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自治省の悪臣  作者: 雪 柳
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第二章 自治省の美貌小姑 その1

年の代わる前に何とか更新を…

急いでうどんを食べて(我が家はなぜかそばではなくうどん)、

年内すべりこみを目指しました。

が、アギール家ほのぼの話を挿入したらちょっと長くなってしまいましたので

2回にわけます。


自治省政務次官の朝は早い。日が昇る前に起床して、身支度を始める。

就任して一週間が経つが、まだ一度も王都内にあるアギールの屋敷に

帰っていない。

祖父であるアギール伯ハリドと叔父にあたるシャイン子爵クロンには

「ごめーん、一カ月は帰らないから許してね」と先に謝ってある。


二人は年末年始をリアンと過ごせないことを、とても、とても残念がり…

「おじいちゃんと一緒にジャオズを食べてくれないなんて」

「おじちゃんと一緒にショウコ酒を飲んでくれないなんて」

と終いには泣き落としにかかったが、リアンの心は変わらなかった。


ちなみに、ジャオズというのは、小麦粉をこねたものに肉野菜を包んで

蒸した料理だ。

リアンが隣国イサに留学していた時に習ったもので、

なんでも極東にある一大帝国の名物料理、特に正月に好んで食されるもの

らしい。

ショウコ酒というのも同じ国の特産で、琥珀色をして芳醇な酒だ。


隣国イサはファネ国以上の国際都市で、リアンは滞在2年の間に随分と

世界の美酒美食を堪能した…もっとも大衆料理・安酒限定であったが。


王都に来たばかりの頃、「おじいちゃんに」に手ずからジャオズを作って

ご馳走したら、大変なことになった。

長く離れ離れに暮らしていた孫娘の心づくしに祖父ハリドはいたく感動し、

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ジャオズを頬張ったのだ。

その後すぐ盛大にむせて、さらに騒ぎが大きくなった。


庶民暮らしで自活能力が備わったリアンを逆に不憫がり、祖父も叔父も

とことん彼女に甘かった…嬉しい反面、過剰な家族愛はちょっと面倒くさい。

くれぐれも役所に顔を出してくれるなと釘を刺しておいたが、

いつまで保つか。


直接出向かぬ代わりとばかり、日に三度、やれ弁当だ、菓子だ、着替えだと

召使いに差し入れを届けさせている。

(どこの令嬢だよ…あ、伯爵令嬢なんだっけ)

というボケとツッコミをリアンは一日数回脳内で展開している。


実はファネ国の中央官庁は4日間の冬季一斉休業に入っていた。

大晦日と正月三日はどの役所もお休みで、緊急事態に対応するための

当直がごく数名日替わりで詰めているほかは、どこも閑散としている。

自治省にしても通常であれば150名ほどいる人員が、休業期間中は

二割に満たない。


リアンは政務次官として休暇中であっても

“非常時に直ちに駆けつけられる場所”にいることを求められるが、

省内にずっと詰めていなければなるぬ義務はない。

本来は王都内にあるアギール伯邸に待機していれば十分なのである。


何しろ、アギール伯邸と王府はそう離れていない。

徒歩であれば1時間以上かかってしまうだろうが、車を使えば10数分で済む。


近距離にもかかわらず、祖父と叔父の懇願を蹴ってまで自治省に居座るリアン。


…「地方行政の充実と基盤整備に精一杯つとめたいと存じます」

就任演説で述べた言葉は嘘ではない。

彼女は省内に設けられた参考資料室と自分の執務室を行ったり来たり

しながら、猛烈な勢いで過去の報告書を頭に叩き込んでいた。


一朝一夕で何がどうなるというものではない。

けれども、ファネ16州が全部言えないような自治省役人がありえないように、

省内の仕事がどう回っているか知らない政務次官というのもありえない。

…まぁ約1名、何もしないのが仕事と豪語しそうな上役がいるにはいるが。


ひと気のない役所で、だからリアンは少しでも役職に相応しい人物になろうと

独り努力する。

…それともう一つ。リアンが何とか解きたいと思っている謎。

(私を政務次官に任命したのは一体誰…?)


