第5話「告発と、隠された一局」
「――この件、正式に告発します。
この奨励杯は、“不正操作された卓”で行われている可能性があります」
坂上瑠衣が提出したのは、不正配牌の疑いを示す解析データ。
USBメモリに残されていた記録には、
対局前に毎回リセットされるはずのランダム配牌アルゴリズムの「固定化ログ」が含まれていた。
「観戦者用カメラの動きも不自然です。特定選手の“手元”だけ映さないように操作されていた痕跡があります」
運営側の空気が一瞬で変わる。
「……誰がやったのか、まだ確証は?」
「そこまではまだ。でも――この不正は、“誰かに都合の良い勝者”を作るためのものだってことだけは明らかです」
会議室の空気は重く、沈黙が流れた。
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一方その頃、対局室では最終局面が迫っていた。
知恵は勝ち筋を見つけても、あえてスルーする選択を重ねていた。
そしてそれを誰よりも近くで見ていたのは――守屋一真。
彼はかつて、知恵の父・安川誠二に憧れてこの世界に入った。
元プロ雀士、そして奨励会の指導者でもあった知恵の父。
だが彼は数年前、ある“対局中の不正疑惑”で連盟を追われた過去を持つ。
「安川誠二の娘が、今さら戻ってきて、何をしようってんだ」
そう言われるたびに、知恵は耐えてきた。
だが彼女は“父の名誉”を晴らすためではなく、
“妹と、自分のため”に、再び卓に戻ったのだ。
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――南三局。
知恵の手は、偶然では説明できない“待ち”へと導かれていた。
そしてその手を読むように、守屋が静かに打った牌が――
「……ロン。4800」
静かに和了を告げる知恵。
この一局だけは、あえて“勝ち”を取った。
(ここで私が勝って見せなきゃ、“真実”も、“証拠”も霞んでしまう)
彼女の目は鋭く、だがどこか悲しげだった。
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数時間後。
結果発表を前に、運営から異例の通達が出た。
「本大会の一部対局において、機材不備および第三者による不正操作の疑いが発覚しました。よって、一部成績は無効とし、再戦の検討に入ります」
その発表を聞いた知恵は、隣の坂上と小さく目を合わせる。
「……まだ始まったばかりだね」
「ええ。でも、これで“牌は公平”になる」
一方で、守屋一真は控室の片隅でひとり佇んでいた。
手には、知恵が捨てた“あの危険牌”――
「挑戦してこい」という意思を込めた、彼女からのメッセージだった。
(もう黙っている理由はない。俺も――戦う)
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だがその矢先、運営本部に一本の匿名通報が届いた。
『不正操作を指示していたのは、奨励会幹部の◯◯。証拠は映像ログにある』
事態は、静かに、しかし確実に動き出していた。
そしてその裏で――
知恵の父・安川誠二が、数年ぶりに東京へと戻ってくる。