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9 学年合同試験

 そわそわと皆浮足立っている。講堂に集められた2年生と4年生たちは、着席した後も興奮した様子でクラスメイトと会話を続けている。

 そんな生徒たちを満足そうに見渡して、白髪交じりの髪を後ろになでつけ、年季の入った杖をついた老人__我がアスピーダ王立魔法学園の学園長__はしわがれた声を張った。

「諸君」

 ざわついた大衆がにわかに静まる。

「本日行う学年合同訓練は、今年からのあらたな取り組みであるからして、不安に思う者もいるだろう。しかし、心配するでない!」


 心配というより、困惑しているんだと思うけど。メイリアは心の中でつっこむ。学園長の声は朗々と響く。 


「今回の訓練は普段関わることのない学年同士、交流を深めるのが趣旨での。試験日に組み込まれておるが、実際はテストというより文字通り訓練……いや、イベントとして楽しんでもらって構わんぞ!」

 校長の話を聞く教師陣の顔を見遣ると、満面の笑みの人もいれば、苦虫を嚙み潰したような人もいる。


 やっぱり思い付きだったか、と斜め前に友人と座っているオリオンが、ちらとメイリアとイロを振り返って目配せした。

 我らが学園長はこういうイベントごとが大好きなのだ。生徒たちはこっそりお祭り学長と呼んでいる。


「学園長」

 苦虫を嚙み潰したような顔代表、もとい試験担当教員が声をあげる。

「上級生は下級生に魔法の実践とは何たるかを教え導き、下級生は上級生の背を見て学ぶ、というのが趣旨だと伺っていますが?」

 深い青緑色の古い型のスーツの肩が、いら立ちを隠すことなく固く強ばっている。

「ふむ」

 印象的なミントグリーンの瞳が彼を興味深そうに見つめて、頷いた。

「いかにも、そのような目的があるとも、ペリドラン先生。生徒たちの大切な試験日に組み込んだのだから」

「ええ、そうでなくては困ります」

 大げさにため息を吐いた彼は、生徒たちに向き直った。


「訓練の概要を説明する前に、ペアの相手と合流をする必要がある」

 彼は骨ばった手を伸ばし、大きく左右に動かす。

「手紙を見なさい」

 皆一斉に手紙に視線を落とした。手元の手紙の、ペアの名前がブルーの文字から金色に変わり、微かに浮かび上がった。みるみるうちにその文字は蝶の姿になり、紙を完全に飛び出し、生徒たちの顔の前を舞う。


「第一試験だ。蝶を追い、各々の目的地に集合をせよ。最終的に目的地でふたりが落ちあえばよい。従って、ペアの相手とどの場所で合流は問わない。先に合流し共に目的地に向かうも、現地集合とするも、どちらでもよいが、目的地にて蝶を二人の手紙に捕まえることを以て、第一試験の合格とする」

 厳格な眼差しが生徒を一瞥する。

「制限時間は1時間。急げ」


 その声を最後に、みな慌てて立ち上がった。だだっ広い構内、2学年合わせて500名を超える生徒の中で、違う学年の、顔を知らない二人が出会うことはそう簡単ではないだろう。

 私は一方的に相手の顔を知ってはいる分、有利といえるかしら? メイリアは複雑な気持ちで立ち上がる。

「試験なのね、結局」

 イロが苦笑いして手紙を畳んだ。

「健闘を祈るわ」

 互いに手を振る。

 生徒たちは蝶を追って、講堂を飛び出した。



 金色の蝶は光の鱗粉を散らしながら、誘うように、踊るように目線の高さを舞っている。


 生徒たちは各々自分の蝶を追っていく。視界の端で先ほどからちょくちょくぶつかっている生徒が見える。

 メイリアも周囲に気を付けながら慎重に魔法の蝶を追いかけた。

 幸い蝶の動きは穏やかで、早足で追えば見失うこともない。


 講堂、実技棟を抜けて、蝶は校舎の外へ出た。ちらほら周囲にいた生徒の姿が徐々に少なくなっていく。


 蝶を追って10分は経っただろうか? 時間というより、ひとけの無さにやや不安になりかけたころ、学園のガーデン前のガゼボで蝶は進むのを止めた。

 メイリアの頭上をひらひら旋回して、蝶は留まっている。つまり、ここがゴールなのかな?

