第八章 自治省のロマンス その1
新章スタートです。よろしくお願いします。
まずはキリル、ソランサ、ベリルの現状から。
キリル、故障中。ソランサ王、分析中。ベリル、またも回想中。
ベリル3大悪の3つ目が明かされます…ん?でもこれワグナ殿下が悪いのか。
ちょっとショックが大きいかもしれませんが、このエピソード、作者の中では
落とせませんでした。
主人公のリアンはちょっぴりだけ登場。しかも視察先でアホなことをしています。
自治省3階の次官執務室は束の間の平穏を享受していた。
次官であるリアンがファネ国北辺のカプレス州及びソイ州に視察に
出かけたため人も少なくなっている。
第二回地方視察にはヴァンサラン補佐官ほか、秘書官からはキタラとモムルが同行した。
二人とも自ら志願しての随行だ。
内務省からは次官の叔父にあたるシャイン子爵クロンが同行し、
国軍からは前回と同様に、従弟にあたるイェイルが派遣された。
また、太王太后イルーネの計らいで彼女の侍女であるシェリアが同行することになった。
フッサール伯爵夫人の小言を聞く余裕のないリアンは、王妃のお茶会で会う度に
助けてくれたシェリアの同行を心より歓迎した。
後には、トウトウ、リーグ、サナン、アイル、フェイ、ミシェラが
残されたが、6人は絶妙の連携作業で自治省を正常機能させていた。
リアンに盛大に失恋した長官は、しばらく出仕してこないのではと心配されたが、
意外なことに毎「昼」、旧カリン宮最上階に現れた。
次官付秘書官の最年少であるミシェラは、毎回同僚から押し付けられて、
長官の元へと決裁書類を持参する。キリルはそれらを実に淡々と処理していく。
その一連の動きには無駄がなく、全てが的確で、彼が「本当は」
素晴らしく有能な人物であることを示している。
(でも、何というか…機械のようだ)
今の長官で居てくれた方が自治省の仕事は遥かに捗る。
そのくせ、次官室居残り組は誰も現状を歓迎できないでいた。
キタラとモムルは、長官室で起こったワグナ殿下とミルケーネ公爵の
衝突を仲間には語らなかった。
しかし、その後、内務省次官レムルに支えられ、陛下の御前に赴く
長官の姿があったため、おおよそのことは察していた。
(これから、どうなるんだよ~!)
秘書官8人は声なき悲鳴を上げたが、この場合の「どうなる」は
長官と次官の仲を心配しているのではない。
あくまで「俺たちはどうなる?」である。
ふと、キリルの白絹の手が止まり、その藍色の瞳が宙をさ迷う。
壁に扉に窓にと視線が動き、結局、探し物が見つからなかったのか、
また卓上の書類へと戻ってゆく。
ほんの数瞬のことで、また何事もなかったかのように、淡々と執務をこなしている。
「探し物」が金茶の髪と黄緑の瞳の持ち主であることは明白だ。
視察でまだ暫く戻って来ないことは分かっているはずなのに、
面影さえ求めてしまう段階に 入っているらしい。
(…ヤバイよな)
よくよく観察してみれば、長官の面差しがやつれ、翳を帯びている。
艶のある黒髪も生彩を欠く。
公爵家お抱えの調理師も満足な働きができずにいるようだ。
長官の切ない気持ちはミシェラとて大いに同情するところである。
今でこそ3人の子宝に恵まれ、4人目もまもなくという幸せいっぱい
男爵家であるが、結婚に至るまでの過程は容易ではなかった。
彼が惚れたのは美貌の子爵令嬢…でも10歳年上の出戻り、ということで
本人に承知させるのも、周囲を納得させるのも、それはそれは苦労したものであった。
さて、長官である。
重症ではあるものの、本来はただの恋煩いだ。
誰もが人生において一度や二度…場合によっては三度を越えて経験するものだ。
ここで問題なのは、長官の場合…コトはお一人に留まらず、自治省へ
王族貴族へ、引いては王国全体へと波及することである。
何といっても王族出身の公爵サマ。若くして貴族社会の頂点に立つ男だ。
その御方が何故に自治省など…中央省庁の中でけして花形とはいえぬ部署の
長官に就任しているのかは大いに謎だが、ミシェラは貴族の一員として
誇らしく思っていた。
子どもたちに
「筆頭貴族のミルケーネ公爵様と同じ所で働いているんだぞ」
と威張れるからだ。
そして実際に公爵サマは自治省が象徴として仰ぐに素晴らしい
貴人であった…アギール伯爵令嬢が来るまでは。
