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自治省の悪臣  作者: 雪 柳
12/52

第四章 自治省の防衛部隊 その5 

リアン、自治省政務次官として公式行事に初参列です。


頑張ってはいるようですが、まだ体調が万全とはいえず、

長官に助けられて何とか役目をこなすという有様です。


ようやく(ちょっぴりですが)祖父ハリドと叔父クロン登場。

立春祭・本祭当日。王府南面に位置する“彩華の塔”にて恒例の

王族一般参賀が行われる。

塔の3階には(ラピス)金石(ラズリ)で縁取られたバルコニーがあり、本祭正午に

国王夫妻が姿を見せる。


塔の三方は大理石と孔雀石を敷き詰めた広場になっており、

立春祭に臨んで、国王ソランサと王妃シャララの姿を一目見ようと

多くの国民が集ってくる。


1万人は収容できるという広場も本祭当日は早朝から超満員となった。

運よく広場への入場が叶った者は、国王と王妃がそれぞれに春を寿ぐ(うた)

詠うのを拝聴することができるが、実はもう一つのお楽しみがある。


入場の際に受け取った整理券にクジが付いており、当選者は一般参賀の後に

王宮内で行われる総披露を観覧することが許されるのだ。

そうして一般参賀の終わりはいつもクジの結果を受けた歓喜と悲鳴で

締めくくられる。


王宮の正殿があるランサ宮。立春祭の“総披露”が行われる会場である。

総披露には王族、公・候の大貴族、中央官庁の長官・次官、16州の代表が

一同に集う。ほかに、招待貴族、招待平民、外国からの使節なども参加する。

1階の大広間を半楕円状に囲むように2階席・3階席があり、こちらは

一般参賀の際のクジ引き当選者たちのための観覧場となっている。


公爵・侯爵については参加が義務付けられているが、その他の貴族に

ついては招待された者とその同伴者(パートナー)又は随伴者のみが入場を許される。

裏を返せば、総披露に招待されるか否かが、貴族としての権力を計る

一つの指標(バロメーター)となっているのだ。


総披露出席者たちが案内に従い、所定の位置に立ちはじめた。

出席者の人数が多いため、高齢者や身体に障害のある者を除いて

椅子は用意されていない。正味2時間、立ち通しである。


自治省政務次官は、上司である長官と並んで最前列に立つことになった。

広間の床には複数の雪華文様が多色使いで描かれており、

自分の立ち位置を確認する上で役に立っている。


リアンは正殿に足を踏み入れて以来、艶やかな笑みを浮かべた典雅な

貴婦人を演じようとして…あまり成功しなかった。

伯爵令嬢とは名ばかりの、庶民育ちである。


ならばと、きりりと(まなじり)を上げ、唇を引き結んで有能な政務次官を

演じようとしたのだが…これも上手くいかなかった。

所詮は地方下級役人を数年やっただけの若輩者である。


ファネ国中枢にいる大臣や大貴族を前にしても不思議と怖いとか

逃げたいという気持ちにはならない。ただ、何というか…居たたまれない。


なぜ自分が、自分のようなちっぽけな者がこの場にいるのかが

分からなくて。


「リアン、君は私の政務次官なのだから、毅然としていなさい」

隣に立つキリルが声をかけてくる。

さすがに元王族、現・公爵様は余裕綽々の態度である。

周囲の雰囲気に溶け込み、それでいて重厚な存在感を醸し出している。

会場入りしてから既に何人もの大臣や大貴族が彼の元に挨拶へ訪れた。

25歳の青年はグウタラ長官ではない顔を彼らに見せていた。


「立っているのが辛いなら、私の方に寄りかかるといい」

「結構でございます。ご心配なく、長官」

背中に回された腕を邪険にならぬよう(人目があるのだ!)解いて

リアンはキリルとは反対方向を見た。

… ただ今、ミルケーネ公爵サマとは冷戦中なのである。


*** *** *** *** ***


本祭の朝、目覚めたら、すっかり具合が良くなっていた

…という訳にはいかなかった。

それでも、随分と身体が軽くなり、熱も微熱程度にまでは下がっていた。

生姜湯が効いたのか、とリアンは長官へ感謝の念を抱きかけ…止めた。


軽いはずの羽根布団が何故か重く感じられ、寝返りを打ってみれば、

そこには長い睫毛を閉じ、黒髪を少し乱した長官が横たわっていたのだ。


数瞬固まった後に激しい衝撃が押し寄せる。

(ぎゃぁああ~近い、何これ何コレ、どうしてぇえ???)

