王女なのにうっかり強くなりすぎました
「…………はぁぁぁ」
鏡の前に立つ私は、深いため息をついた。
映っているのは、絹のような銀髪に碧眼を持つ、どこからどう見ても可憐な【聖エレノア王国】の第一王女、アイリス・ド・エレノアだ。
……だが、私の右手に握られているのは、さっきまで練習用だったはずの鉄剣。
今はまるで、熱で溶けた飴細工のように無残な形にひしゃげている。
「……また、やってしまった」
周囲を見渡せば、王宮の訓練場はひどい惨状だ。
頑丈な石畳はあちこちが砕け、練習用の木人に至っては、粉々どころか消し炭すら残っていない。
すべての始まりは三年前、私が十歳の時にかかった知恵熱だった。
高熱にうなされる中、私は前世の記憶を思い出した。
そこは日本という国で、私は──いや、彼は、筋トレと格闘技をこよなく愛する体育会系の大学生だった。
「せっかくお姫様に転生したんだ。今世こそは、優雅に、守られる側の存在として生きてやる!」
そう決意したはずだった。
しかし、前世の記憶と共に覚醒した魔法操作の才能が、私の意図とは真逆の方向へ暴走を始めたのだ。
◇ ◆ ◇
私は王女としてのマナー教育の合間に、美容と健康のためと称して、こっそり独自の鍛錬を始めた。
目指したのは、あくまで『しなやかで美しい所作』だ。
しかし、脳内に眠る前世の知識──解剖学、超回復、効率的なバルクアップの理論──が、異世界の魔力と化学反応を起こしてしまった。
「魔力を細胞の一つ一つに浸透させれば、お肌のツヤが良くなるはず」
そう思って、毛細血管の隅々にまで魔力を浸透させる美肌魔法──自称──を試した。
ところが、これが高度な身体強化術に変換され、私の筋肉密度はダイヤモンド並みに跳ね上がった。
見た目はスレンダーなままだが、体重だけは鉄塊のように重くなり、それを支えるために骨密度まで神話級の硬度になってしまった。
さらにデトックスと称して、体内の不純物を魔力で押し流そうとした結果、私の代謝機能は異常進化を遂げた。
傷を負っても瞬時に塞がるどころか、そもそも鋼鉄の剣が肌に触れた瞬間に粉々に砕け散るという、物理法則を無視した『無敵の美肌』が完成してしまったのだ。
侍女たちが「姫様のお肌は、まるで大理石のように完璧ですわ」と褒めてくれるが、彼女たちは知らない。
それが比喩ではなく、硬度的な意味で大理石を凌駕していることを。
うっかり蚊を叩こうと自分の頬を叩けば、衝撃波で部屋の窓ガラスがすべて割れ、叩いた方の手の骨ではなく、衝撃が突き抜けた背後の壁に穴が開く始末だ。
「重い荷物を持って歩けば、インナーマッスルが鍛えられて姿勢が良くなるはず」
そう思って、自室でこっそり百キロのバーベル──を模した超高密度魔法の重石──を背負ってスクワットを繰り返した。
これには前世の『スロートレーニング』の概念を取り入れた。
筋肉に限界まで負荷をかけ、魔力で超回復を強制的に促進させる。
これを毎日数千回。
気づけば脚力は、城壁を一蹴りで飛び越え、私は着地しただけで地響きを立てる【移動要塞】と化していた。
うっかり寝ぼけてベッドの中で伸びをすれば、寝室の床が抜けて下の階の書庫まで落下し、さらにうっかり寝返りを打てば、特注の頑丈なベッドがひしゃげたブリキ缶のように丸まってしまう。
ある時、庭園で美しいアゲハ蝶を見つけた。
「あ、待って」と、蝶を追いかけようと軽く一歩踏み出した。
私としては、綿毛が舞い降りるような繊細な一歩のつもりだった。
しかし──爆鳴と共に、王宮の誇る名園の地面が三メートル陥没した。
周囲の樹木は衝撃波でなぎ倒され、噴水の水が暴れ狂うように噴き上がった。
駆けつけた近衛騎士たちが「敵襲か!? 地震か!?」と血相を変えて集まってきた中心で、私はスカートの裾を泥だらけにしながら立ち尽くしていた。
