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自治省の悪臣  作者: 雪 柳
19/52

第六章 自治省の救助部隊 その2 

アギール家の血を引くせいか…近衛騎士イェイル、とても情熱的です。

若い彼の恋を応援してあげたいリアンですが、相手の女性が…大問題です。


さて、視察前日の出来事ですが、またもリアン&キリルは…。

翌日は二人して二日酔いです。

ファネ国王都キサラを出発した高速鉄道ミゾノ号は自治省の視察団一行を乗せて、一路

トマス州の都カボンに向かってひた走っていた。

今回の視察目的は昨年の暴風雨(ハリケーン)で大きな被害を受けたファネ国南方の2州、

トマス州のエンジル州の復興状況確認であった。


一行は自治省政務次官リアンを団長に、次官補佐官ヴァンサラン、次官付秘書官として

トウトウの3名が中心となり、ほかに自治省からは2名の書記官が同行する。

リアンが政務次官としては異例に若く、これを補佐するヴァンサランも30前という年齢

だったため、秘書官については次官付8名から年長者を選抜することになった。

最長老は65歳のキタラだが、さすがに鉄道での移動は堪えるということで、

次席の58歳トウトウが行くことになった。


更に、護衛として、内務省派遣の護衛官2名、国軍派遣の護衛騎士1名が随行する。

以上が、当初の予定であったが、ここに“王妃様の特別なお計らいで”女官1名と

侍女1名が供をすることになった。

団長が女性であることを配慮した結果である。したがって、一行は計10名となった。


ミゾノ号の中央部には特別車(と言っても防犯上の理由から外見上は他の車輌と変わら

ないのだが)には幾つかの個室(コンパートメント)が付いている。

その一つに今、リアンとヴァンサラン、トウトウとイェイル、そしてフローネが

乗っていた。

そう、護衛騎士として軍が差し向けたのはリアンの年若い従弟イェイルであった。

これは間違いなく王弟殿下の采配であろう。

そして王妃シャララが直々に差し向けた女官がフッサール伯爵夫人フローネであった。

何でもフローネ父アジヤ侯爵の所領が州都カボンの近くらしい。

王家の血を引く伯爵夫人を伴うことで視察団の、いわば格が上がるし、彼女を通じて

侯爵家の地縁を頼れば交渉事も容易くなる

…という王妃様のご配慮であるが、リアンは有り難く「なく」て涙が出そうであった。


とにかく、全力で、王家に連なる一切から逃げたい時によりにもよってで、ある。

リアンは吐き気を堪えながら、昨日我が身に降りかかっ災厄の全てを記憶から

消そうとしていた。

しかし、発端となったイェイルが直ぐ向かいに座っているので、

簡単に忘れることもできない。

列車の揺れが酷くなりリアンは更に気分が悪くなって、ぎゅっと目を閉じた。

他は兎も角として、フローネにだけは知られる訳にはゆかない

…自分が酷い二日酔いだとは。


*** *** *** *** ***  


視察に出発する前日のことである。

それはまさに自治省政務次官にとって受難の日であった。

まず、お昼時に王妃様がお呼びだとフローネに拘引された。

そこで昼食をご一緒させていただきながら出たのが、視察に女官と侍女を同行させる

話であった。

突然のことでリアンは上手に断りを入れることができなかった。


さらに、リアンを疲弊させたのは、昼食会の参加者(メンバーで)で、国王陛下こそお越しに

ならなかったものの、マリンカ王女とイルーネ太王太后が同席したことであった。

もちろんフッサール伯爵夫人フローネもその場にいる。

長卓の向こう側に王妃と太王太后、自分の右側に王女、左側に伯爵夫人と、

王族屈指の面子に取り囲まれ、何の拷問かと思ったものである。

フローネ以外はリアンに好意的に対応してくれるのだが