(見事な壊れっぷりだよな…)
ため息をつくことすら憚られる。
ミシェラは生真面目な秘書官を精一杯演じた。
この後、次官室に戻ったら、現状報告を行い、
居残り組で“傾向と対策”を練り直さなければならないのだ。
長官が萎れている内はまだいい。
しかし、必ず近い未来に反動が来る。
絶対に来る。
次官が王府に帰還した時、何が起こるか
…彼らは王国のためでなく、自治省のためでもかく、
自分たちの未来を守るために戦う所存であった。
*** *** *** *** ***
ファネ国王ソランサは“玉座の間”に隣接する執務室で宰相の
報告を聞いていた。
騎士団長や侍従長には次の間での待機を命じているため、
広い執務室にはただ今のところ、王と宰相しかいない。
「アギールの娘はまた視察先で奮闘しているようだな」
ソランサ王は内務省から上がってきた自治省次官の視察について耳を傾けた。
以前、ソイ州に勢力を張っていたカリムという大臣が、
豪華官舎を不法に建設して多額の利益を貪ろうとしたのだが、
リアンの調査で発覚し、免職となっている。
今回の視察は現地での後始末の意味もあった。
「危ないことはないか?」
「キタラ、ヴァンサラン、モムルと3人揃っているのにですか?」
「…愚問だったな」
王が苦笑する。
先代キランサ王の懐刀に、東辺を荒らしまわった盗賊団首領、
そして内務省きっての密偵。
本人は知らぬことだが、リアンの守護陣はこの上なく堅固だ。
その一方で、宰相はリアンの叔父クロンについても、
従弟イェイルについても言及しなかった。
優秀な親子には違いないのだが…頑なに宰相は二人を無視する。
その理由を知っているだけに、国王は敢えて問うたりはしなかった。
「キリルの方は自縄自縛というところか。
天才なんだか、馬鹿なんだか分からん奴だな」
「その分からん御方が王家の命運を握っておられるのですよ、陛下」
イランサ王の末子キリルの存在は常に頭の痛い問題であった。
“偉大なる王”イランサの最愛の息子と言われ、父王直々に帝王学を授けられている。
そして生母は古王家=聖王家の血を引く巫女姫だ。
先代キランサ王にとってキリルは存在そのものが脅威となった。
「余にキランサ王と同じ道を辿るかと聞いていたな」
「そうならないことはご存じでしょうに」
先代キランサのようになるのなら、キリルはソランサ王に
仮初めにも仕えたりはしない。
「しかし、これからは分からぬぞ。
王として私を捨てねばならぬことの方が多いものだ。
余が毒を盛られ世子を作ることが叶わなくなった時、
父王はシャララに自分か弟の子を孕むよう命じた。
…酷い命令であったが、父が王家の存続に誰よりも心を
砕いていたこともまた事実だ」
“偉大なる王”の影に隠れ、わずか数年の治世で病没したキランサ。
その生きざまを間近に見ていたイランサには、父を愛することも
憎むことも難しい。
「陛下…」
「マリンカの治世を安定したものにするためにはキリルの“血”が
必要だ。父王が厭うた古王家の血が。
最善はやはり二人が結婚して共同統治者になることであろう。
幸い、リアンとイェイルは仲の良い従姉弟同士だというし、
それぞれが愛人になれば問題なかろうに」
「アギール伯爵令嬢の性格からして、愛人は拒否するでしょう」
「だからキリルには“王家の塔”をやると言ったのだ。
極上の鳥籠に閉じ込めてしまえばいい。務めさえ果たせば、
後はキリルがどこで夜を過ごそうが構うものか」
ソランサ王は非情な物言いを続けていたが、本心は別のところに
あると宰相は見抜いている。
「リアンを幽閉すれば、アギール伯が黙っていません」
「ハリドか?また、お前と殺し合うか?」
先々代イランサ王に仕える前の宰相とハリドは最悪に仲が悪く、
何度が死闘を繰り広げている。
「さて…私もこの件ではどう出るか分かりませんよ。
ミルケーネ公爵が実力行使に出た場合、リアン嬢の味方をして
しまうかもしれません」
「お前は…っ!ハリドは天敵で、クロンは大嫌い、イェイルは
苛めて遊ぶ。そのくせ、リアンだけは“特別”なのか」
顔をしかめた王に、宰相は当然のように応えた。
「あの髪にあの姿、性格も似ていますからね」
「ふうむ、キリルもお前とハリドを同時に敵に回すとなると苦戦するだろうな」
「それだけではないかもしれませんよ?