目の前で、私が追いかけようとした蝶が、衝撃風に巻き込まれて時速三百キロメートルくらいで彼方へと吹き飛んでいくのが見えた。
私はその時、「あ、これもう手遅れだ」と悟った。
以来、私は歩くたびに“床を抜かないように“魔力で自分の体重を相殺して浮かせるという、極めて高度な浮遊魔法を常時展開しなければならなくなった。
優雅に歩いているように見えて、実は足元では常に物理法則との死闘が繰り広げられているのである。
うっかりクシャミでもしようものなら、その反動で王宮の屋根を突き破って空の彼方まで飛んでいってしまいかねない。
私の日常は、いまや一瞬の油断も許されない『うっかり世界の崩壊』との戦いになってしまったのだ。
◇ ◆ ◇
そんな私にある日、縁談の話が舞い込む。
相手は軍事強国として知られるバルド王国の第一王子、カイル。
彼は『剣聖』の異名を持ち、自分より弱い女には興味がないと公言している不遜な男だった。
「アイリス王女。貴女の美しさは聞き及んでいるが、俺の隣に立つ者に必要なのは、美貌ではなく、俺の剣についてこられる強さだ」
謁見の間で、カイル王子は傲慢に言い放った。
彼の背後にはバルド王国自慢の精鋭騎士たちが並び、その威圧感だけで並の貴族なら失禁しかねない空気が漂っている。
しかし、私は内心で「よし!」とガッツポーズを作った。
前世の体育会系マインドが『こんな失礼な奴は願い下げだ』と告げているし、何より彼に『弱すぎる、話にならん』と見捨てられれば、念願の平穏な引きこもり令嬢生活が待っている。
「まあ、カイル様。私のようなか弱い者に、そのような……。剣など、重くて持ったこともございませんわ」
私は扇で口元を隠しながら、できるだけ儚げに、今にも風に吹かれて消えてしまいそうな薄幸の美少女を演じて微笑んだ。
実際、私の筋密度を隠すため重力相殺魔法のせいで、少し体が浮きかけてフワフワしており、それが余計に儚さを演出していたはずだった。
ところが、うっかり儚げなため息を吐こうとして魔力の調整をミスし、肺から漏れた吐息が鋭い指向性を持つ音速の噴射になってしまった。
私の目の前の絨毯が激しくめくれ上がり、カイル王子の前髪を派手にぶち上げたが、私は必死で「風が強いですわね」という顔をして誤魔化した──が、その瞬間だった。
「ほう、なら試してやろう。俺の殺気を受けて、立っていられるかな?」
カイルが鋭い殺気を放つ。
それは単なる気合ではない。
数多の戦場を潜り抜け、魔物や兵士を斬り伏せてきた者だけが纏う、物理的な圧力を持った刃だ。
謁見の間の空気が凍り付き、窓ガラスがピシピシと悲鳴を上げる。
(おっと、これは反射的に相殺してはダメだなやつ。膝をついて、顔を真っ青にしてフラつくフリを……)
そう考え、脳が敗北の命令を出した──はずだった。
なのに、私の体が勝手に反応した。
前世から引き継いだ格闘家のカウンター本能と、過剰に練り上げられた魔力が、私の理性をゴミ箱に放り込んで勝手に【超速自動迎撃モード】に入ってしまったのだ。
「……ああ」
わざと躓いたふりをして、私は軽く──私にとっては頬に止まった蚊を払う程度の、ごくごく微細な力で──空を薙ぐように手を振った直後──謁見の間に凄まじい衝撃波が吹き荒れた。
カイル王子が放った殺気は、私の振った手から生じた真空波に飲み込まれ、数倍の物理威力へと増幅されて本人へと跳ね返った。
さらにうっかり、空振った手の指先から余剰魔力が魔力弾として漏れ出し、それが王子の殺気と混ざり合って、もはや小型の戦術核のような破壊エネルギーに進化してしまった。
「ぐはぁぁぁっ!?」
カイル王子は、自分の最強の攻撃をまともに食らったような形になり、足の裏で床を削りながら後方へ爆飛。
背後の巨大な大理石の壁を突き破り、そのまま外の城壁まで突き抜けた。
残された何枚もの壁には、王子の形をした見事な、あまりにも芸術的な人型クレーターが等間隔に並んで出来上がっている。