…だからこそ余計に「なぜ、私がここに?」と場違いゆえに固まってしまうのであった。

イルーネが連れてきていたシェリアという30代後半位の侍女が親切で、

目立たないやり方でリアンを背後から助けてくれたので、何とか自治省次官は

フォークを落としたりグラスを倒したりする失態を冒さずに済んだ。


そしてまだ同じ日の夕方。

退勤までのわずかの時間を潰すためリアンは旧カリン宮にほど近い王府内の庭園に

足を踏み入れていた。

後宮がおかれていた時代には大小様々な椿を植えこんだ迷路園が設けられ、

王と妃たちの遊び場になっていた。

今やその規模は大幅縮小され、迷うほどの小道でもなくなったため、

役人たちのちょっとした憩いの場になっている。


退勤時間が近づいているためか人気(ひとけ)はない。

大椿の下は、しばし身を潜める場所として最適であった。

そう…リアンは退勤まで隠れていなければならなかった。

出発を明日に控えて、何事もなく一日を終えたい。

正確に述べれば、お昼の呼び出しで疲労困憊してしまい、

これ以上は勘弁してほしいのだ。


ゆえに自治省次官は今、全力で逃げていた

…とくに、王族出身の公爵さま、自分の上司であるキリルから。

「ルバーブ・ジャム事件」の際、自分のせいで怪我をさせてしまった、

とよほど良心が痛むのか、長官の過干渉が、

もはや「付きまとい(ストーカー)」段階(レベル)に入ってリアンを辟易させていた。


大騒ぎしすぎなのである。


硝子片のせいで、指2本が切れたのは事実である。

しかし、けして切り落とした訳ではないのだ。

薬指と中指の薄皮が裂けて、ぱくりと口を開けたのは確かだが、

キリルの大げさな手当てが効いたのか、翌日には絆創膏も不要なほどであった。

それを公爵サマは視察中止を言い出す始末。

リアンは真面目に対応するのが馬鹿らしくなり…少々失踪することに決めたのだ。


ふと見やると近くの椿がゆらゆらと枝を揺らしている。

誰かいる気配にリアンは更に深く深く木陰に身を隠す。

そっと様子を伺うと、一組の若い男女が眼に入った。

黄昏時であるし、女はリアンに背を向ける形で椿にもたれているので正体は分からない。

しかし、女官や侍女という割には豪華な…派手ではないが

宝石の縁取りなどが入った贅沢な衣装を纏っていることに違和感を持つ。


ここはまだ王府…中央官庁の一画なのだ。

男の方は詰襟の制服に帯剣という典型的な近衛騎士の出で立ちである。

というか…リアンはその騎士の顔に見覚えがあった。


(…まさかイェイル?何しているの、若い女性と二人きりなんて)


しかしリアンの問いは愚問であった。

年若い従弟は連れの女性を掻き抱くと情熱的な接吻(キス)を交わし始めたのである。


(ぎゃああ、イェイル、あなた、夕暮れの庭園で何してるの!)

リアンは声なき叫びを上げた。


(いや、でも彼だってお年頃な訳だし、いいのかしら?

 相手の女性も嫌がってはいなさそうだし)

それどころか女の方も両腕をきつく騎士の首に回し、貪るような接吻に応じている。


………それは何というか、見ている方が恥ずかしくなるような恋愛(ラブ)場面(シーン)であった。

リアンは邪魔せずそっと立ち去るつもりであったが、いささか心配なのは、

二人がそのまま…その先まで進みそうな勢いであることだった。


(イェイル、未成年でしょう?品性が問われる近衛騎士でしょ?

 せ、め、て場所は選んでくれー)


野暮だとは思いつつ、ここは従姉としても身内としても、彼が欲望のままに

行動するのを諌めるべきでは、とリアンは真剣に悩んだ。


イェイルが身体をずらした瞬間、女の横顔がちらりと見えた。

ほんの一瞬のことだが、間違えようもない。

ほんの数時間前、昼食をご一緒させていただいた女性の一人だ。


(イェイル!あなたは何てことをー!!!)

