第41話:はじめての休日
ギルドに隣接されたギルド職員専用居住区。防暑防寒そして防音と揃った2LDKの物件となっている。そして一般的にはギルド職員限定とされてはいるものの、ギルドポイントを5000万ポイントさえ貯めてしまえばAのような冒険者であっても住む事が可能となっているのだ。
もっとも、ダンジョンにほぼ隣接しているような、ダンジョン探索と日常生活を切り替えることが難しい、というよりほぼ不可能な場所に住むような好き者は早々いない。
そしてそんな好き者の一人、Aもまたギルド職員専用居住区に住を借りている数少ない物好きの一人であった。
ベッドとPCと冒険用の道具一式以外は置いていなかった倉庫のような部屋から、ウルタール好みの黒を基調としたシックな家具に塗り替えられてしまっていた。
「さて、どうしよっか」
「解決策は無いのか?」
「今のところ無いかなぁ」
人を駄目にするクッションに体を沈ませ、チチェロの腕をもふもふと触りながら、白い無地のシャツに短パンというラフな格好のAは、スタンピードをどう解決すべきか思案していた。
自身の戦闘スタイルでは決して解決できない。ある程度の数の魔物ならばともかく、魔物の津波とも表現できるほどの数を相手するのは実際に試してみて不可能であった。
「チチェロ、あれ全部殺しきれそう?」
「無理だ。十や二十ならともかくあのような数は想定されて作られていない」
「そっかあ」
「同じくウルタールにも不可能だろう」
Aの膝の上でAを見上げながら、チチェロは不可能と断言した。
『魔女の一撃』のリーダー、クロコの言っていたのと同じ結論。に海の波を割るようなもの。奇跡でも起きない限り不可能だ。
つまりはどん詰まり、どうしようもない。幸い探索できないといっても中度程度の深さ。浅い階層でも十分金には困らないのだが、階層攻略はAのやる気生きがいに繋がる者。こんなところで足止めされている場合じゃない。
「Aー、チーチェーロー」
クッションを背に二人して悩んでいると、Aの頭に豊満な胸を乗せたウルタールが体重を乗せてきた。
そのまま流れるようにAの背中に体重を預け、チチェロの腕に手を伸ばす。
ウルタールもまた白い無地のシャツにホットパンツという恰好。シンプルながらに豊満な胸と大きな尻が、とてつもなく官能的な雰囲気を出していた。
「あの三人と話し合って駄目だったんだもの、すぐに解決策が見つかる、なんてものでもないわ」
チチェロのチーターやライオンのような腕の感触を堪能しながら、Aにそう諭す。
死んで覚えるAの探索スタイルでは、十三階層という何度も生き返って挑戦するには深すぎる階層とは相性が悪い。何度も死んで覚える、を行う前に道中で死んでしまっては意味が無い。その意味のない死を繰り返す確率が高い。
つまりは、潜れば潜るだけAの探索方法は不利になっていくのだ。
「一気にワープできる魔法とかあったらいいんだけどねぇ」
「しばらくは出来ないんじゃないかしら? Aのお陰で色々研究が進んだって話は聞いたけれども」
「でも十年以上かかるんでしょ~? もう少しペース早めてほしいんだけどなあ……死んだって生き返るんだから安全なんて気にせずに」
「死ぬのを普通に受け入れられるのはAくらいなものよ?」
「……腕を揉みながら話し合うのはやめてほしいのだけど」
腕をもふもふしながら話し合う二人に、チチェロは思わずクレームを入れた。
ただでさえ少し座り心地が悪くなっているのだ。その上で腕をもふられては、ゆっくりとリラックスもできない。
立ちっぱなしも疲れてきたのか、クッションを乗り越え、Aを両足で挟み込むようにして座るウルタール。
そのままチチェロの腕をもむ作業を再開させる。
「いつも働きっぱなしなんだから、たまには休んでもいいんじゃないかしら? というか、今年に入って休んだのって何日くらい?」
「いやー……でも死んだ時とか一日くらい休んでるよ?」
「……ダンジョン探索の準備をするのは休むにカウントしないわよ?」
「……んじゃ無いね。冒険者になってから一度も」
Aの返答に、ウルタールはため息を吐いた。
ウルタールがAの配信、存在を知った時には既に毎日ライブを開催している異常者といった空気があった。が、実際のところはウルタールが知る前からそうだったようだ。
だがまさか、冒険者になってから一度も休んだことが無いとは思わなかった。そりゃ深紅の剣も追い出されてしまうというものだ。
「しばらくは溜まっていた休日を消化するもの、だと思ってのんびりしてもいいと思うわよ……ねーチチェロー」
「お前が休みたいだけではないのか……? とはいえ、ここしばらくは探索する箇所の変化が続いた。少しは休憩した方が良いと思う」
「そういうもんかなー」
「そういうもんよー」
チチェロの腕からAの腕に手をすべらせながら、Aの言葉を同じように返すウルタール。
確かにAも、冒険者としての数年間を振り返ってみると、ダンジョン探索を休んでいる日が全く無いことに気付いた。たまには休むのもいいかな、等と思いながらも、やはり心の中にダンジョンの奥へ奥へと潜りたいという欲求を隠せないでいる。
「……そうだね。んじゃちょっとばかし、休憩期間としようかな」
ウルタールに抱きしめられているAは顔を見上げ、チチェロの腕から手を離し、ウルタールの顔を撫でた。
白い皮膚、若いつやのある肌。シルクのような頬を指でなぞり、ウルタールの髪へと指を這わせる。
そのまま顔を近づけようとしたところで、Aのスマホからピリリ、と音が鳴り、ウルタールが不機嫌な顔になった。
「ちょっと待ってねー。……おっ、マコトからメールだ」
「折角いいところだったのに……」
「……不満があるからって尻尾を弄ぶな」
不満げにチチェロの尻尾を指でつつくウルタール。指先に変えってくる弾力は心地いいが、内部にはドラゴンの鱗も容易に切断できる刃が内臓されている。弄ばれているチチェロとしては気が気ではない。
Aの頭に胸を置き、チチェロの尻尾を指でつつきながら、Aがメールを読み終わるのを待つウルタール。
やがてすべてを読み終えたAは、満面の笑みを浮かべた。
「……突破できるかもしれない策を思いついたんだってさ、チカちゃんが」
「チカちゃん?」
「ちゃん付けされるような男じゃないわよね……はあ、仕事かあ」
ダンジョン探索を再開できるめどが立ってしまった。Aからしたらとてつもない朗報ではあるのだろうが、ウルタールからしたら悲報もいいところだ。
貯金もある。投資もやっている。金には困らない。のだから、もう少しAとチチェロとの三人の時間があってもいいのではないか、と不満を抱く。
「まあ、その策の準備にあと三日は必要みたいだから……しばらくは休みかな?」
「……そうか」
「……やったぁー!!」
Aの報告に、ウルタールは思わずAとチチェロを一気に抱きしめた。