「…………え?」
差し出した自分の手を見て、私は固まった。
沈黙が広がる謁見の間。
父上は王冠がずり落ちたことも気づかず、口を開けたまま魂が抜けたような顔で固まっている。
カイル王子の従者たちは、腰の剣を抜こうとした姿勢のまま、あまりの超常現象に指一本動かせずガタガタと震えている。
さらに追い打ちをかけるように、私がうっかり踏ん張った足元の床が、衝撃に耐えきれず、メキメキと音を立てて地下の宝物庫まで崩落し始めた。
「き、貴様……今、何をした……?」
壁の穴のさらに先からフラフラと這い出してきたカイルは、額から血を流し、豪華な礼装をボロ雑巾のようにされながらも、その瞳に見たこともないような狂信的な光を宿していた。
「これだ……。これこそが、俺が一生をかけて追い求めていた究極の強さだ! 魔法ですらない、ただの手出しで城壁三枚を貫通させる俺の体を吹き飛ばすとは……! アイリス王女、貴女を私の妃として、いや、我が人生の師として迎えたい! 頼む、俺を弟子にしてくれ! 今すぐここで組み伏せて、その剛腕で引導を渡してくれても構わん!」
「……絶対にお断りしますわぁぁぁ!!」
私の全力の拒絶の悲鳴が、うっかり物理的な咆哮となって、天井から吊り下げられていた三トンの豪華シャンデリアを粉々に砕き散らし、謁見の間の全窓ガラスを砂に変えた。
こうして、私の【か弱いお姫様計画】は、隣国の剣聖王子を重度の戦闘狂へと変貌させ、ついでに王宮の歴史的建造物を半壊させるという最悪のうっかりと共に、派手に崩壊したのである。
◇ ◆ ◇
その後、私は『隠された実力を持つ最強の王女』として、王宮内の武闘派貴族や諜報員たちにマークされることになった。
婚約の話をうやむやにし、物理的に執着してくるカイル王子から逃げるため、私は聖域での精神修行に出るという名目で、王都から遥か北方に位置する辺境の領地へと避難した。
「ここなら、誰も私を見張っていない。カイル様も追ってこれないはず。今度こそ、刺繍をしたり新作のお紅茶を試したりして、たおやかに暮らしてみせますわ」
ただ、私は忘れていた。
その辺境の地が、百年に一度目覚めるという伝説の災厄、神話級魔獣『天駆ける厄災』が封印されている、王国最大の禁忌地であることを。
ある夜。
大地が割れるような振動と、天を裂く咆哮が響き渡った。
山そのものが動き出したかのような巨体を持つベヒモスが、封印を食い破って復活したのだ。
領民たちはパニックに陥り、派遣されていた騎士団もその圧倒的な神威の前に、剣を握ることもできず膝をついている。
魔獣が吐息を漏らせば広大な森が一瞬で炭化し、その重厚な一歩が踏み出されるたびに、街の堅牢な建物が豆腐のように崩壊していく。
「ああ、もう! 良いところだったのに!!」
深夜、あかりを灯して読んでいた【貧乏令嬢が最強騎士様に抱きしめられる】という胸キュン恋愛小説の、まさに最高潮のシーンを物理的な震動で邪魔され、私の堪忍袋の緒が、音を立ててぶち切れた。
私は寝巻きの薄いシルクのネグリジェの上に、雑にマントを羽織っただけの、ほぼ無防備──物理的な意味ではなく、マナー的な意味で──な姿のまま、光速に近い踏み込みでベヒモスの前に立ちはだかった。
「グルゥゥ……卑小な人間よ、我が目覚めの贄となり、絶望の中で死に絶え……」
「うるさいですわ。もう深夜ですよ? 辺境だからって近所迷惑の概念がないのかしら。だいたい、あなたの咆哮のせいで栞がどこかに飛んでいったじゃないの!」
私は地を蹴った。
うっかり怒りに任せて脚力を解放してしまったため、私が元いた地点の半径五十メートルは、離陸の衝撃だけでクレーターへと化した。
音速を軽々と超えた私の突撃は、前方の大気を極限まで圧縮し、巨大な青白いプラズマの刃を作り出す。
ベヒモスが、目の前の羽虫のような少女が発する“宇宙規模の殺意“に気づき、驚愕に目を剥く暇もなかった。
