序幕 惨劇のメリーゴーランド
それは、月のキレイな夜のことだった──。
「メルヘンチックな雰囲気だな」
仮眠明けの眠い目を天上に向け、瞬かせながら、駅前派出所に勤務する警察官の一ノ瀬が軽い冗談を口にした。
「そうですか? 僕なんか、逆にホラーの世界に見えちゃいますけどね」
今年配属されたばかりの新人警察官、亘理は、やや及び腰になりながらそう返した。
駅前から少し離れた丘の上に、『ハイランドパーク』という遊園地がある。
その日の営業を終え、とっくに閉園したはずの娯楽施設は、眩い月光に照らされ、夜の闇の中に独特の雰囲気を浮かび上がらせていた。
しかし、そこを照らしているのは月明かりだけではなかった。
「確かに、あそこだけ照明が点いているな。あれは……メリーゴーランドか?」
まるで舞台をスポットライトで照らしているかのように、煌々と輝きを放つ場所へと、二人は歩を進めた。
「それにしても、何でここだけ電気が点いてるんですかね?」
動くことのない木馬を見やりながら、一ノ瀬は惚けた口調で呟いた。
「消し忘れじゃないんですか?」
「それは無い、ってさっき管理人と警備員が言ってただろう。それに、消し忘れだったらもっと早く誰かが気づいて、通報もこんな深夜にはならなかったはずだ」
「ですよねー」
亘理は肩を竦め、苦笑する。
「まあ、システム的なトラブルだろうな。それを今、管理人と警備員が調べているんだから、すぐに──」
すぐに解決する。
そう言いかけた一ノ瀬の口が、ピタリと止まった。
突然、メルヘンチックな音楽がその場に流れ始めた。
同時に、静止していたはずの木馬が、ゆっくりと廻り出す。
「な、何だ? 設備点検か何かか?」
上下運動を繰り返しながら、異様なまでにゆっくりと円を描く木馬。
二人は、ただ呆然とそれを見つめていた。
「せ、先輩! あそこ……」
亘理が震える声で指を差す。
「真ん中の支柱に、何か見えませんでしたか?」
「あ、ああ。たしかに……」
一ノ瀬も目を凝らした。
メリーゴーランドの支柱に、それとは明らかに異質な何かが見える。
だが、緩やかな回転とともに、それは二人の視界から消えてしまった。
二人は無意識のうちに息を殺し、じっと目を凝らす。
そして、再びそれが姿を現すのを待った。
やがて、メリーゴーランドがグルリと一周する。
回転する支柱とともに現れたのは──。
ワイヤーのようなものが身体に巻きつき、そこにがっちりと磔にされた──
ゴシック様式の黒いドレスに身を包んだ──
首から上を欠損した──
人間なのか。
人形なのか。
それとも、ただ黒いドレスだけが磔にされているのか。
二人には判別することのできない、異様なモノだった。
「「うわァァァァァァァァァァッ‼」」
二人は思わず悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。
やがて、メルヘンチックだった音楽が、壊れたレコードのように歪み始める。
そこへ支柱から発せられる、
ギギギギギ……。
という不快な金属音が重なった。
音楽と金属音は混ざり合い、やがて耳を塞ぎたくなるような不協和音へと変貌していく。
──アレは一体何なんだ⁉
──首……首が……。
──人形……なのか?
一ノ瀬は眼前で繰り広げられるダークメルヘンを前に、少しずつ正常な思考を失っていった。
天上に浮かぶ、瞳のような満月。
その下で、舞台の中央に磔にされた首のないモノが、木馬とともに哀れな観客の前で静かな円舞を刻み続けている。
まるで、それが当然のことであるかのように──。




