第4話「操られた卓、交錯する意思」
――東三局。
安川知恵の親番が終わり、点数はじわじわと下がっていた。
あえて手牌を崩し、勝ち筋を捨てた知恵の意図は、会場の誰もが読み取れなかった。
ただ一人を除いては。
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「……わざと、負けてるな。アイツ」
観覧ブースの片隅で、坂上瑠衣は小声でつぶやく。
隣にいた連盟スタッフが不思議そうに訊く。
「え? あの人、元アイドルの……」
「そう。でも今は違う。あの人は今、“勝ち”じゃなくて“真相”を見に来てるの」
坂上はメモ帳を開き、今日の全対局の配牌パターンとツモ順を記録していた。
「偏りがありすぎるのよ。これ、卓が“操作されてる”可能性がある」
彼女は対局会場の設備設計図を取り出し、注釈を加えた。
「問題は、誰が仕組んでるか。知恵は――それに気づいたうえで、自分の打ち筋で“罠”を張ってる」
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一方その頃、対局室。
守屋一真は、知恵の捨て牌の流れに微かな違和感を抱いていた。
(……妙だ。あの知恵が、鳴かない。手を作らない。まるで、俺を見てるように)
だが、一真はすでに“関わること”の危険性を知っていた。
数週間前――連盟の上層部に呼ばれた彼は、ある人物から忠告を受けていたのだ。
「もしも異常に気づいても、動くな。言えば終わる。お前の地位も、道も――全部だ」
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局の合間。
知恵は、ほんの一瞬、卓の左上に視線を向けた。
そこには、運営スタッフが置いた小型端末と見慣れぬUSB機器が――
(あれが……データ操作装置?)
知恵の心に、1つの仮説が浮かぶ。
「対局ごとに牌の順番を記憶・操作できる卓……それを遠隔操作できる機器があるとしたら?」
“偶然”ではなく“意図”が配牌を決めているとすれば――この奨励杯そのものが、公平な勝負ではなくなってしまう。
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東四局。
親は守屋。
彼の配牌も、やはり整っていた。
(……これが操作なら、一真も気づいてる。気づいたうえで、黙ってる?)
知恵は意を決し、**ある“危険な一手”**を打った。
通常なら絶対に通らない危険牌――それを、あえて守屋のリーチ直後に捨てた。
――が、その瞬間、守屋は何も言わなかった。
“ロン”の声はなかった。
静まり返る卓上。
だが、知恵は確信する。
(……やっぱり。彼は、“私の意図”を理解したうえで、見逃した)
それは無言の“意思表示”だった。
――「お前の探している真実に、俺も気づいてる」と。
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休憩時間。
坂上瑠衣は、スタッフの中に紛れていた1人の若い男を追って、バックヤードへと向かう。
「――すみません。あなた、機材管理の“副委託業者”の方ですよね?」
「……な、なんのことでしょう」
「あなたの使ってたUSB、もう回収済みです。中身、解析させてもらうわ」
その瞬間、男の顔が青ざめる。
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麻雀は、静かな戦場だ。
だがその裏では、冷たい策略と情報戦が渦巻いていた。
知恵の勝負は、点数や順位を争うだけではない。
“守るべき人の信頼”と、“正義の重さ”をかけた一局が始まっている――。