「アイリス流・王家秘伝──ということにした前世のフルスイング──正拳突き!!」
核爆発かと思うほどの衝撃音と共に、天を貫く巨大な光柱が立ち上った。
ベヒモスの、城壁よりも分厚い外殻は、私の拳が触れる寸前の圧縮空気だけで粉砕された。
そのまま拳がめり込んだ瞬間、反作用で私の足元の地面が数十メートル沈み込み、逆にベヒモスの数万トンの巨体は、重力法則を完全に無視した軌道で標高二千メートルの北山を越え、成層圏を突き抜けて宇宙の彼方へと吹き飛んでいった。
夜空には、魔獣が摩擦熱で燃え上がりながら星になっていく、美しい(?)光跡だけが残された。
後に残ったのは、着弾点から放射状に数キロにわたって広がる、地図を書き換えるレベルの巨大な地割れと、スッキリした顔で右拳の煤を払うネグリジェ姿の私一人。
「……ふぅ。これで少しは静かになる。さ、小説の続きを読み直さなきゃ」
清々しい気分でふと振り返ると、そこには救援に駆けつけていた──いや、避難勧告を出しに来たのであろうカイル王子と、彼が率いる精鋭騎士団が、月明かりの下で魂が抜けたように絶句していた。
カイル王子に至っては、持っていた伝説の聖剣を地面に落としたことすら気づいていない。
「……アイリス、様……? 今、山が消えた……というか、魔獣が星になったように見えたのだが……」
「……あ」
──最悪だ。
自分がネグリジェ姿という破廉恥極まりない格好で、しかも伝説の魔獣をワンパンで銀河の果てまで放り出した現場を、よりによって一番見られてはいけない人に見られた。
私は顔を真っ赤に染め、今さらながら、か弱い淑女のようにしおらしく、震える声で言ってみた。
「ち、違うんです、カイル様。これは……そう、流れ星! 今のは、すっごく空気が読める巨大な流れ星が、たまたま魔獣の眉間に光速で直撃しただけです! 私はただ、それを特等席で見ていただけなの!」
「……拳一つで、この世の終わりみたいな光景を現出させる女がどこにいる!! しかもお前、その格好……ネグリジェ一枚で、どうして無傷なんだ! 衝撃波でマントすら燃え尽きているのに、お前の肌に傷一つないのはどういう理屈だ!」
「それは……その、美肌魔法のおかげ……かな?」
「美肌で魔獣が殺せるかぁぁぁ!!」
辺境の静かな夜に戻るはずが、王子の絶叫がこだまする、さらに騒がしい夜へと突入してしまった。
私のうっかりは、ついに国家機密レベルの事態を通り越し、神話の領域へと足を踏み入れてしまったのである。
◇ ◆ ◇
結局、私の“うっかり“は止まることを知らなかった。
一度タガが外れた私の魔力と身体能力は、前世のトレーニング理論を吸収しながら、日々恐ろしいスピードで自己更新を続けてしまったのだ。
〜賊の砦、蒸発事件〜
賊に襲われた村を助けようとして、直接手を下すのは淑女としていかがなものかと考えた私は、道端の小石をデコピンで弾いて追い払おうとした。
だが、指先から漏れた魔力が小石をプラズマ化させ、超電磁砲となって射出。
小石は賊の砦を門ごと貫通し、背後の山ごと地図から消し飛ばした。
生き残った賊たちは「神の裁きだ!」と泣きながら自首した。
〜新国立湖の強行開削〜
枯れた井戸を魔法で掘り直そうとして、ちょっと地殻を刺激すれば水が出るはず、とうっかり指先を数センチ地面に刺し、振動魔法を流し込んだ。
結果、地下水脈を爆破するどころか大陸プレートをわずかに揺らしてしまい、領地に巨大なクレーターが出現。
そこへ溢れ出した地下水が溜まり、一夜にして王国最大の『アイリス湖』が誕生した。
今では特産品の魚が獲れる観光名所だ。
〜王宮ダンスホール崩壊事故〜
建国記念祭のダンスパーティーで、エスコートするカイル王子の華麗なステップに合わせようと気合を入れすぎた。
優雅にターンを決めた瞬間、私の細いヒールに数トンの圧力が一点集中。
