃ソラリヤは一子(第11代国王キランサ)の生誕と同時に逝去。

 二番目の王妃リリスは暗殺により、三番目の王妃カーラは事故により逝去。

 四番目の王妃イルーネは、太王太后として御存命、現王室では最長老。」

…王様四十代なのに、叔父のキリルがずっと若くて三十前というのは

こういうことか。


二代前、第10代国王の御世、ファネ国政情は荒れていて周辺との国境紛争も

深刻であったと聞く。

王妃さまがお産で亡くなったり、暗殺されたり、事故死したり、

これだけ不幸が続くと何かあったのかと勘繰りたくなる。


しかし、長官、私にこれを読ます意図はなんだ…?


個人調書にはまだ続きがあった。

「趣味 旅行(温泉、地酒、郷土料理、祭り…) 

    読書(歴史、数学、天文学 …)

 特技 8カ国語 剣術 棒術 乗馬 星占術 … ) 」


だめだ、長官、アギール公爵、アンタの常識は訳ワカラナイ。

最初の1枚目はともかく、2枚目以降はどう考えても人事で管理している

調書ではない。

はっきり言って、長官の趣味も特技もリアンにはどうでもよい。

しかも、その後に、なぜか「これから行ってみたい場所」とか

「やってみたい事」とかが、それはもう長々と書きつらねてある。


(一体、何の嫌がらせだ、長官…っ)

思わず(こぶし)を握りしめたら、変な風にスプーンが曲がってしまった。

おじいちゃんごめんなさい、家紋入りの銀匙を一つダメにしていましました。

リアンは心の中でアギール伯ハリドに詫びた。


「長官から、今日は一回も次官に会っていないねー、と言われたよ」


とにかく、極力、全力でキリルには会わないようにしよう。

そう決意を新たにしたリアンに、お昼から戻ってきたヴァンサランが

無情にも告げた。


彼に押し付けようとしていた長官決裁の書類が宙に浮く。


「それ、自分で持って行ったほうがいいと思うぜ」

補佐官が顎をしゃくって、リアンを促す。

全く、上官に対する態度としてなっていないが、ヴァンサランは

誰に対してもぞんざいな口を聞く。

たぶん…彼が(あるじ)と認める男以外には。


ううっ、小さく呻いて政務次官は立ちあがる。

決裁書類を挟みこんだファイルを小脇に抱え、それから縦長の紙袋を一つ

反対の手に持つ。

紙袋の中身はずっと渡そうとしていて、そのままにしていたものだ。


*** *** *** *** *** *** ***


「やあ、リアン。待っていたよ」

自治省長官はやたらに分厚い革張りの書物から顔を上げて次官を迎えた。


どうみても省内書類ではない…何かの歴史物?

リアンの頭に(趣味、読書、歴史ほか)という調書の中身がちらりと

点滅した。相変わらず仕事する気のないグウタラ長官だ。


「こちらの書類に署名と印をいただけますか」

卓の上に、要領よく持参した紙束を並べてゆく。


「私の個人調書には目を通してもらえたかな」

キリルはペンを取って、さらさらと署名しながら(いつものことだが中身を

どの程度見ているのか、かなり怪しい)、尋ねてきた。


「それなんですが、部下の私が見てよい内容だったのかどうか。

 かなり長官の個人情報が特記されているようなのですが」

何のつもりよアレは、と怒鳴りたいのをこらえ、しごく真面目な顔を作る。

思い出すつもりはないのに、記述内容が頭の中に甦ってくる。


その冒頭は。

“キリル・ヒョウセツ・ミルケーネ 

 ファネ暦×××年11の月3の日生まれ”