悲鳴を上げるのをかろうじて飲み込む。警備も当直も呼ぶわけにゆかない。


仮眠室で長官と次官が二人きりで一夜を過ごした

…などと事実無根の、いや、事実ではあるが、何やら誤解を招く

出来事(ハプニング)が世に知られたら、とんだ醜聞(スキャンダル)だ。

「王都新聞」お笑い欄も困るが、「王都薔薇色通信」(大衆娯楽誌)にでも

嗅ぎつけられたら最悪だ。


リアンの取った行動は素早かった。長官といえども手加減なし。

問答無用でキリルを寝台から転げ落とすと、部屋から追い出したのである。


「え、熱が高かったから心配で…」「看病していたら眠くなってきて…」

「いつの間にやら寝ていて…」

「いや、でも、けっして不埒な真似はしていなし…」

などなど自治省長官はしきりに弁明していたが、リアンは聞く耳持たず。


その後、長官専属の調理人がわざわざ出来たての玉子粥を持ってきて

くれたのだが。

しっかりご馳走になりつつも(昨夜食べられなかったのでお腹が空いて

いたのだ!)…リアンは総披露が始まるまでキリルを綺麗に無視(スルー)した。


*** *** *** *** ***


「我が孫娘よ、ようやく会えたな!」

突然ぎゅっと抱きしめられ、リアンは今朝方の“恥ずかしい出来事(ハプニング)”から

我に返った。回された腕が暖かい。煙草の香りが微かに鼻腔をくすぐる。

「お祖父様!」

リアンは作りものではない、本物の笑みを浮かべてアギール伯爵を抱きしめ

返した。シャイン子爵である叔父クロンも直ぐ傍らに立っている。


「久しぶりだな。なぜ同じ王都に居て、これほど会えないのだ」

祖父ハリドの眼は怒っているようでもあり、心配しているようでもあった。


“世紀のロマンス”で国内外に有名になってしまったアギール家だが、

もともと伯爵家としても名門で、ハリドは先々代国王イランサの時、

王の厚い信頼を得て内務長官にまで登りつめたほどであった。

かつては立春祭・総披露の常連であったわけだが、長子クロスの

不祥事(かけおち)”以来、出席を自粛していた。


それがここに来て重い腰を上げたのは、(ひとえ)に可愛い孫娘のためである。

シャイン子爵クロンは官位には就いていなかったが、ハリドの随伴者という

名目で入場を許されていた。

「ああ何だか少し痩せたみたいじゃないか…自治省でこき使われて

いるんじゃないか。私は心配でならないよ」

直ぐ近くに長官が居るのを分かっていて、クロンは盛大に嘆いてみせる。


「…本当に。私もあまりに次官が仕事熱心なので毎日心配でなりません」

キリルはごく自然な動作を装ってハリドからリアンを取り戻すと、

シャイン子爵の嫌味を平然と聞き流し、にこりと笑って…嗤ってみせる。


「ミルケーネ公爵、私は自分の孫娘が自治省入りすることを承諾しましたが、

 次官になるとは伺っておりませんでした」

ハリドが丁寧な物言いをしながらも相手に重圧(プレッシャー)をかける。

クロンの方はあからさまに自治省長官を睨んでいた。

「リアンの次官就任は急に決まったことですが、陛下の承認をいただいて

 おります。リアン自身も次官としてよくやってくれています。

 アギール伯爵もシャイン子爵も…何も心配なさることはありませんよ」

(私がついておりますので…ご父兄がたは遠くで見守るだけにしてください)

もちろんキリルは後半部分を音声に出さなかった。


アギール伯爵ハリドは父イランサの側近だった男で、それなりに敬意を

払うべき長老と認識している。

シャイン子爵クロンは煩い小舅だが、しょせんは彼の敵ではない。

いずれにせよ…将来親戚になることを考えて(キリルにとっては決定事項だ)

