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5 その日に至る時間薬

「ねえ、私、もしかして呪われてたりする?」

「大丈夫。メイリアが呪われてたら、イロがとっくに解呪してるから」

「何も大丈夫じゃないわ」


 頬でも抓りそうな勢いで現実逃避をするメイリアに、半笑いのオリオンが雑なフォローをする。

 優雅に紅茶のカップに口をつけていたイロは、オリオンに軽蔑の眼差しを投げた。

 輝くような波打つ銀髪と、ルビーのように赤い瞳を持つ美しい少女であるイロは、不機嫌な顔も絵になる。相対するオリオンも淡い金髪にダークブルーの瞳の爽やかな美形なので、イロと二人で席につくと絵画のようだ。

 


 実に平和な昼下がりだ。

 学園のすこしグレードが高いカフェのテラス席は、騒がしくする生徒もいない。かねてよりメイリアと、親友のイロ・ストラテスが好んで利用していたのもそれが理由だ。


 今日はいつもの二人に加えて彼女らのクラスメイトである、オリオンが同席している。彼はわざわざ他の友人の誘いを断ってランチに乱入してきた。

 どうやら最近のメイリアの不運を気にしてのことらしいが、完全に野次馬根性である。

「怪我がなくてよかったね」

「ええ、本当に。エノミタが対処してくれてよかったわ」

「彼、なかなか優秀だよね」

 オリオンはエノミタを好意的にみているらしく、珍しく手放しに誉めている。


「でもレヴィン・ロワイホースの対応は余計だったわね。オリオン、あなたがさっさとメイリアを連れて行かないからよ」

「いやあ、悪かったよ」


 あの後、メイリアは医務室で目を覚ました。

 どうやら、あのまま頭を打って意識を失ってしまったらしい。しっかり大きなたんこぶが出来ていたが、幸い脳の異常や他の外傷はないようで、なにやら妙に笑顔の医務官にメイリアはすぐ教室に返された。午後の授業も出ていいとお墨付きである。


 教室に戻ると、メイリアは一瞬でクラスメイトに囲まれた。

 なんと、全く覚えていないが、メイリアを医務室に運んだのはレヴィン・ロワイホースだというのだ。


 横抱きで! まるで王子様みたいに! と興奮するクラスメイト達に、メイリアの顔色は青くなる。

 ただでさえ婚約破棄で異性関係のトラブルはうんざりなのに、なんて面倒なことを。しかし幸い、クラスメイトたちはメイリアとレヴィンがどうにかなるとは欠片も考えていないようで(当然だけど何か悔しい)、ただうらやましがられて終わった。

 しかしながら、「王子様のように」というのはさすがに不敬ではないか? この学園には本物の「王子様」が通学しているのだ。



 女子生徒たちに囲まれて疲弊したメイリアを見かねて、カフェまで連れてきてくれたのがイロだった。彼女はレヴィンの対応を良くは思っていないようで、険しい顔で「目立ちたがりで困るわね」とつぶやいていた。イロがロワイホース家と対抗できるくらいの家格だから堂々言えることである。


 ところで、ミーハーな話は茶化しがちのオリオンが意外と乗ってこないことに、メイリアは正直拍子抜けした。オリオンもレヴィンには何か思うところがあるのだろうか? 

 オリオンも力のある貴族家の次男なので、メイリアの知らないところでレヴィンと交流があったのかもしれない。こんなんでも貴族なのよね。


 メイリアの失礼な内心など知らないオリオンは、どうどう、とイロを諫めて、メイリアに向き直った。

「ところで、婚約破棄の方も、どうにかまとまったんだろ?」

「まあね。破棄じゃなくて、解消だけど……」

「あんな男、破棄でよかったのよ。向こうの有責で」

「まあ気持ちの上はそうだけどね。色々大人の事情でね……」

 メイリアが苦笑すると、イロ自身も理解はしているのだ、不服そうにクッキーを齧った。

「でも、正式に婚姻を結ぶ前にとんでもない男だって正体が分かってよかったじゃないか」

「それ、兄さんにも言われたんだけどイマイチ心が慰めらないのよね……」


 大丈夫?、と労りの目でイロはメイリアの前にスッとショートケーキの乗った小皿を差し出した。

「つらいときには甘いものよ」

「そうね」

 イチゴの甘酸っぱさが染みる。

 かみしめるようにケーキを味わうメイリアに、苦笑交じりにオリオンが向き直る。

「思うに、時間が長すぎたな」

「一緒に過ごした時間が~っていうやつ?」

「そういうこと」

「はあ……」


 元婚約者、テリス・ヴァシュレーとは、生まれたときからの付き合いだった。

 家格が釣り合っている同い年の子供、という安直な理由で、同じ地方の出身だったメイリアたちは昔から家長たちの口約束のような許嫁だったが、4年前、二人が13歳のときに正式に婚約した。

