第九章 自治省の悪臣 その1
第九章スタートしました。
まずは、前章で上手くいったキリル&リアンのラブラブシーンを書いて
みたいと思いまして。たまには「バカップル」も良いかと。
ジャンル:恋愛ですから!
でもなんだか前半、ジャンル:アクションになってしまった気も。
またもあれれ?
ね、眠い。こんな時間になってしまった。枕が私を呼んでいる。
ファネ王国のアギール伯爵家。
王都キサラ屈指の名門貴族でありながら、権力中枢からは大きく外れて
しまっている。
現当主ハリドは先々代イランサ王の忠臣であったものの、齢70を超え
既に政界を退いている。
ハリドの次男にあたるシャイン子爵クロンは、最近でこそ宰相の推薦で
内務省入りしたが、宮廷での実権はほとんどない。
彼自身もまた王家を嫌っているため、出世欲が全くない。
そして何と言っても、ハリドの長子クロスが先代キランサ王の
娘リウカ王女を袖にし、同王の息子ベリル王子の思い人ミアンと
駆け落ちしたため、アギール家は華やかな宮廷とは無縁の生活を送る
ようになった…もっとも、誰もそのことを嘆いていないが。
アギール伯爵邸で茶会や夜会が催されることは絶えてなく、
ごく限られた親しい友人を除いては、訪れる者もなかった。
しかしながら、本日9の月15の日。吉日。
珍しくも…客が来るということで、
屋敷はいつになく落ち着かない雰囲気に包まれていた。
伯爵家の人々は、基本的に自分のことは自分でやる性質なので、
必要最小限の使用人しか置いていない。普段はそれで事足りる。
今回、来客があるといっても、唯一人のことなので何も大げさに
する必要はないのだが…皆なんとなく忙しい気分になっていた。
リアンは自治省から朝帰りしたばかりだったが、少し休息した後、
庭師を手伝って応接室に花を活け、調理師と共に菓子を焼いた。
クロンが念のためと、客人の目に付きそうな箇所の掃除を
点検して回った。
当主ハリドは…檻の中の猛獣のように、苛々と室内を
行ったり来たりしていた。
「お祖父さま、座っていらして」
茶道具を卓に並べながら、リアンは見かねて声をかけた。
くれぐれも挑発してくれるな、喧嘩してくれるな、と
お願いしてあるのだが、さてどうなることやら。
「お出でになりました」
執事が客人の来訪を告げる。
「あっ、お祖父さま!」
ハリドはアギール伯爵家の当主として、応接室にて客人を待つ
予定であった。出迎え役は叔父クロンに任せてあったのだが
…待ち切れなくなったのか、部屋を飛び出してしまった。
慌てて、リアンも後を追う。
正面玄関に立った客人は、2階から駆け降りてくるハリドを
見上げると、右手を胸に当てて深く頭を垂れた。
「この度は面会のお許しをいただきまして有難うございます。
アギール伯爵にお願いの儀があって参りました」
相変わらずハリドの方を向きながら、客人はほんの一瞬、
リアンに視線を投げた。
藍色の瞳が甘い熱を伝えてくる。それだけで胸がときめいた。
キリル・ヒョウセツ・ミルケーネ。
王族出身の公爵サマ。
御年25歳という若さながら、先々代王イランサの末子であるため、
現王ソランサの叔父にあたる。
貴族筆頭である彼は瞳と同じ、藍色の礼装に身を包み、
アギール伯爵邸を単身訪れた。
当主に孫娘との結婚の許諾を貰うために。
しかしながら。
穏便に話は進まなかった。
「大事な孫娘に手を出しておきながら、なにをノコノコと!」
忽ち、ハリドが牙を向く。
同時に公爵サマ背後の扉にドカッと重たいものが突き刺さった。
リアンとアギール家使用人一同の視線がそれに向かう。
(………)
誰もそんなものが邸にあるとは知らなかった。
当主はどこに隠していたのであろう。
それは海神が手にするような三ツ又の巨大な投げ槍だった。
やはり、というべきか、ミルケーネ公爵のアギール伯爵家訪問は
波乱含みの幕開けとなった。
事の起こりは早朝に遡る。
旧カリン宮の最上階にて、長官が腕の中の次官に甘く囁いた。
「今日は公休日です。ずっと二人でこうしていましょう」
公爵サマはすっかりそのつもりでウキウキしていた。
彼の脳内では“ずっと一緒にいたい”が
“ずっと一緒にいる約束”に変換されていた。
それなのに、次官は眠そうに目を擦りながら、無情なことを
言ってのけたのである。
「長官、私は実家に帰らせていただきます」
私は実家に帰らせていただきます…。
実家に帰らせて…。
実家に…。
その言葉を反芻し、金茶の髪を梳く白絹の手が止まった。
(実家に…帰る?)