「あれ…?」

「…ん?」

頭の中に浮かんだ数字が意外な現実を突きつける。

リアンが上げた声にキリルもペンを止めて彼女を見た。


「長官って、まだ25歳だったんですか…年下?」

いくら王族出身でも中央官庁の長官という重職であれば30歳近くには

なっていると勝手に考えていたのだが。

「…年下は嫌い?」

キリルの手がすっと伸びてきたが、“想定内”とリアンは上手く避けた。

長官の“傾向と対策”を日々学習する次官である。


書類と一緒に持参した紙袋からガサコソ何やら出して

卓の上にでんと載せる。


「長官に貢物です」

「貢物?」

「遅ればせながら、就任のご挨拶と新任のご挨拶その他諸々(もろもろ)を合わせ

 まして…全国地酒収集もご趣味だと伺っているので」

何せ自治省アンケート98%の回答結果だ。


「それはまぁ…ご丁寧に」

自治省長官は瓶のラベルを確かめながら、皮肉げに言った。

どうやらお酒の贈り物はあまり喜ばれなかったらしい。


「でもショウコ酒のストックならもうあるよ」

「ぇえ?ファネ国ではまだ珍しいものと思いましたが」

「私の収集物(コレクション)を甘くみないでほしいな、次官。

 趣味は旅行と書いてあっただろう。

 隣国イサには私も足を運んだことがある」

「公爵さまが隣国までですか?それは初耳です」

そう言うとキリルの機嫌はなぜか一段と悪くなった。

このままだと長官決裁書類にハンコを押してもらえない。

あの高価そうな翡翠の角印はどこだ。


リアンは目を泳がせつつ、紙袋から奥の手を出した。

「ではこちらを差し上げます。

 絶対、長官のコレクションにはないものです」

ショウコ酒の横に並べたのはラベルのない陶器の壺。

「これは…?」

「ワタクシが造りました自家製ウメエ酒3年物です」

「ウメエ酒?」

「極東の帝国の更に東に小さい島国があるとか。

 そこで採れる果実を蒸留酒に漬け込んで造ったものです」

「その果実というのは何処で?」

「イサ留学中に王立植物園で臨時雇い(バイト)したことがあって、そこで

 試験的に栽培しているものを少々分けてもらったんです」

ちなみにお酒には白砂糖ではなく黒砂糖を使っていて

我ながら惚れ惚れする出来具合の…と本来の目的を忘れて滔々と説明

していると、長官はいつの間にやら固まっていた。


「…長官?」

まずい、また失敗か。

高貴な御方は庶民の造った果実酒など召されないか。


「へえ、君は、留学中にそんなものを造っていたのか」

気づけば、怒り半分、呆れ半分の藍色の双眸を向けられていた。


「…州費留学生で、臨時雇い(バイト)?自家製果実酒造り?

 そんな理由で私の誘いを断っていたのか」

後半は意味不明だが、リアンは自分が失言したのに気づく。

しまった、州から研究課題として与えられていた「外交」と「地方

行政」の勉強を疎かにしたことはなかったが、留学中イロイロ

楽しんでいたのがバレてしまったか。


「え~と長官、ウメエ酒は冬場だとお湯に割って飲むと美味しいですよ。

 健康にも良いですし」

「君の健康志向はどうでもいいよっ!」

ああ綺麗な手で卓を叩いたよ、このヒト。なんかもう面倒くさい。


「…お気に召さないようですので、この2本は持って帰ります。

 今度、自宅で叔父と酒盛りでもします」

書類はあとでヴァンサランを寄越すんで、と付け足して次官は逃げる

ことに決めた。98%の回答率もアテにならんな。


「まて、2本とも置いていけ。それか押印するまで待ってろ」

キリルの口調が乱暴になっている。

大貴族さまの余裕もどこへやら、苛立ちが表情に出てしまっています。


「…ご迷惑では?」

「シャイン子爵と酒盛りする位なら、私と飲もう」

「長官、省内で飲酒はダメだと思います」

「…長官である私が許可する」

どこの暴君ですか貴方は、と抗議しかけて、突然降って湧いた爆笑に

遮られる。


振り向けば無精髭をはやした軍人が一人立っていた。

短く切りそろえた黒髪は櫛を入れるのは忘れたようにボサボサ。

上着の前ボタンを開けていて、中から見えるシャツには皺が寄っている。

その人はお腹を抱え、目に涙を浮かべたて笑い転げていた。


誰だ、この不良オヤジは。

リアンは取りあえず相手が回復するのを辛抱強くまった。

けれど、求めていた答えは背後の長官からなされた。

「また突然のご訪問ですね…ワグナ殿下」


ああ、今日は厄日だと、自治省政務次官はこっそり嘆息する。

現国王の弟王子ベリル。通称ワグナ殿下。ファネ王国軍総大将。

そして、母ミアンを追いかけ回した迷惑王子。

(…ついに出たな、要注意人物その2)


リアンの自家製ウエメ酒。きっと美味しいですよ。

私も自家製梅酒で温まってからひと眠りすることにします。


ついに正式登場ワグナ殿下。

キリルにとっては現国王同様、甥にあたる人物です。


二人の舌戦、次回になってしまいました、お許しを。


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