第56話:新たな依頼に新たな技術
Aのような身体能力が強化される、とかでもない限り……ダンジョン一層に対してかかる日数は、次の階層へ進むにはどれだけ短かろうと三日はかかってしまう。
そしてこれは基本的な事だが、アンダーナイトのような無茶を無理やり通したりでもしない限り、進行速度というのは人数が増えれば増えるだけ反比例するように下がっていってしまうものだ。
Aのパーティーは三人、速度に関しては問題ないが……それでも一層ごとに三日、十三階層まで到達するとなると一か月程度はかかってしまう。
ダンジョン内は肉体の時間経過速度が遅い、蘇生する際にある程度若返る為寿命に関しては問題ないのだが、それ以外にも様々な問題が付きまとっているのが現実だ。
それをある程度解消、省略できる技術を、A達の目の前にいる小汚い老人は試作品ではあるが作ってきたというのだ。
「……ワープって、あれよね。道中を省略して目的地のみにするっていう」
「そうよ、それじゃよ。どうじゃ凄くね?」
ウルタールの言葉に、子供のような笑みを浮かべる勝正。
確かにその言葉が本当であれば、ダンジョン探索に革命が起きる。道中を一気に省略できるとなれば、ダンジョンの果てを見たいだけならば最前線を攻略する必要すら無くなると言っても過言ではない。
とはいえ、と勝正はぼりぼりと頭をかく。長いこと風呂に入っていないのだろう、頭から雪のようなものがぱらぱらと落ちる。
「まだ試作段階じゃからこれが想定通り機能するのか、安全性を確かめねばならん……のじゃが、わしら現代魔法研究所にはダンジョン探索するにあたっての資格を持ってるものがおらなんだ」
「なるほどねぇ、それで僕に白羽の矢が立ったと」
「うむ。試験運用じゃからな、どのような不具合が出て死ぬかわかったもんじゃない。そこで短期間で、何度も死んで生き返って、再挑戦できる冒険者が欲しいところでの」
「確かに、それならAが適任と言えるけれども……」
「……少しいいか」
転移魔法に関する話を進めていたところだったが、唐突にチチェロが申し訳なさそうな顔で割って入ってきた。
三人の視線が一気にチチェロに集まる。チチェロはどこか言いづらそうな表情で、口を開いた。
「……ワープって、いったいなんだ?」
「あー……そうだねぇ、エリアAからエリアGに行きたいけど道中にはエリアB~Fがある。そのまま真っすぐ順番に行くんじゃなくて、Aから直接Gにたどり着くまでの道を作り出すのがワープ……かな?」
「なるほど」
自分の説明が合っているのか少し不安そうに語るAは横目で勝正を見るが、特に言及してくる様子はない。チチェロも納得してくれたようで、ひとまず胸をなでおろした。
現代人であれば、ゲームのファストトラベルみたいなものと簡単に説明ができるのであるが……チチェロはダンジョンから回収した死体を蘇生させた、推定ダンジョン生まれの人間。それで例えたところで疑問が増えるだけだ。
チチェロが納得いったところで、勝正が言葉を続ける。
「とにかく、お主にはわしらが開発した魔法……転移魔法:試作.25じゃ」
そう言って勝正は、珈琲の染みが目立つ魔法紙をAに渡した。
重要な書類なんだから汚れないよう保管しておけよ……と思わなくもなかったが、風貌を見直してそのようなものを期待するのも酷かと諦めた。
「そいつを使う事で転移魔法を覚えられるようになる、筈じゃ。理論上はな」
「理論上って……本当に大丈夫なの?」
「それを確かめる為にAに依頼したんじゃわい。ひとまず動作するのは確認しておるが、それ以外は実際に使って改善していかんとどうしようもならん」
ウルタールの疑い深げな言葉に間抜けな者を見る目で反論する勝正。
要するに体のいい実験動物、実験用鼠のようなものという訳だ。ダンジョンという生死の価値が暴落している環境でなければ訴えられても、干されても仕様が無いのがまかり通る……つくづく治外法権な世界だ。
「配信の方で経過は確認しておく。お主は転移魔法使用者の栄えある第一号となるんじゃ!! これほど名誉なことがあるか!?」
「別にそんな名誉とか求めてないんだけどねえ……」
「……ねえ、私達の分は? 私達、Aとチームを組んでるんだけど」
ギラギラとした目を輝かせながら唾を飛ばす勝正に、ウルタールが自分の分はと要求する。
このイカれた老人の実験動物になるのはいささか抵抗があるが、かといってA一人に任せるというのも……Aのチームとして、主義に反するというもの。
だが勝正の反応は冷ややかなものであった。
「死んだ後どれくらいでダンジョンに戻る事ができる?」
「二日よ。流石にAみたいに即日とはいかないけど、中々の速さだと思うわよ?」
「Aと同程度には潜れる」
「チチェロじゃったかな……お主にも依頼をしよう。じゃが女、お主は駄目じゃ」
チチェロにも転移魔法:試作.25が記された魔法紙を渡した勝正だが、肝心のウルタールには邪険にする。
それに対し口を開こうとするウルタールであったが、その前に勝正が言葉をかぶせる。
「わしが欲しいのは速やかなバックアップじゃ。確かに他の冒険者に比べれば復帰は早いかもしれんが、二日も空くというのはいただけんのう……理想としては一日に三回は死んでもらいたい」
その発言に、さしものウルタールもぞっとした。
死というエンターテインメント込みの配信業界ではあるが、当然の事ではあるがほとんどの冒険者は可能な限り死ぬことは避け、リスクを減らすように準備する。
冒険者は死ぬのに慣れている、とはいえそれがイコール死ぬことに抵抗が無いという訳ではない。死の間際の痛み、苦しみ、恐怖といったものは記憶に残り続けるし、その恐怖に打ち勝てず冒険者を引退する者も多い。
だというのにこの老人は、まるで冒険者の背景を考慮しない。死ぬことが仕事とでもいうような、死んで生き返る人間の心情を踏みにじるような信じられない発言。
「A、こいつの仕事なんか受けない方が良いわ。私達の事を鼠かなんかだと思ってるわよ」
「いいや、受けるよ」
魔法紙をひらひらと揺らしながら、ウルタールの言葉を否定するA。
信じられない、とでも言いたげに唇を震わせるが、Aは構わず言葉を紡ぐ。
「確かにこの爺さんは僕たちを実験動物として見てるだろうね。それには僕だってムカつく。でもそれを加味しても……この実験、あまりにもメリットが大きすぎるんだ」
Aの言葉に、ウルタールは何も反論できないでいた。
そうだ。Aの言うように、転移魔法が実用化する際のメリットはあまりにも大きく、計り知れない。歴史に名を残すような偉業といっても決して誇張ではない。
メリットとデメリット、天秤で計るまでもない。Aならばそう答えるのは分かり切っていたことだ。
ウルタールは言葉を飲み込み、勝正がニカリと笑った。
「決まりじゃな。それじゃあ頼むぞ、Aにチチェロよ」




