第15話:迷宮産まれの常識人、迷宮潜りの非常識人
かくして、今までソロ冒険者としてやってきたAであったが、数百万円という貯金を切り崩し、おまけに購入していた株も少しではあるが売り払い、パーティーメンバーを一人ゲットできた。
そしてこの目の前でご飯を食べている、明らかに人間ではない風貌の少年……No.O-1B492Dは、Aの奢りで冒険者ギルド食堂の特性ステーキを食べている。
そしておまけにAの隣に座る白衣を着た痩せぎすの男、迷宮考察研究所職員。Aはすっかり個人のアカウントだと思っていたが、どうやらしっかりと公式のアカウントだったようだ。
明らかにおかしい組み合わせ。どうしてこうなったんだろう……齧ったゆで卵に塩コショウを振りかけながら、Aは疑問に思った。
「……何故、我々に君の言葉が伝わるのか」
「魔力の波長? で調整してるって研究の人が言ってた。言葉が分かるものを取り入れるのが、我々の使命だって」
「なるほど、なるほど……」
先ほどから興味のあること、疑問のあることを投げかけるたびに、No.O-1B492Dは律義に食べる口を止め、分かる範囲だけではあるが、ものを飲み込んでから答えてくれる。
迷宮考察研究所職員はNo.O-1B492Dがもたらした情報を逐一メモに書き、そしてNo.O-1B492Dは答え終えるとドラゴンのステーキをナイフで小さく切って、口の中に運ぶ。これを延々と繰り返している。
何がそんなに興味を引かれるのだろうか、と疑問に思いながらAは蒸し焼きにされた鶏肉をフォークでほぐし、レタスで巻いて食べる。
Aがただの鶏肉を食べるたびに、No.O-1B492Dが怪訝そうな顔をする。
「……こんな美味しく味付けされた料理があるのに、なんでそんな塩と胡椒だけしかかかってない肉を食べてるんだ?」
「一応これも迷宮産の魔物の肉だよ?」
「味付けの話だ味付けの。その食事、およそ人間らしいとは言えないと思うぞ」
理解できん、とAの食事に呆れられる。Aの隣に座っている迷宮考察研究所職員もNo.O-1B492Dと同意見なのか、メモを取るのをやめ頷いていた。
「迷宮探索する分にはこれで十分なの。えーっと、ナンバー……」
「O-1B492D」
「……君たちの会話を聞いていて思ったことがあるんだが」
迷宮考察研究所職員は不意にメモを取る手を止め、Aに向き直る。
Aも一端食事をする手を止め、首を傾げた。はて、何か言われるようなことを言っただろうか、と。
職員は呆れたようにため息を吐いて口を開いた。
「いつまでも識別番号で呼ぶのも不便だろう、名前くらいつけてやったらどうだ?」
職員の言葉になるほど、とAは頷く。
確かに、いつまでもNo.O-1B492Dという長ったらしい名前で呼ぶのは不便極まる。特に戦闘時なんかは、名前を思い出すので一瞬判断が遅れ、死につながりかねん。いくら軽いとはいえ、死は避けるべき代物だ。何より金が飛ぶ。
No.O-1B492Dも尻尾を振って、Aの言葉を待っていた。
Aに名付けられるのには不満は無いようだ。むしろ新たな名前が付けてもらえる、というのにドキドキワクワクとしている。
「……別の名前つけられてもいいのか?」
「構わない。識別番号よりそっちのがいい」
なんでも構わない、といった感じの言い分ではあるがどのような名前がつけられるかと期待でいっぱいの目で見つめて来る。非常にプレッシャーだ。
隣の迷宮考察研究所職員は面白そうにニヤニヤと笑っていた。
「……チチェロ、とか?」
昔見たアニメの、猫の名前。
別に猫に似ているという訳でもない、むしろ性格としては犬が近いだろうか。だがなんとなくで思い浮かんだ名前がそれであった。
「チチェロ……うん、チチェロ、気に入った」
「……まあ、君がそれでいいのならいいんだけど」
Aがなんとなしに呟いた名前を気に入ったのか、何度か名前を呟くNo.O-1B492D改めチチェロ。
何か言いたげになりながらも、その言葉をゼリー飲料と共に飲み込む迷宮考察研究所職員。
しばらく沈黙が続く。先に食べ終えた職員が手持ち無沙汰になったのか、先ほどまでチチェロから聞いていた情報を清書している。
「……そういえば、チチェロ。その尻尾なんだけど」
「ん? どうかしたか、えっと……」
「Aだよ、A。覚えやすいでしょ? ……と、まあそれはともかく、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
Aのお願いに、チチェロは何事か分からないがとりあえず頷いた。
迷宮考察研究所職員が質問をしている間ずっと退屈そうにA定食(サラダチキン・ゆで卵・サラダに雑穀米というシンプルすぎる定食)を食べていたので、ダンジョンから助け出されたこの身に興味が無いとばかり思っていた。故に、お願いをされるとは思ってもおらず、どういったことをお願いされるのか少し期待が高まっていた。
それに、命の恩人の願いを聞いて少しでも恩返しをしたい、という気持ちがチチェロは強かった。
「その尻尾……触らせてくれる?」
「……構わないけど」
まさかのお願いにチチェロは少し茫然としながらも頷いた。
少し困惑しながらもチチェロは、尻尾をテーブルの下からAの席まで伸ばす。
Aは他所の犬を撫でる時のように少しだけ遠慮がちに、チチェロが伸ばしてくれた尻尾に触れる。
ぷにっ、と指でつついてみる。まるで大福のような感触が返ってきた。
「おお……」
「こういうの好きだったんですね、Aさん」
「僕も人並みに可愛いものとか好きだからね。この尻尾、ぷにぷにしてて可愛いし」
「……可愛い、か?」
Aの評価にチチェロは少し困惑する。
確かに怖い、という見た目ではないが……少なくとも可愛い、という評価を受けるような代物ではない、とチチェロは思った。
だがそのような思いとは裏腹に、目を子供の様に輝かせたAはチチェロの尻尾を触り続ける。
最初は遠慮がちだったのに、いつの間にかクッションでも触る様に、猫の肉球を触る様に、指でぷにぷにと圧迫させ始めた。
「あのっ、あまり圧迫はしないで……」
「いいねぇこれ、抱っこして寝たいなあ」
「……聞いてませんねこれは」
普段の、ダンジョンで冷酷無慈悲な判断を下している者とは思えない笑顔で、ぷにぷにと尻尾を触り続けるA。
そして先ほどまで困惑顔だったのに、いつの間にか顔を真っ赤にしはじめたチチェロ。
ぷにぷにぷにぷに、チチェロの尻尾を触り続けるA。やがて限界に達したのか、絞り出すようにチチェロが言う。
「あっ、駄目……出ちゃう……!!」
「えっ、出ちゃうって何が──」
職員が尋ね終える前に、楕円形の尻尾からスライドするように純白の刃が飛び出した。
Aの両手首が宙を舞い、職員の食べ終えたラーメンの器にぼちゃんと入る。
Aの血液をまとって赤く染まった白い刃、両手が無くなったA。白衣が血しぶきで台無しになった職員。しばらく沈黙が続く。
「あー……ごめん?」
「……だから言ったのに」
泣きそうな顔でAを責めるチチェロの視線に居心地悪そうに謝るA。
確かに悪いのは触り続けたAではあるがその反応は違うくない? と迷宮考察研究所職員はラーメンの器からAの手首を引っ張り上げながら思った。