 ここで待っていればいいのかしら。というか、なんなんだこの試験。

 きょろきょろあたりを見渡すが、まだペアの相手は来ていないようだ。

 ガーデンの薔薇の蕾を眺めて、ため息を吐く。いっそ相手が来なければいいのに。

 

 ガゼボの柱の陰に隠れるように立つ。

 美しい光の蝶はメイリアのそんな気持ちなどいざ知らず、楽しそうに天井を飛び回っている。


 金の鱗粉は彼女の肩に積もる前に溶けるように消える。蝶へ手を伸ばすと、ひらりと舞い降り、ゆっくりと人差し指にとまった。

 この、金色。メイリアは、目を細めた。

 

 その時、風だけが訪れるガゼポに、ふいにエメラルドグリーンに輝く蝶が飛び込んできた。

 そう、魔法の蝶だ。

 はっとして蝶が現れた方向を振り返ると、一人の男子学生が立っていた。


「すみません、待たせましたね」

 夜闇の髪に、星のような金色の瞳。立ち姿は堂々としているが威圧感はない。学園指定の無個性な制服が、まるで彼のためにデザインしたように上等に見える。

 名乗られずとも一目で分かった。

 レヴィン・ロワイホースだ。

 対面して改めてその存在感に、息を呑む。


「レヴィン・ロワイホースです。以前、召喚術の授業で会ったかな」

「はい。メイリア・レフコールと申します。その……、よ、よろしくお願いします」

 にこりと人好きのする(というには美しすぎる)笑顔で差し伸べられた手を恐る恐る握る。貴族令嬢に握手を求めることはマナーとして一般的ではないが、緊張を和らげようとしてくれているのだろう。

 真っすぐな眼差しにたじたじになって視線があっちこっちに揺れてしまう。明らかに挙動不審な後輩に彼は苦笑一つ漏らすことない。


「無事合流できてよかった。レフコールさんは真っすぐここへ?」

「は、はい。蝶についてきただけですが……」

「そう……。見失わなかった?」

「は、はい」


 質問の意図が分からなかったが、素直に回答をする。

 何かまずいことを言っただろうか? しかし魔法の蝶は確かに、この場所へ真っ直ぐ、追うに困ることないスピードへ飛んできた。メイリアはそれにふらふらついてきただけだ。

「あの、なにか……?」

「いえ」


 ふわりと微笑み彼は「なにはともあれ」と手紙をジャケットの内ポケットから取り出した。

 「第一」試験とペリドラン先生は言っていた。

 メイリアたちは無事合流したから、第一試験は突破したと考えていいんだろうか。そして第一があるなら第二もあるはずだ。


 手に持っていた封筒から手紙を取り出す。するとガゼボの天井を舞っていた二匹の蝶が、くるくると回りながら降りてきた。そしてそれぞれの手紙へ飛び込む。瞬く間に白い便箋にエメラルドグリーンの文字が浮かび上がる。レヴィンの方は金色の文字が浮かんでいる。

「次の試験の内容でしょうか」

「そのようですね。ペアが合流して手紙を開くことが条件だったみたいだ」 

 

 偏光するエメラルドグリーンの文字をじっと目で追う。

 

【第二試験は学園校舎内に隠された『アリエスの光珠』を見つけ出すことである。

 そしてその部屋で次の試験まで待機せよ。】

 

 端的な文章だが、見逃せないワードがあった。

 思わずレヴィンの顔を見上げると、自然と目が合う。


 顔を見合わせて、しばらく二人とも絶句していた。

 出会って5分、確かに二人の気持ちは一緒だった。

 あの学園長、何考えてるんだ!!!


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