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8 試験一日目

 そうして今朝に話は戻る。

 平穏な日常とは。

 手紙を読んだメイリアは遠い目をした。

 昨日のメイリアたちの様子からお分かりの通り、学年の違うペアとの合同試験があるなんて聞いてもいない。

 既知の召喚術にさえ慄いていた彼女は、心配の種が増えて調子を落としそうなものだったが、幸い生活魔法の試験は恙なく終わった。

 普段の鍛錬のたまものかな? そう思いたいな。メイリアは自分の試験の出来にそこそこ満足して、むしろ手紙のことはすっかり忘れてしまって、機嫌よく昼休みを迎えた。

 涼しい顔をしたイロは、メイリア以上にそつなく試験を終えたに違いない。


 テラスは普段より賑わっている。普段と違い全学年のタイムスケジュールが同じなので、食堂の混雑を避けた生徒がこちらのカフェに来ているようだ。

「ねえ、聞いた? 学園の秘密組織の話!」

「聞いた聞いた! 『運命の結び目』のこと、調査してるんでしょう?」


 カフェの席につき、食事を待っていたメイリアの耳に、他の生徒の会話が飛び込んでくる。どうやらオリオンが言っていた図書館の盗難事件が変に噂になっているようだ。

「秘密組織……」

 同じように話を聞いていたらしいイロが呟く。からかうような口調だ。彼女も眉唾だと思っているのだろう。

「小説みたいね」

 メイリアが苦笑する。

「何の話?」

「オリオン!」 

 風のようにメイリアたちのテーブルに合席したオリオンを交えて、三人の話題はもっぱら今朝初めて伝えられた合同訓練の話になった。そこでメイリアは手紙についてようやく思い出した。

 

「今朝まで連絡をしなかった意図はなにかしら?」

 イロが怪訝そうにつぶやく。

「学園長の思いつきだったから」

 メイリアはサンドイッチを飲み込んで答える。オリオンが目を閉じて腕を組む。

「あり得るな。あの方はこういう新策が大好きだから」

 三人全員の脳内に白髪交じりの好々爺が高笑いするイメージが浮かんだことだろう。

「イロが一番当たりを引いたね」

「明け透けすぎるけれど、そうかもしれないわ」

 イロは真顔で頷く。イロのペアは4年生の特級(一番手)クラスの秀才と有名な女学生だ。性格も穏やかそうで、二人は苦労せず上手くやれるだろう。

「試験の出来だけを考えるなら、メイリアも相手に不足なしかな?」

「不足どころか過分だわ」

 メイリアは手紙にあった名前を思い出す。


 召喚術で助けてもらったことを、形だけでもお礼する必要があったので、事前にメイリアは少し彼のことを調べた。

 レヴィン・ロワイホース。4年生特級クラスの次席。つまり学年次席の彼は、彼と同級生である王太子殿下の側近であり、王家の傍系となるロワイホース家の令息だ。

 現当主がどうなるのかとかいう詳しい事情は知らないが、ロワイホース家を18歳、今年の冠成人を以て継ぎ、彼は正式にロワイホース家当主となる予定らしい。

 将来の当主、かつ優秀で柔らかい物腰の輝くような美青年ともあって、その人気は学園で三本の指に入る。さらに彼は婚約者が今いないらしく、彼を狙う女子生徒の目はまさに肉食獣もかくやといった調子だ。

 

 こわ。そんな彼女たちの視線が一気に集まると思うと、いまから背筋が冷たい。せっかく婚約破棄の噂が下火になったと思ったのに、最悪のタイミングである。

 イロが労し気にメイリアの背に触れた。

「今日一日乗り切りましょう、メイ。いい? 出来るだけ彼と関わらないようにするのよ」

「一緒に試験受けるのに、関わらないのは無理なんじゃ……」

「……だから、出来るだけ物理的距離を取って、ポーカーフェイスで……」

「口調は冷たく、目を合わせず、言葉は淡々と最低限にな」


 オリオンが歌うように続ける。面白がってるな。イロはオリオンを睨み、メイリアの両手を握る。

「負の感情を抱かれるのも駄目よ。とにかく印象を薄くするの」

「印象を薄くするなら、彼のファンの振りをした方が良さそうだ」

 存外真面目な顔でオリオンが言う。一理ある。彼の周りで普段最も目にするタイプの人間だ。

「その方向性でいこうかな」

「オリオン? 余計な事言わないで。メイ、悪いこと言わないから__」

「過保護すぎるだろ、イロ? メイリアはこう見えて逞しいよ」

 こう見えて、は余計である。

「俺の心配もしてくれよ、ご令嬢たち」

 とんでもない悪女なんだから、と珍しくうんざりした様子を隠さないオリオンに、イロと顔を見合わせる。


 テーブルに投げ出されたオリオン宛の手紙には、フーリン・ウィンカの文字。

 そう。メイリアの元婚約者、テリスの”運命の相手”である。彼女は4年生の上級(二番手)クラスなのだ。オリオンはメイリアたちと同様、2年生の上級クラスなので、実力的には釣り合った組み合わせなのだが。


「そうね、ぜひ一矢報いてくださる?」

 イロがつんと言い投げると、オリオンは肩を竦めた。

「彼女はメイリアの仇だからな」


 にや、と悪い笑みだ。頼むから余計なことはしないでいただきたい。

「まあ俺は上手くやるから、メイリアも頑張れ」

 助言を忘れるな、と彼の軽く挙げた拳を見て、メイリアは項垂れながら首肯した。

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