怒りよりも、焦りが先に噴き出した。
「え、えーっ、リアン、実家に帰るって何ですか!」
まだ結婚も、それどころか婚約発表すらしていないのに。
“実家に帰る”は何が何でも早すぎるだろう!
キリルはわしっとリアンの両肩を掴んだ。
「何か私に至らぬ点がありましたか?
抱き潰して貴女を不快にしたなら謝ります。
でもそれは愛が余ってのことで…
とにかく実家に帰るなんて言わないで下さいっ!」
などなど、起き抜けでまだ頭の回らないリアンに向かって、
切々と訴えてくる。
何か誤解があるなぁと、ボンヤリ考えているところに、
必死な形相の顔が近づいて来る。
藍の双眸が怒っているようでもあり、泣きそうでもあり、
次官はまたも長官殿を「可愛い」と思ってしまう。
その「可愛い」は「愛しい」に凄く近いもので。
リアンは自分から距離を詰めて、相手の唇に吸い付いた。
「一応嫁入り前の娘が外泊続きでは、家の者が心配します。
顔を見せに帰るだけです。
婚約のことも知らせておきたいですし」
まだ余韻に浸るキリルにそう説明する。
孫娘の外泊が、自治省での仕事のせいではないことを祖父は
気付いているだろう。恐らく叔父も。
さすがに10代の娘のようには叱り飛ばされることはない
だろうが、相手が相手だけに煩悶していることだろう。
説得は難航しそうだ。
「それは…大変申し訳ないことをしました」
リアンが祖父と叔父についてあれこれ対策を練っている間、
キリルも思うところあったのか殊勝に謝ってきた。
が、悪い予感しかしない。
「伯爵家の大事なお嬢さまを妻にと望むのに、
当主の断りもなく突っ走ってしまって。
これでは誠意がないと思われても仕方ありませんね」
リアンは別にそんなこと思っていなかったが、祖父は確かに
激怒しているだろう。孫娘に近づく男はただでさえ目障りな上に、
相手は王族出身のミルケーネ公爵だ。
権勢欲のない、しかも“王家、あんまり好きじゃな~い”
アギール一家としては歓迎できない相手だった。
「急ぎ支度を整え、本日午後にご挨拶に伺います」
「ええっ?来るんですか?家に?今日?」
もちろん早いに越したことはないが、早すぎではないだろうか。
またも心の準備ができなくて、リアンは心臓をバクバクさせた。
祖父と長官が衝突したら。
年齢的にはキリルが有利だが、経験値では祖父が上だ。
叔父は二人を止めてくれるだろうか…期待できない、どころか、
逆に煽りかねない。
できれば今日一日くらい自宅の自室でゆっくり休みたいのだが。
「アギール家で待っていて下さい」
そう言って、優しく額に口付けられたところまでは良かった。
「キリル?」
何故か再び寝台の上に組み敷かれる。
「リアン…申し訳ありませが、もう一回だけ。
午後は絶対、貴女に恥をかかせないと約束しますから」
そう言って、公爵サマはリアンの胸に顔を埋めた。
さて、初っ端から三ツ又槍の歓迎を受けた公爵サマであったが、
その程度のことは想定内なのか、全く動じずに涼しい笑顔を
浮かべていた。
とりあえず応接室に続く廊下に誘導するも、
今度はシャイン子爵が不穏な動きをした。
なんとキリルの背後から数本の小刀を放ったのだ。
「キリルっ!」
クロンの斜め後ろ歩いていたリアンは血相を変えた。
しかし、この襲撃も覚悟していたのか、公爵は羽虫でも
追うように片腕を払い、小刀を全て撥ね返してしまった。
リアンは元騎士団長であった父が鋼鉄の腕当を装着して
いるのを時折、目にしたことがあった。
たぶん長官も今、同じ様なものを付けている。
彼が弾いた小刀は一直線に並んで壁に付き刺さっていた。
「お祖父さまも、叔父さまも、長官に怪我させたら
承知しませんよっ!」
ここに至るまで、公爵の態度にも問題はあったが、
折角挨拶に来てくれたのだ。この応対はないだろう。
「この程度で負傷するような男なら、大事な姪っ子はやれね~な」
(えーと、叔父上?口調変わっていますけど…)
宰相直々のお声がかりで内務省密偵に抜擢される人物だ。
結構腕も立つのかな?と思いつつも、先刻のナイフ投げまで、
直接目にする機会がなかったリアンである。
何だか裏の顔がイロイロありそうな叔父サマであった。
「心配要りませんよ、リアン。
貴女のためなら、どんな試練をも乗り越えてみせます」
にっこり笑うキリルに
「よう言うた!」
と、ハリドが新たな武器を繰り出してきた。
鎖の先に在るものは刺付きの鉄球。
