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7 手紙と前夜②

 今日までのことを整理しておこう。


 誰が広めたのだろう、メイリアたちの婚約破棄の噂はしっかり学年中に流れて、メイリアは入学して初めて時の人になった。内容が不名誉すぎるけど。自分が弱小ながらも貴族という、それだけで注目される立場だということを思い出した一件だった。


 それからひと月ほどは居心地の悪い思いをした。

 クラスメイトは腫物に触れるような対応で、しばらくぎこちない程度だったが、酷いのが学園の校内通信会だった。学園のゴシップを含むニュースを発信する活動をする課外活動会なのだが、かなりしつこく婚約の経緯や解消に至るまでの話を掘り返され、メイリアの心境もあることないこと書き立てられ辟易した。イロも、いつもはからかうオリオンも、今回ばかりは厳しく抗議をしてくれて、ひと月経つ頃にはようやく落ち着いていた。


 とはいえ、それは否が応でも生徒たちの話題が他の行事に移ったからだ。

 学園で明日から始まる実技試験の話題である。

 メイリアたちの通う王立魔法学園では、年に一度魔法実技の大試験がある。その成績によって来年のクラス分けが決まり、成績不振の生徒は留年の可能性もあるので、生徒たちはかなり真剣に挑む。数か月前から試験に備えて準備を始めるのだ。


 そうして表面上は日常が戻ってきた。メイリアの心は穏やかとは言い難かったが、試験という嫌でも向き合わねばならない壁は、ぐだぐだと思い悩む時間を紛らわすにはうってつけだった。

 試験日までに、召喚術の授業で暴走した精霊に巻き込まれたり、フーリン一派から嫌味を言われたり、その関係でクラブ活動に行きにくくなったりしたが、割愛しよう。

 



 試験前日。メイリアとイロもほかの生徒の例にもれず、明日に備えて試験の最終調整を行っていた。試験前なこともあり、皆自室か、スペースがとれる練習室にいるようで、中庭の隅のベンチはひとけがない。

 イロがくるくると指を回し、水たまりに溜まった水を球状に浮かべる。水魔法の初級操作だ。

「浮かない顔ね、メイ。生活魔法は別に不安なことないでしょう?」

「まあ……」

 生活魔法、いわゆる自然魔法は、水・火・風・土魔法のことで、魔力の少ないものでも一般的に扱える基本的な魔法群だ。試験では主にそのコントロール力と威力、魔法の種類を見られるが、二人とも生活魔法は得意な方で、彼女たちのクラスが上から2番目なのもその科目の成績の影響が大きい。


「召喚術が心配なのよね」

「ああ、なるほど。確かに」

 イロは得心顔をする。

 召喚術は二年生以上が対象の特別試験だ。

 精霊と一定以上の水準で交信ができる魔法使いは、その者と親和性のある魔法属性に応じた精霊に力を借りて、動物の形をした準精霊を召喚することができる。ただし、召喚術は正しい手順を踏まないと危険があるので、基本的に学園管理下の試験でしか召喚術を行う機会はない。


「試行回数が少なすぎるわ。試験を受けるレベルにないと思うんだけど……」

 メイリアも例にもれず、二年生から始まった召喚術の授業で三度ほど試しただけだ。ちなみに一度目の授業では成功したが、そのあとの2回のうち1回は普通に失敗した。

 教官が言っていた、その日の調子に依存するというのは本当だったらしい。3回ともすべて成功しているのはクラスでも数人だった。イロは全部成功していたぽいけども。


「それは私も同意だけど……。まあ、召喚術の試験は失敗しても来年のクラス分けや成績には大きく反映されないだろうし、気にしなくても平気よ。元々召喚士の才を魔法院が発掘するために行われる試験だっていう噂だし」

「それ、本当なの?」

「でも実際、授業で一度も成功していない生徒も学年で結構いるわ。でも留年措置になった生徒は年に1~2人程度なんだし」

 確かに、メイリアたちの上級(二番手)クラスでも、召喚術が成功しなかった生徒はいた。

「…………でもそれって、失敗が成績に関係していない証拠にはならないわね? 留年にならないってだけじゃない?」

「あら、気が付いちゃった?」

 じとりとした目でイロを見ると、イロは頬に手を当て小首を傾げる。あざとい!

