第1話「理恵、ステージに立つ。そして――」
その日、会場の空気は、少しだけいつもと違っていた。
GRT48春のスペシャルイベント――
渋谷の大型ホールには、ファンたちの熱気が渦巻き、照明の下で次々とパフォーマンスが繰り広げられていく。
そのステージに立っていたのは、チームA所属の安川理恵、19歳。
笑顔を絶やさず、ダンスの動きはしなやかで軽やか。センターではないが、ひときわ目を引く存在感を放っていた。
だが――その姿を、最も静かに、そして誇らしげに見つめていた人物がいた。
ステージ裏、マネージャー専用席。
そこに立つのは姉の安川知恵。
GRT48の元3期生にして、現在はプロ雀士。理恵のマネージャーを務めて2年になる。
「……あの子、成長したなぁ」
ポツリと呟いた声に、イベント責任者の男性が振り返った。
「安川さん――いや、知恵さん。ステージ、懐かしいですか?」
「まあ、そりゃあね。…でも、今は妹のほうが主役だから」
そう言いながらも、知恵の視線はどこか遠くを見つめていた。
ステージの上の理恵は、かつての自分を思い出させる。
誰かに憧れられ、誰かのために歌い、そして夢を信じる――そんな時間。
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イベント後半、サプライズ企画として、ファン参加型の麻雀ステージが始まった。
卓上にはGRTメンバーの選抜4人が並び、実況と解説を交えてゲームが進行する。
しかし突然、スタッフが慌てたように舞台袖へと走る。
「理恵ちゃんが……指をケガしたって!」
「えっ……」
騒然とする関係者の中で、真っ先に立ち上がったのは知恵だった。
「私が代わる。元アイドルで、プロ雀士って紹介すれば、流れは止められない」
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数分後、照明が再び落ち、アナウンスが流れる。
「急遽、スペシャルゲストとして登場していただきます――
元GRT48のメンバーであり、現在はプロ雀士としても活躍中。
**“人気アイドル雀士”こと、安川知恵さんです!」」
――歓声とどよめき。
そして、懐かしいような、でも新しいような拍手。
「皆さん、お久しぶりです。今日は、妹の代理という形ですが……一局、真剣勝負させていただきます」
マイクを通して届けられる、澄んだ声。
スポットライトの中、再び卓に向かう彼女の姿は――
かつての“アイドル”でも、“ただのマネージャー”でもなかった。
それは、これから始まる新たな物語の第一歩だった。