ミルケーネ公爵は二人を邪険にすまいと決めていた。


「お祖父様も叔父様も心配しないで。お祭りが終わったら一度、

帰宅するから。詳しい話はその時でも」

総披露開始時刻が迫っており、リアンは心配症の二人を促した。


近衛騎士として正殿警備にあたっていたイェイルが心得たもので、ハリドと

クロンを所定の位置へと誘導する。イェイルが軽く手を振ったのにリアンも

応えて、目だけで感謝の気持ちを伝えた。


ハリド、クロン、リアンと三者が集っていれば“アギール一家”として

嫌でも注目を集めてしまうのだ。現にリアンは背後で“アギールの…”とか

“あの駆け落ち婚の…”という言葉が囁かれるのを耳にしていた。


「始まるよ」

キリルの声でリアンは気を引き締めた。会場内が静まりかえっている。

ちょっとした咳払いや衣ずれの音も響いてしまいそうだ。


正面扉が開いて、王族一同が姿を現した。

腕を組んで現れたのは国王ソランサと王妃シャララ。

その後ろに国王夫妻の唯一の娘であるマリンカ王女。

御歳17歳の姫君である。


それから姫君の隣には…銀髪を結いあげた背の高い老貴婦人。

(誰だろう…?)

王族に詳しくないリアンは一瞬首を傾げ、それから合点する。

(王家最長老…太王太后イルーネ様だわ)

第10代国王イランサの4番目のお妃。現国王には義理の祖母にあたる。

そして何よりも…リアンの隣に立っている長官の生母にあたる方だ。


藍色の瞳も真っすぐな黒髪も王族男子に顕著なもので、つまるところ

キリルの容貌は父イランサ王譲りといえる。

しかし、醸し出す雰囲気がイルーネ太王太后と似通っていて、リアンは

何となく二人が親子だということを納得してしまった。


イルーネは神殿の巫女出身らしいが、キリルのどこか世俗を超越した…と

言えば聞こえがよいが、つまりはいろいろ世の常識とズレているところは

この辺りに端を発するのか、と失礼なことを内心考える。


イルーネ太王太后とマリンカ王女から少しばかり距離をおいて現れたのは

王弟殿下ベリルである。この時ばかりは国軍総大将としての役目もあり、

一分の乱れもなく軍服を着こなしている。


黒髪も口髭も整えられ、野性味のある中年紳士の魅力を余すことなく

ふりまいている。

彼のやや皮肉げな笑みは御婦人(マダム)(キラー)しとして威力抜群だ。

生涯独身宣言をしている王弟ベリルことワグナ殿下であるが、

結婚しないと言っているだけで、遊ばないと言っているわけではない

…リアンはそう確信して、ややげんなりした気持ちになった。


総披露は、国王、王妃、宰相、大臣代表、貴族代表、平民代表、

外交使節代表がそれぞれ短い祝辞(スピーチ)を述べた後、国王夫妻が最前列に並んだ

招待客一人一人に言葉をかけてゆくというもので、ファネ国公式行事の一つ

である。ちなみに最長老のイルーネ太王太后と成人前のマリンカ王女は玉座の

横に設えた王族席に座っているだけである。


国王夫妻が歩を進めるのに合わせ、最前列に立つ者の名前や

身分・官位が拡声器(マイク)を通して読み上げられてゆく。

2階・3階の観覧席からでは陛下のお言葉の内容までは聞き取れないが、

それでも「あれが○○公爵だ」とか「あれが××大臣だ」と人物特定する

楽しみがある。


リアンもこの時ばかりは集中し、居並ぶ大貴族・大臣たちの顔と名前を

一致させようと学習態勢に入った。

自治省に入省する前に王府の重鎮については祖父ハリドから授業(レクチャー)を受け、

名前と略歴くらいは頭に叩き込んでいた。

しかし、実物を見るのは今回がほとんど初めてで、政務次官としては何とも

心もとない限りであった。


「自治省政務長官、キリル・ヒョウセツ・ミルケーネ公爵」

わっーとか、おっーとかいう声が一般観覧席から上がる。

25歳の元王子サマ・青年長官殿はやはり国民に人気があるらしい。

容貌よし、家柄よし、財力あり、権力あり、しかも独身!と、

くれば人気があるのも当然かもしれない。


…例え中身がグウタラ長官でウッカリ次官に添い寝してしまうような

非常識男であったとしても!あんたたち騙されている!!