「じゃあメイにはやっぱり試験に合格してもらわなきゃね。来年も同じクラスがいいもの」

「…………」


 黙って水球を彼女が浮かべていたものにぶつける。パシャと音を立てて二つの球が下に落ち、しぶきが靴先に飛んできた。あはは、と珍しく声をあげてイロが笑った。夕焼けの茜が水溜まりに反射して横顔を照らす。イロのそんな様子を見ていると、ちまちま悩んでいたことが馬鹿らしくなる。つられて笑ってしまって、ベンチの背もたれに行儀悪く凭れた。


「はあ、考えるだけ無駄ね。覚えたことを活かして精一杯やるしかないわ。今から練習もできないんだし」

「そうそう」


 背もたれに体重をかけて、空を仰ぐ。

 昼の大雨が嘘のように綺麗に晴れ上がった空を、何か白いものが横切った。

「ん?」

「どうかした?」

「いや何か飛んできたような……」

 手のひらを上に掲げる。屋根より高い位置まで魔法で風を巻き上げると、白い紙を捉えた。 

 ひらひらと手元に落ちてきた紙を覗き込む。一緒に巻き込み、降ってきた木の葉を頭から払って、メイリアの手元を覗いたイロが声を上げる。


「あら、これ、私たちのクラスの課題じゃないかしら? 今日提出だった物」

「ほんとだ。どこから飛んできたんだろう」

 教員の部屋から? 中庭から見える窓を眺めるが、顔をのぞかせている人はいない。

「先生の部屋に持っていく? 課題未提出扱いになったら可哀想だし」

「そうしましょうか」

 課題の出題者のしかめっ面を思って、苦笑する。

 やれやれ。立ち上がると、パタパタ走る音が近づいてきた。


「あっ!」

 駆けてきた足音の主を見遣ると、メイリアたちを見て立ち尽くしている。

 黒い前髪の隙間から垣間見える瞳がメイリアの顔と手元を行き来する。クラスメイトのエノミタ・グレイスだ。

「メイリア、それ」

 彼の視線に、ああと手を打った。

「もしかして、この課題の回収担当ってエノミタ?」

「そうなんだ」

 彼が今日の提出係だったか。はい、と手渡すとほっとしたように受け取ってくれる。そんな彼の後ろから、ひょこと艶やかな白の丸い頭が表れた。その腕にはプリントの束を抱えている。

「あ、リーズ」

 白髪の青年、同じくクラスメイトのリーズ・トレイルの登場に気づいたエノミタは彼に駆け寄った。

「ありがとう、助かったよ」

「いいえ~」

 ちょいと頭を下げたエノミタに続いて、リーズもぺこりと会釈する。そうして、ふたりは連れだって去っていった。


 残されたのは一瞬の静寂。甲高い鳥の鳴き声をきっかけに、ベンチに座ったまま、一部始終を静観していたイロがスカートを払って立ち上がった。

「解決ね」

「みたいね……?」

 立ち上がったイロは、二人が立ち去った方向を眺めている。

「ねえ、メイ。結構あの二人と一緒になるわよね? 星刻史の授業で一緒だから」

「ん? うん」

「リーズ・トレイルと話したことがある?」

「え……?」

 リーズ・トレイル。エノミタ・グレイスと仲がよく、常に二人でいる印象だ。

 どちらかというとクラスで影が薄いエノミタだが、対するリーズはその中性的で端正な顔立ちと、寡黙さが相まって取っつきにくい雰囲気だけど、意外とおっちょこちょいで天然なところがある。

 確かに、彼が喋っているところは見たことがない。エノミタを介してコミュニケーションは案外とれてしまうので、あまり気にしたことがなかったが。メイリアはイロにそう伝える。


「そうなのね。彼、発声が必要な場に出たことがないの。発表会を含めてね。私は彼の声を聴いたことがないのよ」

「そういえばそうね……。そこまで徹底しているなら、なにか事情があるんでしょう」

「そうね」

 イロは黙って彼らの消えたほうを見つめる。二人を不審がっているようだ。

 黒と白、対照的な髪色持つ二人の青年をぼんやり思い浮かべる。何か事情があるにしても、この二年間、ともに授業で関わってきた彼らに悪感情は抱けない。

 イロも悪気があるわけではないのだろうけど、彼女は心配性なきらいがあった。

 二人は連れ立って寮へ戻っていく。中庭から寮へ戻る小道、植垣の陰に小さな徽章が落ちていた。メイリアが拾い上げると、イロも一緒にのぞき込む。


「あれ? この徽章……」

「寮長の徽章ね。女子寮のものだから……、シオルさんのものだわ」

 魔法石の埋め込まれた特注の徽章は、女子寮のシンボル、透金花__気高さと誠実の意味を持つ冬の花だ__が彫られている。

「今日はやたら落とし物を拾うわね」

 顔を見合わせてくすくす笑う。

「それにしても、シオルさんはなぜ中庭に? 四年生は今日は実習で校外に行っていたと思うのだけど」

「もう戻ってきてるでしょ」

「そうだけど……、私たちが中庭にいたから遠慮させてしまったのかしら」

 イロは徽章を眺めながら、申し訳なさそうに言う。4年生のシオル・ノウリエム寮長はまさにこの学園の模範生徒として有名で、教官からの信頼も篤く、多くの女子生徒は彼女を特別に尊敬している。自分にも他人にも厳格だが、気さくなところもあって、特に下級生の女子生徒の悩みには親身になってくれるので、彼女を信奉する生徒も多い。


「今日最後の仕事ね」

「そうだね」

 明日の試験の話に花を咲かせながら、夕暮れの小道を行く。

 平穏な日々が戻ってきた気がして、メイリアは嬉しかった。


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