26歳の…貴族としては行き遅れの女。

地方都市でたかが4年、下級役人をやっただけの。

隣国イサにただか2年、留学していただけの。


“世紀のロマンス”カップルの娘だからどうだというのだ。

いきなり中央官庁の一つで、長官に次ぐナンバー2なんてありえない。

(そんな無茶な人事がなぜ通った?誰が賛同した?何のために?)


リアンが地方都市ルーマで下級役人をするようになった頃から度々

せめて彼女だけでも王都に戻ってくるよう、親戚一同から懇願されていた。

2年前に、とある悲劇が彼女を襲って以後は、その声がますます大きく

なった。

しかし、彼女が最終的に折れたのは、祖父の、

(自治省に欠員が出たようだよ…少し中央で働いてみないかい?)

という誘いだった。


その時は、下級職だと思っていたのだが。

来省初日にキリル長官から手渡されたのは「政務次官」の記章。

祖父はたぶん騙された。リアンは何かウラがあると感じつつ、この話に乗った。

どんなウラがあろうと。

(私は私のやるべきと思うことをやるだけなのだから…)


始まりの月、三の日。官公庁仕事始めを明日に控えて。

政務次官の執務室を書類の山で埋めながら、リアンは苛々し始めていた。

彼女が本当に見たいと思うものは出てこない。自由に動ける時間は残り少ないのに。


そこに躊躇いがちに扉を叩く音がする。

就任数日目にして、新人次官は早くも自治省の過半数から恐れられるよう

になっていた。

「次官殿、お客さまです…」

運悪く本日の当直となった役人が、おずおず顔を出すや来客を告げた。


「この時期に…?」

冬季休業期間中である。緊急時ではない限り、客は来ないはずだが。


「シャララ王妃の女官が書状を持ってお見えになっています」

「王妃様の…?」

伯爵令嬢とはいえ、26年間の人生の中、王族との接触は皆無であった。

しかし、王妃付き女官という一点でリアンの脳裏に閃くものがある。


叔父クロンの警告。

自治省就任するや時をおかずに現れるであろう要注意人物が

二名いることを予め告げられていた。

その内の一人が王妃付きの女官。


「どなた…?」

なにくわぬ顔で問いながら、リアンの頭の中にはすでに相手の名前が浮かび

上がっていた。

「フッサール伯爵夫人フローネさ…」

「…わたくしをいつまで待たせるつもりなのっ!」

当直役人が言い終える前に、派手に扉が開け放たれる。

現れたのは正統派美女。


波うつは金の髪。薄紫の瞳。白磁の肌。桜色の爪。

唇には珊瑚色の口紅が乗せられているが、化粧自体はごく控えめ。

それは逆に化粧をする必要のない美貌ゆえ。


女官にはそれぞれ仕える主人と官位に応じて定められた制服があるが

本日は私服にてご登場。

濃紫の絹地にふんだんに金糸を施した

…恐ろしく派手なドレスを「自然に」着こなしてしまっている。


(出たな要注意人物その1…)