三ツ又槍の時と異なり、それは真っ直ぐキリルの心臓めがけて
放たれていた。
「キリルっ!」
リアンの声が悲鳴に変わった。
しかし、公爵は身を翻すと、危なげなく攻撃を回避した。
的を失った鉄球は室内灯に突き当たり、水晶の飾りを粉々にした。
クロンが自分の身を呈してリアンを庇う。
その瞬間、藍の瞳に炎が宿った。
「…私の奥さんに触らないでくれませんか」
リアンを守るのは自分の役目だと言わんばかりだ。
「…俺の姪だ」
バチバチと火花が飛び散る。
リアンは悟った。
アギール家が名門伯爵家だというのは表面的なことで、
実は極道一家なのだと。“世紀のカップル”を生んだはずなのに、
実はロマンスとは程遠い一家なのだと。
その後、応接室で起こったことを、リアンは早く忘れたいと思った。
彼女の役回りは、ひたすら自分が焼いた菓子を食べ、自分が入れた
紅茶を飲み込むだけだった気がする。味などもちろん分からない。
自分の将来に関わることなのに、
キリル対ハリド・クロン組の戦いになっている。
熱い男たちの争いは舌戦だけに留まらず、実戦になっていた。
そうして天井も、壁も、窓もあっという間にボロボロになった。
但し、リアンの周囲とリアンが手ずから用意したお茶とお菓子が
並べられている中央の円卓だけは何ら被害を被っていない。
「それで婚姻式は年内に…」
キリルがまたも無茶を言い出したが、リアンが反論する前に、
身内二人の小刀が飛んだ。
「「ふざけんなっ!」」
伯爵と子爵の声がピタリと合う。
「しかし、あまりのんびりするのも。
リアンのお腹が目立ち始めて、婚礼衣装が着られなく
なったら可哀想ですし…」
公爵が爆弾宣言をする。
片方の手は銀の盆を盾にして、小刀を全て防御し、
もう片方の手で優雅に紅茶を口元に運ぶ。もちろんリアンに
「美味しいお茶ですね」と礼を言うのも忘れない。
リアンの方はと言うと、祖父と叔父から問い糺すような視線を
向けられて、慌てて弁解する。
「していません!妊娠なんて、していませんからっ!」
「…近い内にするかもしれないじゃないですか」
公爵サマがまたも火に油を注いでくれる。
彼は今のところ防戦一方なのだが、口では負けていない。
「貴女によく似た娘が生まれたら、きっと可愛いいでしょうね」
「うわーっ長官、その辺で黙ってください!」
リアンは必死で手を伸ばし、キリルの口を封じようとした。
公爵サマは調子にのり過ぎだ。
実際のところ…
トマス州視察の際、フッサール伯爵夫人フローネから
「念のため」ともらった薬があった。
女性の体調を整える薬でもあったことから、王都に戻ってからも
同じものを薬師に処方してもらい、服用を続けている。
ゆえに「婚礼衣装が着られなくなる」事態は起こらないのだが、
そんな“女の事情”を眼前の男3人に説明する気にはれなかった。
ミルケーネ公爵は紅茶の器を静かに卓へ戻すと、
自分の唇に当てられたリアンの手を取った。
そして、騎士が剣を捧げた姫君にするように口付ける。
「さて、お祖父様と叔父上の了承も得られたようですし…」
「「了承した覚えはない!!」」
また身内二人が異口同音に叫ぶ。
但し、リアンがキリルの至近距離にいるので攻撃は控えた。
「…祈祷室に案内してもらえますか?」
身を固くしたリアンを宥めるように、励ますように、
白絹の手が彼女の両手を握りしめた。
「キリル…」
「一緒にご両親に報告しましょう」
では彼も忘れていなかったのだ。
ルーマ州を襲った未曾有の集中豪雨とそれに続く土砂災害。
“世紀のカップル”クロスとミアンの正確な命日は分からない。
ただ3年前のこの辺りと推定されるだけだ。
精霊祭同様、重苦しい沈黙が落ちるはずだったこの日を
キリルが変えた。
まぁ…一概に明るい方向に、とも言えないが。
応接室が一つ、戦場と化して使い物にならなくなったのだから。
祈祷室に入ったキリルは終始厳粛な姿勢を保っていた。
それでいてリアンの手を離さず、
彼女が記憶の再燃現象で錯乱しないように守ってくれていた。
「貴女が強くあろうとしていることは分かっています。
けれども、忘れないで下さい。私が直ぐ隣にいることを。
信じて下さい。貴女をけして独りにはしません。
愛しています、リアン」
「貴方が強い方であることは分かっています。
けれども、忘れないで、キリル。
私は貴方に守られて生きたくはない。
貴方と並んで歩きたいのです。信じて下さい、
私も貴方を愛しているということを」