若い近衛騎士は、もし事が露見すれば国家反逆罪で死罪間違いなしだ。

イェイルのお相手は国王夫妻“掌中の珠”マリンカ姫であった。


とにかく人目に触れない内に二人を引き離さないと。

リアンは(もつ)れる足で前に進もうとした。

しかし背後から口を塞がれ、若い恋人たちとは反対の方向へ引きずられる。


自分を捕らえた人物など顔を見なくとも確信できた。

口を塞いだ滑らかな手の感覚。力強い腕の感覚。

頬に触れる胸、肩、そして髪。

腹立たしいことに服地ごしにも判ってしまうほどに…近くなった存在。


「熱々な二人の邪魔をするものではありませんよ」

庭園の出口まで戻って拘束を解くと、キリルは早速リアンを(たしな)めた。


「いえ、あの、でも、放っておいたら…」

リアンはまだ上手に言葉を紡げないでいた。

政務次官としては失格だ。しかし、従弟の生死に関わる大事なのだ。

そして…自分はともかく現場をキリルに目撃されたのは、

非常に、非常にマズイのではないだろうか。背筋が寒くなる。


正式発表はないものの未来の女王婿候補第一位の男ではないか。

しかも警察権力の最高位、内務省長官でもある。

王女の合意だの気持だのはこの際、問題にならない。

キリルが本気になれば近衛騎士など簡単に抹殺される。


(イェイル、あんたどこまでお馬鹿さんなの~!!)

リアンは頭の中でボカボカと従弟を殴った。


「…二人のことなどどうでもいい」

しかし長官は吐き捨てるようにそう言っただけだった。


「いやいや、ダメでしょう、身内のことですよ?

 他人に見られたら大変な醜聞(スキャンダル)になってしまうわ。

 王女の名誉に傷がつくし…イェイルは命すら危うくなる」

「自業自得だろう?二人はまもなく成人だ。王女として騎士として

 責任の意味を知らぬでは済まされない」

「でも若い二人を世間に晒すのは忍びないわ。例え近い将来…

 別れなければならないとしても…少しの間だけ隠すことはできるはず」


それが根本的解決にならないことはリアンとて分かっいる。


イェイルは頑張れば王女付き騎士の一人にはなれる。

順当にいけばアギール伯爵にもなれるであろう。

しかし、女王の夫にはなれ「ない」。どんな裏道や抜け穴を使ってもだ。


詳細は聞かされていないのだが、イェイルの父クロンと母にあたる平民女性とは

正式に婚姻できていない。

つまりイェイルは半分平民の血を引いているということと、

非嫡出子という不利な条件を持っている。

もちろん現王ソランサのもと、貴族・平民間の正式な婚姻が認められるようになった。

また、非嫡出子への差別も禁止されるようになった。


しかし古い観念に縛られるものは…特に貴族階級には…多い。

何より、血筋の分からない男を「未来の王の実父」とすることは許されなかった。

…したがって、イェイルの恋が成就する見込みは万が一にも、ない。


「醜聞が世に出ないよう報道規制するのは難しくない。

 それから、結婚しても、王女がお気に入りの騎士を恋人として

 傍におくのは可能だ…それを君は私に望むのか?」


優しく、暖かく、キリルがリアンを包み込んでゆく。

その両腕は時に強引だけれども、心地よい安心感を与えてくれる。

父と母と、愛したかもしれない男を突然失った怒りと哀しみと…絶望を癒してくれる。


長官の唇が次官のものに重なる。深く、舌を絡めて、お互いの気持ちを掬いとるように。

“三匹の子羊亭”で奪われた時とは違う。

キリルの心が染み込んでくるようで、リアンは泣きたいような幸福感に酔う。


「リアン、君を愛している。君が望むなら二人のことは世間から隠す…約束する」


愛を囁くキリル。でも、“君が望むなら”?

その真意が分からない。恋愛と結婚は別物だということなのだろうか?

…王家ならばそうかもしれない。


キリルは自分がマリンカ王女と結婚しても、王女がイェイルと関係していて

構わないというのだろうか。

だからリアンとの関係も続けるというのだろうか。


(………だめ。幾ら好きでも、そんなのはだめだ)