ワグナ殿下もリアン嬢の命が関わってくれば動くでしょうし、
フッサール伯爵夫人もこのところかなり、リアン寄りですからね」
宰相はキリルとリアンを取り巻く「票読み」に念いりだった。
趣味でやっている訳ではない。王国の未来に関わることなのだ。
「フローネ1人がリアンに味方しても何ほどのことはないだろう」
ソランサ王の姪であり、シャララ王妃付女官であるが、彼女自身に
さほどの権限がある訳ではない。
「彼女一人ならば、確かに。
けれども、夫君が動かれるかもしれませんよ?ある意味、
ミルケーネ公爵の思考や行動様式を一番に理解している男です。
もしも彼が動けば、それは脅威となりましょう」
「…楽しそうだな、宰相」
相手の顔に薄ら笑みが浮かんでいるのを発見して、
国王は呆れてしまった。全く、この宰相は何でも楽しんでしまう。
「一歩間違えば王家が分裂する事態なのだがな」
マリンカ王女の成人式まで、一月余り。
確かにまだ時間はある。けれども残り少なくなってきている。
無自覚にも強力な切り札を数枚、その手に握るアギール伯爵令嬢。
彼女を相手にどれだけ年若い叔父が奮闘するのか…
ソランサは最後まで見守りたいと思った。
*** *** *** *** ***
王妃シャララの茶会に訪れた客人は、珍しいことに王弟ベリル独りだった。
王妃が後見している自治省次官は地方視察で王都を離れているし、
義理の叔父にあたるミルケーネ公爵はこのところ旧カリン宮最上階に
引き籠ってしまっている。
公爵邸でも内務省でもなく、自治省に引き籠っているあたりが、
彼の未練タラタラの様子を物語っているのだが、もちろん誰も
そんなことを指摘したりしない。
「美味しいお茶をありがとうございます、姉上」
ワグナ殿下はその日、国民が通常期待するところの「国軍大将らしい」
姿で、王妃さまのおはしますエリエ宮を訪問していた。
准礼装の黒い軍服は染みも解れも皺もなく、軍靴は光を反射するほど
ピカピカに磨かれている。もちろん髪も髭も完璧だ。
本来はこれが通常であるべきだが、悲しいかな、彼がこのような
形をするのはごく稀で、それも大抵は気まぐれによるものである。
「新しい調合を試みたのだけど、お口に合って良かったわ」
「柑橘系の酸味が口の中で広がって…見事な出来栄えです」
王妃と王弟。
先ほどからぽつり、ぽつりと続いているのは茶の話である。
どちらも敢えて政治の話に触れようとはしない。
端から見ればお茶を飲みながら、ぼけっとしているだけのようだ。
実はこの二人の間には大して言葉など必要ないのだ。
ソランサ王を挟んで同士ともいうべき仲であるから。
シャララは夫への愛ゆえに、ベリルは自分が自由でいるために、
どちらも現王を守ろうとしていた。
先代キランサ王が、大貴族の娘であるシャララを早くからソランサの
婚約者と定めたため、ベリルも幼少から身内同然に付き合っていた。
月並みな例えだが、姉であるリウカ王女が大輪の紅薔薇なら、
シャララ姫は清楚な白百合で、周囲を明るく包むような存在で。
王命による政略結婚ではあったが、ソランサとシャララは仲睦まじく、
王家の未来は安泰と思われた。
けれども、19年前の嵐の夜、ベリルは義姉となったシャララが
身も世もなく泣き崩れる姿を目の当たりにしていた。
王宮の片隅にある王子ベリルの居室を深夜に訪れた女。
最初は誰だか分からなかった。
それほどに女の姿が雨に濡れて乱れていたのだ。
長い髪は顔や肩に張り付き、剥き出しの手足は泥だらけ。
晩秋の突き刺すような寒さに、透けそうに薄い夜着一枚。
それもところどころ破れていて、必死でかき合わせようとするものの、
隙間から白い胸が仄かに見えている。