リアンは心の中で叫んだ。


「…何でこちらに立っているのだ?」

国王がキリルに囁くのを、隣りに立つリアンはかろうじて拾うことができた。

「自治省政務長官ですので」

キリルは当然のように返答するが、リアンは、「ん?」と今更ながらに思う。

公式行事の場合、彼は元・王族、一位の大貴族ミルケーネ公爵として

もっと上座に立って然るべきなのではなかろうか。


「公爵としての地位はともかく、もう一つの長官職はどうしているのだ?」

ここでまた国王は不可解な問いを発する。

(もう一つの長官職?長官職って兼任できるの?で、どこの長官職?)

リアンの中で疑問符が複数踊り出すが、もちろん口を開くことは許されない。

公式行事では目下の者から目上の者に話しかけることは禁止されているのだ。


「“今は”自治省長官としてこの場に立つことをお許しください、陛下」

「許すが…あまり宰相に負担をかけるなよ」

キリルが殊勝に頭を下げたので、国王はそれ以上の追及を止めたようだ。


「自治省政務次官、リアン・パルマローザ・アギール伯爵令嬢」

長官ほどの歓声は上がらなかったが、それでも周囲の視線が一斉に自分に

向けられるのをリアンはひしひしと感じた。

概ね貴族からは冷たい視線が、観覧席の平民からは熱い視線が寄せられる。


“アギール家の娘”


“世紀のカップル”が生んだ一人娘が長じて中央官庁入りを果たす。

それもいきなり自治省政務次官として。

そんなトンデモ人事がこの瞬間に国民に広く知らされることになる。


「またお茶会にいらしてくださいね、リアンさん。

 次官としてのお仕事は大変でしょうが、少しでもお力になれればと思います」

王妃シャララが声をかける。

「もったいないお言葉でございます、王妃様。若輩者ではございますが、

 自治省次官としての職責を精一杯果たしたいと存じます」

交わす言葉はほんの少し。

けれど総披露で王妃から直接言葉をかけられるという意義は大きい。

それは国王夫妻がリアンを自治省次官として認めていると公言するものであり、

王妃個人がリアンの擁護者になっていると宣言するものでもあった。

これで少なくとも…表立ってリアンの次官就任を非難することは

誰にもできなくなる。


もっとも、表はダメでも裏から嫌味を言う人間は消えてくれない。


「その格好、地味ね。だ、か、ら、ワタクシの助言を聞いておくべきだったのに」

そうわざわざ耳打ちしに来たのは、フッサール伯爵夫人フローネである。

国王の姪にあたる彼女は王族に准ずる大貴族として招待客の中に入っているが、

総披露では、王妃付女官として、主人に付き従う役目を担っている。


「地味で結構。次官が派手に着飾る必要はありませんので」

リアンは結局のところ長官が用意した白銀の正装を身に着けていた。

但し、そこに本来附属していた綺羅綺羅しい装飾品(アクセサリ)の類は一切省いており、

よくよく観察しなければ長官と(ペア)衣装(ルック)だとは分からない程度にまで

簡素化している。

金茶の髪はきっちりと夜会巻きにまとめ上げられ、

瞳の色と合わせたペリドットの髪飾りで留めてある。

確かに地味、しかし、可もなく不可もない無難な格好である。


もちろん「(キサ)()流行(ファッション)」(女性誌)にネタを提供しないための

予防線でもあった。

長官と二人組(ツー・ショット)写真でも撮られて掲載された日には

目も当てられないからだ。


「小娘、国軍留置所に食事と暖を運ぶよう指示してやったぞ。

 俺様に感謝して泣いてひれ伏せ」

フローネが王妃に従って通り過ぎた後、王弟ベリルもやって来た。

こちらも小声であったが、素敵な外見が全部台無しになる内容だ。


(“指示してやった”って、勾留者の人権保護はアンタの役目でしょうが)

しかし、公式行事の最中に反抗するほどリアンは愚かではなかった。

伯爵家の姫君らしい微笑みを浮かべて(100%作りものだが)、

王弟殿下に御礼を述べる。

「いつも御心づかいいただきまして感謝いたします」

フローネもベリルもリアンに声をかけたが、その内容までは周囲に

届かない。

見ようによっては、個人的な、親しい?付き合いがあるかのような…

王妃だけではなく、王姪も王弟も味方につけているかもしれないような

印象を与える。

それはリアンの意図したことではなかったが、

誤解を敢えて解こうとする者はその場にいなかった。


(何とか無事に終わりそうね…やれやれだわ)