リアンは渾身の力でキリルから身を離した。


「リアン…?」

キリルは信じられないという風に呟いた。

たった今、自分の気持ちは相手に届いたのではなかったか。

互いの心を確かめ合ってのではなかったのか。


それなのに愛しい人はすり抜けてゆき…彼は呆然と自分の空になった両腕を見つめた。


ミルケーネ公爵に沸き上がるのは凶暴な恋情。

心が手に入らないなら身体を奪ってしまえ、どこにもいけぬように閉じ込めてしまえ、

という男の独占欲。

性質(たち)の悪いことにキリルにはそれを可能とするだけの権力も知力も財力もあったのだ。

けれども…愛しい人を捕らえようと伸ばされた手は結局のところ、宙に留まり、

それから力なく下ろされた。


「リアン………」


全てをかけて守りたい、幸せにしたいと思った姫は今初めてキリルに大粒の涙を

見せていた。

黄緑(ペリドット)の瞳から音もなく、後から後から頬を伝う涙。

それは息を飲むほどに美しく、金剛石(ダイヤモンド)の滴に例えてもなお足りない

…キリルの心臓を止めてしまいそうな魅了を溢れさせていた。


しかしリアンの涙はまた、それほど嫌なのか、泣くほど嫌なのか、

とキリルを底なしの深淵に追いやっていく。


ついにリアンの口が動いた。

「私は庶民育ちで田舎者だって自覚しています。だから無理。

 王族出身の長官とは考え方が違う」

「…どういう意味だ?」

「遊びの関係とか愛人関係とか、私には無理ということです!」

「…は?」

「将来奥様となる方を大切にしてあげてください。

 いくら王家でもお互いに愛人がいるなんてダメです。

 それが許されると仰るのであれば、ご勝手に。但し、私はお断りです」

「待ってくれ、リアン。話が…」

「頭が固いと言われようが、古いと言われようが、私は“恋愛と結婚は別”

 などと恰好つける人は大嫌いです。

 と、に、か、く!長官と次官として以外、私に接触しないでください」

最後の辺りで自治省の「鬼の政務次官」は完全復活を果たした。

逆境に負けない性格である。

リアンは奮然として啖呵を切ると、茫然自失するキリルを後に残し、勇ましく退場した。


アギール家に戻ったリアンを祖父ハリドと叔父クロンが出迎えた。

地方視察に向かうリアンのために身内だけのささやかな壮行会が準備されていた。

二人の心遣いに感謝しつつ、リアンは祖父ハリド秘蔵の

自家製葡萄酒(アギール家も小規模だが葡萄園を持っていた!)を

次々にご馳走になった。


*** *** *** *** *** 


「…顔色が悪いですわよ」

フローネが冷ややかに次官を見つめていた。

体調管理は基本中の基本。大事な視察前に具合悪くなるなど、責められても仕方ない。


「列車の揺れに酔ったみたい…」

そう返事するのが精一杯で、リアンは自分の手で口元をおおった。

「意外に軟弱ですわね…庶民育ちとお伺いしていましたけど」

ネチネチと嫌味を言いつつ、フッサール伯爵夫人の毒舌にも普段の冴えがない。


同じ個室(コンパートメント)にいる男3人は先ほどから無口である。

女同士の戦いには介入しない…という姿勢(スタンス)であるが、

本当のところは皆、高速鉄道ミゾノ号の揺れに辟易していたのだ。


ミゾノ号は工部省監修による国営鉄道で、現在ファネ国内では最新・最速である。

しかし、リアンは“工部省自慢の最新技術”と聞いた時から嫌な予感がしていた。

冬に王府の暖房装置が故障した苦い教訓があったためである。


ミゾノ号には最新の衝撃緩和装置と平衡装置が取り付けられていた。

線路の状態(コンディション)が多少悪くなっても(…例えば大雨とか積雪とか急カーブとか)

脱線したり極度に車体が傾いたりしない画期的な仕組なのだそうだ。


確かに脱線する心配はなさそうだ。

しかし、負担を分散するためか、カタカタ、フラフラと変な揺れが断続的に

繰り返されるのだ。


(工部省めー!)

