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『人気アイドル雀士』  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
『人気アイドル雀士 ―交錯する夢と牌の道―』
8/35

特別編『人気アイドル雀士 ―二つの道と、一つの名前と―』



――GRT48本部ビル、控室。


壁にかかった時計の針が22時を指す頃。

メイクを落とし、トレーナー姿に戻った安川知恵は、鏡の前で深く息を吐いた。


「今日も、半分だけだったな……」


“半分だけ”――それは、ステージの半分にしか集中できない自分への皮肉。

もう一つの心は、どうしても“牌”の上にあった。


「知恵ちゃーん、夜ごはん一緒に食べようって!みんな集まってるよー!」


扉の向こうから明るく声をかけてきたのは、同期の高橋美波。

その後ろからひょこっと顔を出したのは、“餃子娘”こと十松絵梨花だった。


「ねえ知恵、また今日もソロの練習してたでしょ?プロ試験の前だからって無理しすぎじゃない?」


「……無理してるつもりはないけど、でも麻雀も本気でやってるから」


そう答えた知恵の声には、確固たる意志がにじんでいた。

だが、それを心から理解してくれるメンバーは、当時多くはなかった。


その日、ファンサイトにはこんなコメントが並んでいた。


「あの子、最近ステージの熱量が薄くない?」

「GRT48でプロ雀士って……片手間にアイドルやられても困る」

「総選挙ランク外は妥当。票を舐めるなって感じ」


知恵のスマートフォンに届く通知。

それを見た後、そっと画面を伏せた。


握った拳が、少しだけ震えていた。


(わかってる。中途半端って言われるのは、私の責任だ……でも)


それでも、牌の音が心に響くのだ。

誰かのためではなく、自分が信じる道で、勝負がしたい。

“アイドルであること”と“雀士であること”は、二つの道ではない。

どちらも“自分の名前”で闘う、同じ一つの人生だ。


そんなある日。

ステージ袖で知恵は、一人の女性と目が合った。


――山本彩香さやか


グループの象徴、“伝説の0(ゼロ)”。

センターとして、女優として、誰もが一度は追いかけた背中。


「知恵ちゃん、ちょっといい?」


控室でふたりきりになったとき、彩香は柔らかな声で話し始めた。


「あなた、いま、すごく大事な時期なんだと思う。自分を信じたくても、誰にも信じてもらえないって、すごく苦しいよね。でも……」


静かに知恵の手を取って、そっと重ねた。


「“迷いながらでも立ち続ける人”は、ステージでも卓でも、一番強いの。

大丈夫。あなたが選んだ道は、ちゃんと誰かを照らしてるよ。

だから、“人気アイドル雀士”って呼ばれるその名前、胸張っていいのよ」


一瞬、泣きそうになった。


「……ありがとうございます、彩香さん」


「ふふ、それにね。私は知ってるよ。あなた、どっちの道でも勝てる子だって」


笑うと、彩香は控えめにお腹をさすった。


「今ね……私、赤ちゃんがいるの。まだ誰にも言ってないけど。

ステージにも、ドラマにも、しばらく出られない。でも、私は今、すごく幸せ」


「……え?」


「だからね、知恵ちゃん。『自分にしかできないこと』を大事にしなさい。

“勝負”はステージでも卓でも同じ。最後に笑った人が、勝ちなんだから」


それからの日々――


知恵は変わった。

ファンの前では、しっかりとパフォーマンス。

卓上では、冷静で鋭い打牌。

そして総選挙では――前年ランク外から一気に14位まで躍進。


MCでのスピーチは短く、でも力強かった。


「アイドルと雀士、どっちも全力でやってきました。

どっちも本気じゃなきゃ、どっちも傷つけると思ったからです。

私は、両方やってよかったって、いま胸を張って言えます」


その言葉に、客席の最前列。

涙を拭いながら拍手していたのは――彩香だった。


そして現在。


妹・理恵のマネージャーとして、再び芸能の現場に立つ知恵。

プロ雀士としても、A級リーグでの実績を積み重ねる日々。


あの時の批判も、苦しさも、全てが今の“知恵”を作ったのだ。


鏡の前でリップを引きながら、彼女はつぶやいた。


「麻雀も、アイドルも――私の名前なんだよね。安川知恵っていう、“名前”そのものが」


今夜もまた、牌の音が静かに響く。

そして、次の世代の“誰か”のために、彼女はまた卓に立ち、ステージに立つのだ。


その背中に、“迷い”はもうなかった――。


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