乱暴されそうになったところを逃げて来たのは一目了然だった。
ベリルの最初の感想は「関わりたくない」であった。
父王キランサが近年漁色にふけっていることを彼は知っていた。
キランサの王妃であり、ベリルの生母でもあるユウカ妃は数年前に他界している。
王が後添であれ、側室であれ、愛妾であれ、迎えること自体は臣下の
誰も反対しないのだが…問題なのは目に付いた女を片端から
お召しになることである。
それが、人妻であれ乙女であれ、貴族であれ、平民であれ。
お陰でベリルには国軍での通常任務に加え、異母弟妹の調査とその処遇という
非常に不名誉な仕事まで回ってきてしまっていた。
ファネの王法では、愛妾が正妃に、庶子が嫡子になることは困難なのだが、
野心を抱く女やその一族は何処にでもいるもので、
ベリルはしばしば闇の粛正を行わざるをえなかった。
そんな訳で、王子は極力、父王や周囲の女どもを避けるべく、
王宮の片隅に身を潜ませていたのだが。
飛びこんできた女を気の毒と思うよりも、一刻も早く出て行って欲しかった。
「お願い、ベリル。私を助けてっ!」
つまみ出そうとして伸びた手が宙に止まる。
そこで初めて、王子は雨に濡れた女の正体を悟る。
「姉上?」
慌てて、ベリルな自分の上着を脱いで、相手に着せかけた。
「一体、どうしたのです?兄上は?」
「殿下はまだ意識不明なままです」
ベリルは舌打ちした。そうだった。
反キランサ派に毒を盛られ、ソランサ王太子は病床にあったのだ。
かろうじて命は取り止めたものの、意識不明の重体である。
「兄上の病臥中に、姉上に不埒な真似をする輩が現れたのですか。
相手を教えてください。国軍を出して、一門ごと成敗しましょう」
肉親の情が薄いのは確かだが…皆無ではない。
ベリルは王太子である兄をそれなりに尊敬していた。
その妃が辱しめられそうになったということは、王家に対する
大逆罪であり、放置しておく訳にはゆかない。
「違うの…そうじゃないの」
王太子妃はガタガタと身を震わせていた。
晩秋の寒さゆえではない…それは恐怖だ。
ベリルはまさか、という表情で義姉を見やる。
シャララは唇をわななかせながら、ガクガクと首を上下に振った。
「そうよ…陛下が。キランサ王が私に…」
まさかそんなと、ベリルは頭を振った。
父王は確かに冷酷非情なところがある。
特に王家や王国に仇なす者には、一片の慈悲も見せない。
しかし、彼は“偉大なる王”イランサの長子であり、
王道を逸れる行いはしないと信じていた…今の今までは。
「お願いベリル、私を抱いてください」
次に出た義姉の爆弾発言に王子は愕然とした。
「典医が確認したのだけど…毒の影響で、
ソランサ殿下は世子を作ることができなくなってしまったの。
そうしたら陛下が、陛下が…」
「陛下か俺の子を産めと?」
吐き捨てるように問い返す。
シャララはまた震えながら、首を上下させた。
「王妃の務めは世継ぎを産むこと。王の血脈を存続させること
…分かっているわ。分かっている。王命には逆らえない。
でも、王の子はいや。あの王の子だけはいや。
お願いベリル、私を助けて。このままでは殿下も私も…」
そしてベリル自身もただでは済まない。ソランサが廃嫡される事態に
なれば、否が応でも王座に引きずり出される。
彼の“生涯独身宣言”などあっという間に吹き飛ばされてしまうだろう。
兄ソランサへ無事に王位を譲らせるには、
ソランサ王太子とシャララ王太子妃の間に「子」が必要だった。
「俺はミアンの子でない限り、自分の子とは認めない。
生まれても一切俺を当てにするな。
“兄の子”のために俺を動かせると思うな…それでもいいか?」