祈祷室の中で二人は誓いの口付けを交わした。
入口でしっかり監視している伯爵と子爵を無視して。
「この辺で公爵イビリは止めときますか、父上?」
「…これ以上、邸を破壊するのも後が怖いからな」
二人とも到底納得できないものの、亡きクロスとミアンの前で
愛を誓われては無碍にもできない。
「結局、大事な姪っ子は王家に盗られてしまいますか」
あーあ、とシャイン子爵の落胆は激しい。
「生まれた瞬間からイランサ王に目を付けられていたからな。
イルーネ妃との間に息子が生まれたら、絶対嫁取りすると
息巻いていたし」
「リアン、自分の貴名を付けたのが先々代王だと知りませんよね」
「言ってない。
公爵だけはヤバイと思って、散々妨害したんだがなぁ」
全て無駄骨だ。
アギールの娘は、結局イランサ王の末子を選んでしまった。
「お祖父さま、長官と少し外出しても良いですか?」
嬉しそうに頬を染めた孫娘を前に、アギール伯はもう
反対することもできなかった。
*** *** *** *** ***
ミルケーネ公爵とアギール伯爵令嬢が向かったのは、
王都キサラ随一の繁華街ニムであった。
二人で来るのは二度目だが、今回は仕事抜きの初逢瀬である。
前回同様、キリルがモジャ髪丸眼鏡の書生を、
リアンが町娘の装いをして周囲を誤魔化す。
リアンは更に頭からスカーフを被って、顔を半分隠した。
キリル曰く、「自分が人目を引く美女だということを自覚してください」
とのことだが、リアンは恋人の欲目だと思っている。
一通り店を冷やかした後、丁度夕食の時間になったので、
二人はまたも“三匹の小羊亭”に入った。
別の店でも良かったのだが、リアンがもう一度絶品であった
小皿料理を食べたいと思ったのと、何となく二人して懐かしく
思ったのとあって、ここに決めたのだ。
「あれはないですよねーヒョウさん」
麦酒片手にリアンは相手に絡んでいた。
彼女が意味するところは前回キリルが衆人環視の下に
濃厚な口付けを、それも無理やりしたことだ。
「あそこで“俺の女”宣言しておかないとイロイロ危ないと
思ったもので」
「何ですか、それは!」
リアンは早くも一杯開けて、次を注文する。
「貴女が危ない真似ばかりするから、
もの凄く腹が立っていたというのも本当ですが。
あの時は敵味方入り混じっていましたし、
それから貴女個人に関心を持つ客の男たちもいて、
まとめて牽制するにはあの方法が手っ取り早いかと…」
「ふ~ん」
申し訳なさそうに首を竦めたキリルを前に、
リアンはパクパクとキサラ名物に箸を付けた。
「で、父の形見はいつ返してくれるのですか?」
「あれは返しません」
愛し女を前に、公爵サマも負けていない。
「文鎮と小刀までは許容しますが、小銃は諦めてください」
「練習しないと、どんどん腕が落ちるのに」
「腕を磨く必要なんてありませんっ!」
ドン、とキリルは空になった杯を卓上に置いた。
こちらは麦酒から葡萄酒に移っている。
「じゃあ、別のお願い事です。
結婚しても、お仕事続けて良いですか?」
この機会に二人の将来設計をできるだけ確認しておきたいリアンである。
陛下との約束や王妃の茶会など、これ以上、本人そっちのけで
話を進めるのは勘弁してほしい。
「貴女がお仕事大好き人間なのは知っています。
次官の仕事を続けたいのなら、お好きにどうぞ。
私も家に残すよりは、同じ建物に居てくれた方が安心ですし
…そうだ、家と言えば新居はどうしましょうか?」
こんな風に夕食を共にしながら、誰かと相談して将来
を決めていくなど、公爵にとって初めての経験だった。
今まで自分のことは自分で決めてきた。
他人の干渉など許さない…そう思ってきたが、リアンは別だ。
二人で作る未来というものが、とても新鮮で、とても楽しい。
キリルは今更ながら「全部自分に任せろ」と言った時、
なぜリアンが激怒したのか理解した。
二人の未来は二人で作り上げてゆくものだ。
そんな当たり前のことすら彼には分かっていなかった。
「新居、ですか。そうですよね、自治省最上階に棲み付く
わけにはいきませんし…」
生活してゆく上の設備は全て整っているが、あくまで自治省という
役所の一画だ。
「公爵邸ももちろんありますが、王都の少し郊外になるので
毎日の出仕には不便ですよ。私は普段、王宮の一画を借りていますが、
国王夫妻の膝元なので、新婚生活を送るには、窮屈かと」
「“王家の塔”はどうですか?
