第0話「姉妹と、麻雀牌と、あの過去」
シーズン1スタートです。
部屋には、麻雀牌の乾いた音が響いていた。
夜の帳が下りた東京の片隅、築40年の小さなマンションの一室。
テーブルの上には、夕食の残りと、知恵がこしらえた鯖の味噌煮。
そして、その横に――電子麻雀卓。
「また……お姉ちゃんのツモ勝ち。ずるいってば」
「ずるいじゃなくて、読みが甘いのよ。まだまだだな、理恵」
姉の知恵が涼しい顔で言い放つと、妹の理恵は頬を膨らませて座布団に寝転がる。
この家は、ふたりの“秘密基地”だった。
両親は青森に住んでおり、今はプロを引退して静かな暮らし。
東京にいるのは、GRT48の現役アイドルとして活動する妹・理恵と、そのマネージャー兼姉・知恵のふたりだけ。
「ねえ、お姉ちゃん。やっぱりさ、もう一回ステージ……戻る気はないの?」
知恵はその言葉に、箸を止めた。
アイドルだった頃の記憶。
ステージに立ち、ファンの歓声を浴びていた日々。
でも、あの世界は華やかであると同時に、残酷だった。
「……戻る理由、あんまりないでしょ。今は理恵が輝いてるから」
「でも、お姉ちゃん……アイドル辞めた後も、麻雀ではずっとすごいんだよ?『人気アイドル雀士』って、今でも呼ばれてるし」
「“過去の呼び名”だよ」
静かに笑いながら、知恵は牌を片付け始めた。
だが、心の奥ではわかっていた。
麻雀卓の上では、まだ自分は負けていない。
どんな勝負でも、「大切な人を守る」ために戦える。
――それが、彼女の生き方だった。
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その夜。
部屋の窓から見える夜景を、姉妹は並んで眺めていた。
「……今度、GRTの新曲イベントがあるんだけどさ。ゲストに“アイドル経験者でプロ雀士”の人呼びたいって、運営が言ってて」
「……それ、私でしょ」
「うん。だから、ちょっと……もう一回だけ、ステージに立ってほしいな」
しばらく沈黙が続いたあと、知恵はひとことだけ答えた。
「……考えておく」
この夜、静かに刻まれた“新たな勝負”の始まり。
それは、彼女がもう一度“名前”を取り戻す物語の予感だった――。