気が抜けてくると、捻じ伏せていた頭痛だの喉の痛みだのが復活する。

またも悪寒が背中を襲い始め、リアンは膝から力が抜けていくのを感じた。


その場にペタリと座りこみそうになった途端、ぐっと背中に腕を回される。


「リアン、式典はまだ終わっていない。隙を見せるな」

「申し訳ありませ…長官」

「あと少しだ。体重をこちらにかけて構わないから、まだ倒れるな」


キリルの気配が変化していた。平静を装いつつも、周囲を警戒している。

悪寒と闘いながら、リアンも神経を張り巡らせて、何か異常はないか

感じ取ろうとした。


国王夫妻が遠ざかり、ミルケーネ公爵からもアギール令嬢からも大方の

関心が逸れたはずだ。

それでも未だにリアンは自分に寄せられる幾つもの視線を感じることが

できた。確かにこの状態では気を抜く訳にはいかない。


(見られている)


視線の中に込められるのは…好奇心、憧憬、羨望、嫉妬、軽蔑、憎悪、

そして、殺意…殺意?


(誰から…?どこから?)


必死に首を巡らし視線の軌跡を辿る。

国王夫妻、王弟ベリル、フッサール伯爵夫人。

彼らの姿は人垣の中で、もう見えない。


祖父ハリドと叔父クロンは少し離れた場所からリアンを心配そうに見守っている。


近衛騎士イェイルは他の騎士たちとともに正面扉を守って見張りをしている。


それから…2階の観覧席にラウザがいた。

かつての恋人は農業省から派遣されて一般観覧者のための会場整理係

になっているようだ。

彼からも視線を感じたが、もちろん殺意ではない(当たり前だ!

憎んで別れたわけではないのだから)。


(((アギール家の娘)))

ぞわりと身の毛がよだつ感覚に襲われる。

声なき声が重なり、束ねられ、一匹の蛇となってリアンの身体を締め上げる。

そんな幻覚に悩まされ、もはやキリルの支えなしには立っていられない

状態になっていた。


「長官…もしかしてアギール家を…いえ、“アギール家の娘”を殺したいほど

 憎んでいる者がいるのですか?」

声が震えないように努めながら、それでも所々、言葉がつかえてしまう。


駆け落ち婚をしでかした両親を多くの貴族が非難していることは知っている。

若輩者の自分が政務次官という高官職に就くことで反発を買うことも覚悟している。


しかし、これほど純度の高い、憎悪と殺意を正体不明の敵から

ぶつけられることになろうとは。


総披露が終わった途端、ミルケーネ公爵は元・王族としての特権を生かし、

リアンを引きずるようにして隠し通路に飛び込んだ。

それはあっという間のことで、ハリドもクロンも後を追うことができなかった。


キリルはそのまま難なくリアンを抱き上げると自治省への帰途に着く。

かろうじて意識は保っていたものの、身動きする気力がリアンにはなかった。

それに長官の指が腕に食い込むようで、抵抗することも躊躇われた。


「何も心配しなくていい。君を害そうとする者は全て私が叩き潰す」

自治省政務長官は勇ましいことを言ってのけたが、

リアンは少しも嬉しくなかった。


長官の手が痣を作ったり血で汚れたりするのは嫌だと思った。


労働をしたことのない、白絹の、白磁の手。自治省のグウタラ長官。

公爵サマにはグウタラ長官でいてほしい、他の、違う役職名の長官に

なんかなってほしくない

…霞みゆく頭の中でリアンはそんなこと考えていた。


リアン、これまでの経歴から嫉妬も憎悪も撃退するパワーの持ち主でしたが、

さすがに殺意まではぶつけられたことがなくて、またも風邪が悪化して

しまいます。


その後、リアンは後夜祭を乗り切るだけで精いっぱいで、

結局キリルは花火大会を一緒に楽しむこともダンスを一緒に踊ることもできま

せんでした。でも二人の心の距離はちょっぴりは縮まったのかな?


次回から第五章 自治省の殲滅部隊 が スタートします。

だいぶ政務次官としての職務に慣れてきたリアンは

“とある詩集”を読んで、机をたたくほどの大爆笑をしたり、

官舎の食堂で下級官吏に交じって日替わり定食を頬張ったり、

そして…町人に変装してキリルと街にくり出したりします。


お楽しみに!

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