一歩踏むごとに大理石の床が地雷でも踏んだかのように爆散し、最終的に王宮のダンスホールは地下のワインセラーまで貫通する巨大な吹き抜け構造へとリフォームされた。
いつしか、私は『戦乙女の再来』や『歩く天災』、果ては『人類最終防衛ライン』と呼ばれるようになった。
当初の目的だった、刺繍の針を動かしながら窓辺でまどろむような“優雅で平穏な生活“は、もはや遠い銀河の彼方、ベヒモスが飛んでいった方向へと消え去った。
「アイリス! 今日こそは……今日こそは俺の新奥義【次元斬】を受けてもらうぞ! 貴女に一太刀浴びせるまで、俺は諦めん!」
今日も今日とて、カイル王子がボロボロの鎧を引きずり、折れた聖剣を杖代わりにしながら執念深く挑んでくる。
もはや彼は婚約者というより、倒されるのを待つ中ボスの風格だ。
私は深いため息をつき、最高級の茶葉で淹れたお茶を一口飲んだ。
「カイル様、何度言えばわかるのですか? 私は、お花を愛で、刺繍を嗜む、ごく普通の、どこにでもいるような『か弱い王女』なのですよ?」
そう言いながら、そっとテーブルに置いたティーカップは、私の無意識の握力──という名の物理的重圧──に耐えかねて、陶器の分子構造を維持できなくなり、音もなくサラサラとした微細な砂へと還っていった。
それを見た侍女が「ああ、また砂が……」と慣れた手つきで掃除の準備を始める。
「……はぁ、仕方がありません。なるべく王宮を更地にしないように、手加減は、死ぬ気で努力させていただきますわ」
私は優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧な角度でカーテシーを披露した。
その瞬間、私の足元──特殊合金で補強され、神聖魔法の結界まで施されたはずの特製訓練場の石畳が、私が軽く踏ん張っただけで絶望的な音を立て、巨大なクモの巣状のヒビを周囲に広げた。
だが、ここで致命的な“うっかり“が私を襲った。
「あ……」
あまりに気合を入れて手加減を制御しようとした反動で、私の脳内にある前世の記憶と今世の魔力が変な混線を起こしたのだ。
カイル王子の次元斬が迫る中、私は華麗にそれを受け流し、ついでに彼の胸元を人差し指で軽く、本当に軽く、ツンと突いた──はずだった。
「あべしっ!?」という、王子らしからぬ悲鳴と共にカイル様は空の星になったが、問題はそこではない。
私の指先から放たれた衝撃波が、背後の王宮の食糧庫を直撃してしまったのだ。
翌朝、聖エレノア王国には激震が走った。
王女アイリスが、隣国の王子をワンパンでKOしたついでに、王国の全備蓄食糧を“超振動調理“で一瞬にしてプロテインの粉末に変えてしまったのだ。
「姫様……これでは、冬を越せませんわ」
涙目でプロテインの山を見つめる侍女たち。
「うむ、アイリスよ。これからは国民全員がマッスルになるしかないな」
なぜか納得してポージングを決める父上。
結局、私の『か弱い王女』としての評価は完全に死に、代わりに王国全土に【筋肉信仰】が広まってしまった。
隣国からは、もはや結婚どころか兵力強化合宿の申し出がなされている。
「どうしてこうなったの……」
私は今日も、自重で沈みゆく椅子に座り、プロテイン入りの紅茶を啜りながら、ひしゃげた刺繍針を見つめる。
優雅な生活はもう戻って来ない。
でも、うっかり強くなりすぎたおかげで、聖エレノア王国は誰にもせめてこれない──物理的に──という、ある意味で最高に平和な、だけど私にとって、最高に残念な黄金時代を迎えたのだった。
おしまい
とある企画でタイトルをいただいて書いた作品です。
(風花さんありがとう)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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