「構わないわ。ベリル、ベリル、ありがとう」
二人はその後、何度か身体を重ねた。シャララが“ソランサの子”を身籠るまで。
そうしてシャララ王太子妃が血の涙を流して産んだ子どもは姫君で、
しかも妃自身、難産から再び妊娠することが叶わなくなった。
先代キランサが病で世を去るや即位したソランサ王は
何も言わずに、生まれた王女をただただ慈しみ、妃を大事にした。
弟はもちろん、父王と敵対していた叔父までも懐に抱え込む。
リウカ王女とベリル王子に挟まれ、中の王子は凡庸と評されたことも
あったが、彼は確かに人を惹きつける力を持っていた。
ベリルは兄の子のためには動かないと言ったが、その後、女子が王位や
貴族の爵位を継承することを可能とする種々の法改正を主張し、これを実現させた。
王妃と王弟が穏やかに向き合ってお茶を楽しめる時代になっていた。
王妃にとって残された唯一の気がかりは、娘マリンカのことである。
誰が夫になるにしろ、娘の治世が盤石であることを願うばかりであった。
*** *** *** *** ***
ソイ州の官舎で自治省政務次官は一人、秋の月を眺めていた。
前回の苦労は何だったのかというほど、今回は全てが順調だった。
キタラ、モムルは頼りになる仕事仲間であるし、クロン、イェイルは
身内なので気兼ねなく付き合える。
そして何といっても、イルーネ太王太后が遣わしてくださった侍女
シェリアの存在が有難かった。
何というか、目配り、気配り、心配り、のできた方で、視察中、
リアンは彼女の存在に大いに救われた。
叔父クロンと従弟のイェイルは、イルーネ太王太后が遣わした侍女を
警戒しているのか、最初の2、3日は妙にぎこちなかったが、
その後は打ち解けて、絶妙の連携作業を見せてくれた。
フッサール伯爵夫人がダメとは言わないが、一事につき十くらい
小言がもれなく付いてくるのである。彼女に対抗するのは大層疲れるのだ。
キリルの求婚を断ったことが、自分でも意外なほど堪えていて、
日中バリバリと仕事に励んでいても、夜になるとクヨクヨと考えしまう。
冴えわたる月から目を転じ、机の上に並べた2通の書簡を読み返す。
ミシェラとモムルから貰った例の恋文である。
視察には全く関係ない代物だが、残してゆくのが忍びがたくて、
つい持ってきてしまったのだ。謎解きのために毎晩読み返す内に
何だか縁結びのお守りのように思えてきた。
よし、と次官は両手を一つ打ち鳴らすと、薄紅と薄緑の料紙を再度中央で
ピタリと合わせた。
そして、えいやっとばかり両手をそれぞれの紙に押し付けて叫ぶ。
「私はどうしたら良いのでしょう?どうか道をお示しくださいっ!」
珍しく神頼みをしてみた。
物語のような事が起こるなら、紙がぱあっと光って女神が現れたり、
宣託が下りたりするものだ。
えいっえいっと、更に両手を押し付けながら念じてみる。
この際だ、異世界に翔ばされるという展開でも良いではないか。
しかし、何も起こらなかった…当たり前だが。
今までの不信心も祟ってか、リアンを助ける神はいないらしい。
「はぁ…寝よ」
諦めて自治省次官は寝台に身を横たえた。
いつまで経っても心地よい睡眠は訪れなかったけれど、
明日のために兎も角も、体力温存に努めなければ。
瞳を閉じれば、
どうしてか藍色の双眸と白絹の手が思い出されて泣きたくなった。
キリルとリアンの切ない気持が少しでも伝われば・・・作者としては本望
なのですが、もしかして「何やってんの、この二人?ばっかじゃない」という
ご感想でしょうか。
次回、「自治省のロマンス その2」リアン、王都に帰還します。
進展しない二人に、意外な助け手が登場。手紙の謎が明らかにされます。