第2話:朝山ミクのその後
突如として世界中に現れたダンジョン。強大な魔物、人に害を及ぼす害獣。そして、ダンジョン内の魔獣や植物によってもたらされる莫大な利益。
当初は国が管轄・管理し、自衛隊といった国に仕える、保証のある人間のみが探索を許されていたのだけれど……今や世界中が、ダンジョンから漏れ出る魔力によってダンジョンと化しており、熊や猪程度の脅威の魔獣がそこら中にリポップするようになった。その結果国はダンジョンの管理を民間に譲歩、それによって私達みたいな民間人でも、資格と配信環境さえ整えればダンジョンに潜り、一獲千金を夢見ることができるようになった。
この私、朝山ミクもまた、その一攫千金に夢見た一人だった。
……お金が必要だった。現代の医学では決して治ることのない難病に侵された、パパとママを助ける為には。
そして三層の外れ道、森の奥深くに、どんな病も消し去るという薬草が自生しているとネットの情報で知った。
半信半疑だったけれども、それでも行かない訳にはいかなかった。パパとママが治るのなら、一縷の望みにも賭けなければならなかったから。
でもその結果、私は緑色の熊、深緑の獣王に殺されたのだから良い笑い話だ。
……そう、私は殺されたはずだった。
「っはあ、はあっ……えっ、生きて……?」
目が覚めると私は、手術着のような薄い服一枚で硬いベッドの上にいた。
傍にはギルドお抱えの蘇生師さんが、終わったとばかりに呑気に伸びをしている。
「目が覚めましたか。無事蘇生は完了いたしました」
「あっはい、ありがとうございます。……えっ、でも私、道から外れて死んでたのに、誰が……」
あんなところで死んだのに、私の死体を見つけて、あまつさえギルドへ持ち帰ってくるなんてこと、普通はあり得ない。それも、深緑の獣王の縄張りで──あっ、そうだ、私あの時、あの熊の爪で、死んで。仲間もみんな死んで、殺されて……
飛び出た内臓零れないように抑えて、そしたら熊に頭を踏みつけられて……あっ、ああっ。ああああああああああ!!!!
「おぐっ、えっ」
「……あー、これは」
喉の奥からこみあげて来る異物を抑え込もうとしたけど、抵抗虚しく吐き出してしまった。
蘇生後の胃袋の中には何も残っていなかったから、口から出てきたのは胃液だけ。吐くものは無いというのに、吐き気が止まらず胃液がこみ上げられ続ける。
「大丈夫ですか、朝山さん」
「ひっ、いや……やめてっ!!」
職員さんが私の背中に触れようとしてきた。私は咄嗟にそれを手ではじく。
逃げなきゃ。とにかくどこかへ。逃げなきゃ。蘇生台から転げ落ちて、全身を強く打つ。痛い。でも殺されるよりはマシ。逃げなきゃ、とにかく逃げ──
「落ち着いてください朝山さん! ここはギルドの蘇生室です!! 貴女を傷つける敵はいませんよ!!」
「えっ、あえっ、本当……?」
「本当です。……私はここから近づきません。ここからお話いたします」
そう言ってギルドの職員さんは、蘇生台の向こう側を境界線に立って、私に状況を話し始めた。
私のチームは全滅したということ。生き返ったのは私だけということ。『A』という名前で活動している冒険者が、鬼還の腕輪をつけて私をここに戻してくれたこと。
……蘇生代で装備も、貯めていたお金もギルドポイントも、全部吹き飛んだこと。
「……そっか。失敗しちゃったんだ、私」
そうだ。まだ実力不足だっていうのに道を外れて、私は病消し草を採取しに行こうとして、そしてあの熊に殺されたんだ。
泣く資格なんてないのに、涙が止まらない。パパとママを見殺しにするしかないって、現実を突き付けられたのに。私の身勝手な欲望の為に、チーム全員を殺したっていうのに。
「ごめん、なさい、ごめんなさい。ごめんなさい! パパ! ママ! 足立さん……方理さん……わたっ、私が……私がっ……!!」
「未帰還になることも覚悟で皆、ダンジョンに潜っているのです。あまり自分を責めないでください」
「でもっ、でもぉ……!!」
泣いたって戻ってこない。泣いたってパパとママが治る訳じゃない。私が私を責めたところで、何かが覆る訳でもない。
ただ、現実がそこにあるだけ。そう分かっているのに。私は、私を慰める事を止められない。
「……足立カオル、方理ミカはギルドの方で救助依頼を出しております。ご両親は……確か、異常性魔力過剰反応による昏睡、でしたか。助かる見込みはあります」
「どうやっ、どうやって助かるって言うんですか!? 病消し草はにっ、買おうとしたら、一人分でも四千万はかかる物じゃないですか!! 私みたいな人間は、あの時……あれを採りに行くのが、最後のチャンスだったんですよ!!」
「いえ、三層のを採取してもご両親は助かりませんでした。あの深さのものでは、そこまでの効果はありませんから」
その言葉に、私の目の前は真っ暗になった。立ち上がる気力すら潰えた。
信じられなかった。でもギルド職員が嘘を言うとも思えなかった。……そっか、私、無駄足踏んだんだ。無駄足の為に、みんな殺したんだ。
そんな現実を突き付けてきたギルド職員は、代わりとばかりにスマートフォンを蘇生台の上に置いた。
「ご両親に関しては、まだ助かる道はあります。依頼を出して、採って来てもらえばいいんですよ」
「……どうやって助かるっていうんですか。私にはもう、お金なんて……依頼を出すようなお金すら無いんですから」
蘇生費はかなり高額だ。蘇生保険には入ってこそいるものの、それでも私が貯めた貯金なんか簡単に全部飛んじゃうくらい高額になる。お金が足りなくても借金という形で生き返らせてくれはするけども……依頼を出す費用まで助けてくれるような制度は無い筈。
「依頼補助制度というものがあります。依頼料の足りない冒険者の為に、依頼料をギルドが代理で支払うという制度があります。ありていに言ってしまえば借金制度ですね。我がギルドに職員として入社してもらわなければなりませんが、今の朝山様のように無一文な状態でも生活に支障は出させません」
「そっ、そんな制度が……」
「もちろん審査は厳しいですが、朝山様の場合すべての条件をクリアしております。問題なく、採取依頼を送ることができますよ」
職員さんの言葉に、私は立ち上がった。
ギルド職員さんの言葉は聞いたことのない制度。そして、今の私にとっては地獄に舞い降りた蜘蛛の糸のような、救いに見えた。
チームメイトを犠牲にした私が取っていいものではない。でも、だからといって……両親を見殺しにするくらいなら、私はこの手を取りたい。
胃液で汚れた足をひきずりながら、私はギルド職員さんの手を取った。