あそこなら王宮と王府の中間でどちらに行くのも便利ですし、
二人で住むには十分な広さがありますし」
「塔ですか、なるほど」
一考の価値ありである。
過去には幸せな使われ方をされなかった“幽閉の塔”だ。
しかし、リアンさえ問題ないと言うのなら、確かに便利ではある。
もちろん出仕にもだが、二人きりになりたい時にも、だ。
「あ、この蟹の炒めもの、ピリ辛で美味しい」
「こちらの蒸し鶏の香草和えもなかなかですよ」
どちらからともなく、フォークが伸びて、互いの口に運ぶ。
「ちょっとあんたたち、ここに何しに来てるんだい?」
二人の間に割り込むように、女主人が顔を出した。
そうして頼んでもいない料理を次々と卓に並べ、
リアンには麦酒を、キリルには葡萄酒を追加してゆく。
「もちろん、美味しい料理をいただくためです」
リアンが大真面目に答えた。
「単にイチャイチャしたいだけだろ」
女主人はふんと鼻を鳴らす。
「ようやく結婚が決まりまして」
早くもキリルが二人の婚約を暴露する。
正式な婚約発表はこれからなのだが、アギール伯爵と
シャイン子爵をとりあえず説得したので、もう反対する者も
いないと安心しているらしい。
モジャ髪丸眼鏡男があまりに嬉しそうなので、
女主人は早々に退散することにした。
甘過ぎてやってられん。
「幸せです、パルマ」
「私もです、ヒョウさん」
人目を気にするリアンも、本日は変装しているということと、
お酒が少し入っていることで、警戒心が緩んでしまっていた。
キリルが仕掛けてきた口付けを拒まずに受け入れてしまう。
周囲の客から冷やかしの声や口笛が飛んだが、気にならない。
…つまりは誰からみても二人は「バカップル」となっていた。
「誕生日おめでとう、リアン」
唇を離す瞬間、キリルが耳元で囁いた。
両親の死が辛くて、自分の誕生日を祝えなくなっていたリアンに
キリルが希望の火を灯してくれた。
しかし、幸福は長く続かない。
「本当に申し訳ない。怨まないで下さいよ、長官」
次に割って入ってきたのは、女主人ではなく、赤毛の大男だった。
「ヴァンサラン」
もちろん、キリルの声は低く、不機嫌なものとなった。
補佐官は二人を交互に見つめると、火急の要件を告げた。
「近衛騎士イェイルとマリンカ姫が駆け落ちしました。
急ぎ、王宮へお戻りを、長官」
リアンの誕生日は新たな悲劇を予感させる日となってしまった。
ハリドとクロンに何とか認められたかな?というキリルでした。
おめでとう!
実は、リアンは当初からイランサ王に目を付けられていたことも判明。
つまり、誕生日がイロイロ呪われた日な訳です。
さて、イェイル&マリンカの未成年カップル。
ついに駆け落ちに踏み切りましたよ?
国王夫妻、ワグナ殿下、ミルケーネ公爵、皆どうする?の展開です。
次回、「自治省の悪臣 その2」
ハリド、クロン、リアン、縁者として拘束されることになります。