そんな内心を綺麗に隠し、リアンは右手を胸に当てて、正式な礼をとった。

官位は政務次官の方が上だが、王妃様の書状を携えた女官に対して礼を

欠いてはならない。そのまま、上座の席に案内する。


当直役人は役目を果たすやあっという間にいなくなった。


女官が腰を下ろすと、リアンも真向いに坐した。

睨みつけるようなヴァイオレットの瞳に感情を消したペリドットの瞳が

ぶつかる。


「…わたくしのことは、どうせあのしみったれ伯爵やくだらない子爵から

 聞きおよんでいるのでしょう」

「…どなたのことを仰っているのか分かりかねますが、シャララ王妃様付き

 女官のお一人にフッサール伯爵夫人フローネ様という方がいらっしゃる

 ことは聞き及んでいます。

むろん母君が国王陛下の姉君にあたるということも」


リウカ王女。

リアンの父クロスを派手に追いかけ回し、時の権力を振りかざして

母ミアンとの中を裂こうとした張本人。

しかし、非難めいたことは一切口にしない。既に亡き御方であるゆえ。

リアンの父母が駆け落ち婚した後、王女は前国王の命令で降嫁したが、

フローネを生んで一年も経たない内に没している。


「狡賢いアギール伯爵と卑怯なシャイン子爵に、あることないこと

 どうせ吹き込まれているでしょう。田舎育ちの娘が、いやらしいこと」

「…王妃様の書状をお渡しいただけますか」

あからさまな敵意を完全無視(スルー)して、リアンは相手に本来の用件を

思い出させる。

いや、フローネ自身の目的は分かっている。リアンへの宣戦布告だ。

王妃の書状など口実に過ぎない。


「わたくしの話を聞いているのっ!」

「フッサール伯爵夫人」

この無礼者、とばかり椅子を蹴って立ち上がった女官に時を同じくして

リアンの容赦ない声が飛ぶ。

「私にはしみったれで狡賢い祖父も、くだらなくて卑怯な叔父もいません」

「身内の贔屓(ひいき)目と言うわけかしら」

「そうかもしれません。ずっと離れて暮らしていましたが“私たちは”

 仲良し家族なので」

言ってしまってから、地雷を踏んだかな、と少しばかり後悔する。

案の定、フローネの薔薇色の頬が色を失った。唇がきつく噛みしめられる。


“私たちは”という部分を特別強調したつもりはない。

しかし、「貴女たちの家族とは違って」という意味にとられたことは明白だ。


「本日の3時、王妃様が非公式のお茶会を開かれます。

 政務次官殿をお招きしたいとのことですので、刻限までにエリエ宮を

 訪れますように」

凍るような声でフローネはそれだけ述べると、王妃の書状を卓の向こうから

こちら側に滑らせるように寄越した。

本来は手ずから渡すのが礼儀だがリアンは咎めなかった。


リアンが書状の封印を解いて中身を確認する前に、フローネは執務室から

姿を消した。登場と同様、退場も慌ただしい。


(何か…勝っちゃった?)

初対面でガチンコ対決をする気は毛頭なかったのに、やはり身内を悪く

言われて少しばかり毒を吐いてしまったらしい。


リアンはこの後に控えている“非公式のお茶会”とやらに思いめぐらして

憂鬱になった。


残念ながら、お断りするという選択肢はない。

上司との昼食会は回避できても、これは断れない。

フローネもそれを分かっていて、リアンの都合を一切聞いてこなかった。


(端的に述べると、煩い、邪魔、面倒、時間の浪費、という感じかな)

叔父クロンの人物評が甦る。

確かにフローネの登場で、午後の貴重な数時間が潰れることになった。

王妃様とお茶?恐れ多いことながら、当日いきなりとは本当に煩わしい。


(…でもあれで、本質は邪悪じゃないからさ。

 まぁ、お姫様のストレス解消と思って、時々は相手してやってよ)

叔父は前半で酷評しながら、何のつもりか後半でフォローした。

(確かに…分かりやすい。あれだけ「お前が嫌い」というのを正面から

 ぶつけられると、いっそ清々(すがすが)しいと言うか…

 ウラがなくてかえって憎めない)

フローネが聞いたら、地獄の釜が開くほど激怒しそうなことを

リアンは悠長に考えていた。


*** *** *** *** *** ***


その日の午後。

一応アイロンのかかっている礼装用の上着に改め、髪をまとめ直し、

化粧を薄くのせて、リアンは訪問準備を整えた。

手にはこころばかりの贈り物を携えている。


いざ出陣、と覚悟を決めて、執務室の扉を開けたその時。


黒髪を肩に揺らし、袖も裾も長い神代の装束をまとった貴人が

目の前に立っていた。


「…その恰好で行くの?」

藍色の瞳がリアンを覗き込んだ。


(…その恰好で行くんですか?)

同じ台詞を心の中だけで返した。


リアンの前に贅を尽くした衣装で現れたのはもちろん、ミルケーネ公爵。

自治省長官キリルであった。


次回キリルが活躍…はともかく、ファネ国王家の人物関係が少し明らかになります。

キリルとリアンの距離は…なかなか縮まりませんね、ごめんなさい。


その2は元旦から更新予定。がんばります。


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