口には出さないものの全員が同じ省を呪っていた。


「だめだ、吐く!」

ついに我慢できなくなったリアンが個室を飛び出し出し、

同じ車輌内にある化粧室に走った。


次官をせせら笑う絶好の機会をフローネは活用できなかった。

何となればリアンの次に化粧室に籠ったのは彼女であったから。


*** *** *** *** *** 


自治省政務長官は今朝すでに5回ほど執務室と化粧室の間を行ったり来たりしていた。

長官机の上には侍女に用意させた薬湯と調理師に作らせた檸檬水が置いてある。

調理師はあっさりしたスープも用意したが、手も触れぬままに下げさせる。

頭はがんがん、胃の腑はむかむかして、とてもではないが何も口に入らない。


「…最悪だな」

そういう時に限って最悪の人物が現れる。

ワグナ殿下は例によって案内も乞わずに長官室にやって来ると

二日酔いでのたうつ年下の叔父を、それはそれは楽しそうに見物した。


「振られて、やけ酒とはまた定番だな」

ソファに腰かけると両足を卓上に投げだして、勝手に(くつろ)ぐ。

「振られていません」

キリルは薬湯を何とか飲みくだしながら、短く否定する。

「…そうか?まだ振られてなかったか?」

「…振られる予定もありません」

「その割にはひでえ(つら)で説得力ねえな。

 大して飲めねえクセにばっかじゃないか」


そうなのだ。「趣味:地酒」というのが変な風に伝わってしまっていた。

地方色のある酒を試すのは確かに好きなのだが、大酒飲みとは言っていない。

折々に贈られる酒類は貯まる一方で、時々他所に回すか捨てるほどであった。

それらを大量消費したわけだが…もちろん愛しい姫からもらった

ウメエ酒だけは大事に大事に取ってある。


(リアン…)

心の中で名前を呼べば浮かびあがるその姿。そして彼女の涙。


(どうしてだろう?何がいけないのだろう?)


運動(トレッド)器具(ミル)上のハツカ鼠のように、もう半日もミルケーネ公爵は

同じところを走り続けていた。それでもなお答えに辿り着けない。


「遊びとか愛人って何の話です?」

悄然として、キリルは普段であれば絶対に助けを求めない相手に尋ねた。

「俺に聞くな。小娘の頭の中身なぞ知ったことか」

「“奥様になる方”って誰でしょう?私の奥さんはリアン以外いないのに」

ワグナ殿下はキリルのボロボロ状態ににんまりした。

あの世にいる祖父イランサにざまみろと舌を出してやりたい。

しかし、国軍大将としてはいつまでも内務省長官が撃沈したままでは困る。

このままで放置しておくと自分の仕事が増えるから厄介だ。

仕方ない。


「あの小娘はああみえて常識的な考えがあるからな。

 お前と遊びで付き合ったり、愛人になったりというのはできない相談なんだろ」

「私はリアンに対していつも、全力で本気です。

 というかリアンにしか本気になりません」

それも重た過ぎるんだよな、と思いつつ、かつての自分を振り返れば

非難できないベリルである。


「愛人とか、何でそんな誤解を…」

「だからだな、常識的に判断すれば、お前にはいるだろ。

 誰が見ても“理想のお相手”っていう王女が」

「…マリンカ?え?彼女とはそんな関係ではありませんし、

 それを匂わすような報道は一切排除しているのに」

「問題は小娘がどう思っているか、だろう、この場合」

面倒くせーな、とばかり頭を掻くとワグナ殿下は(おもむろ)に立ち上がった。


「つまり私はちゃっかり未来の女王を確保しつつ、伯爵令嬢に

 ちょっかい出しては愛人にしようとしている最低男と思われている訳ですね」


藍の双眸に冴え冴えとした光が蘇った。

運動(トレッド)器具(ミル)上のハツカ鼠は獲物を狩る雪豹に変化(へんげ)する。


「つまり、お前の“本気”は全然相手に伝わっていなかったということだ」

「…どちらに行かれる気です?」

正気に戻ったキリルはベリル来訪の目的が何だったかを悟った。


「国軍の“視察”で1週間ほど王都を留守にする。」

「へえ。偶然ですね。私も“視察”で明日から王都を空けます」

「次官不在の時、長官まで不在にできないだろ。陛下がお許しにならない」

「知りません。私は“内務省”の視察ですので。

 自治省は…もともと長官不在でも回るようにしてあります」

そう言ってキリルは冷笑を浮かべた。


(リアン、覚悟なさい。次に会う時は容赦しません)


雪豹は優雅に狩りを始めた。


本篇名づけるならば、「キリル、鼠になる、そして豹になる」でしょうか。


元王子様の公爵を半日もネズミに変えてトレッドミルで走らせて申し訳

ありません…という感じです。


伯爵令嬢も二日酔いでさらに列車酔いで、トイレに駆け込ませて申し訳

ありません…という感じです。


次回、「自治省の救助部隊 その3」。

リアン一行が視察地で災難に遭います。




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