 突然すぎて、正直未練はある。

 それに、幼いころからよく知っている相手に約束を反故にされたということが、何よりメイリアの心を傷つけた。


 時間薬だよ、とオリオンは普段の口調で、目元を優しく緩めながら言った。

 今度の休み、街まで遊びに行きましょう、とイロはメイリアの肩を柔らかく叩いた。

 

「それにしたって、”運命の相手”、ね」

「はは……、いざ現実で聞いてみると胡散臭い響きよね」

「フィクションはフィクションだから面白い。メイの言っていた通りね」

 がっかりね、とイロは憂い顔だ。


「それにしても、あのヴァシュレーがそんな言い訳で婚約破棄するなんて意外だな。しかも、あのルミエール・フェットの場で。彼はもう少し堅実というか……、悪く言えば小心者だと思っていたよ」

 オリオンは優雅に足を組み替えながら、首を傾げた。その言葉にイロも続く。


「それに関しては、私も不思議に思っていたわ」

「メイリアは本当に何の心当たりも?」

「……本当にないの。信じてもらえないかもしれないけれど」

 メイリアは膝の上で組んだ指を固く結ぶ。

「君が言うならそうなんだろう。……しかし、彼の心変わりの原因は気になるね。こうなると、まさか本当に運命の結び目が彼らに?」

「まさか。ただの伝説でしょう? 恋の病が致命的重症だっただけではないの?」

 辛辣なイロが微かに眉を顰めて言う。


 オリオンがその言い訳を疑う理由はわかる。

 御伽噺として語られていた「運命の結び目」。その言葉を理由に、婚約破棄騒動に至ったのは、実はメイリアたちが初めてではない。


 ここ半年ほどで、メイリアたち以外に三組の婚約が同じ理由で解消されている。

 貴族や、魔法の名家、資産家の子息同士など、その家格はそれぞれだが、どの婚約も共通して、事前にその兆候はほとんどなく、しかし同じ「運命の結び目」を理由に解消された。

 かなりこじれた婚約もあったようだが、結局最終的には、皆「運命の相手」と一緒になる選択をとったようだ。


 メイリアたちも同じ結末を辿ってしまった。

 今回の騒動も他の生徒たちには、驚きより、軽蔑と同じくらいの好奇心をもって受け止められたはずだ。


 私も、当事者でないなら同じだっただろう。メイリアは目を伏せる。

 すでに別れた婚約者たちの、同じ立場だった人たちに申し訳なく思う。口さがなくうわさ話を広めたり接触を試みたりしたわけではないけれど、まるで物語の中のような非現実的な気持ちで、彼らを面白おかしく見ていたのは事実だ。


 メイリアたちのことあまり知らない生徒や、テリスの「運命の相手」となったフーリンの知人たちの間では、貴族のテリスと商家の娘フーリンの「真実の愛」の物語がロマンチックに噂されているらしい。


「本当にそれだけならいいんだけれどね。ただの愚か者なら」

 オリオンは続いて、メイリアを真っ直ぐ見つめた。

「何はともあれ、君にこれ以上悪い影響がないといいんだけれど」

「これ以上があってたまるもんですか」

 淑女らしからぬ剣幕で吐き捨てたイロを頼もしく思う。

 なんだかんだ言いながらも、この二人の幼馴染はメイリアのことを心配してくれているのだとわかる。メイリアは心が微かにじんわりと暖かくなり、気づけばこぼれる様に笑っていた。


 そういえば、とメイリアはふとあの夜のことを思い出す。

「あの日、何か不審者がいたとかいう話なかった?」

「あの日って、ルミエール・フェットの日?」

 うーん、と二人が考え込む。

「特に聞いてないわ。メイ、まさか不審者に?」

「え? ああ、違うわ。警備員が何か騒いでいたような気がしたから。……何もなかったなら大丈夫」


「いや、待てよ。それこそ『運命の結び目』関連で、なんかあった気がするな……」

「え?」

 オリオンが記憶を辿って目をつむる。

「何だったかな……」

 ああ、そうだ、と手を打った。

「図書館だ。図書館に盗みが入ったらしいんだ」

「図書館に?」

「ほら、君の元婚約者、図書館で運命の結び目を見たんだろ? だから、その盗難も結び目関連かと思ったんだよ。まあ結局、無くなってたのは本だったらしいけど」

 禁書から高い奴が何冊かなくなってたらしい、とオリオンは続ける。

「そんな騒動があったの? 知らなかったわ」

「クラス長の仕事してるときに俺もたまたま知ったんだよ」

 メイリアは庭園での出来事を思い出す。


 追手二人から逃げていたあの人間。オリオンの話をそのまま受け取るなら、逃げていた男が図書館から本を盗んだのだろうか? でも、追手の方も学園の関係者ではなさそうだったが。

「それって、運命の結び目を探していたっていう説はないの?」

「まあ、それもあるかもな。金銭が目当てなら、本よりアリエスの魔法道具(アーティファクト)のほうがよっぽど金になるし」

 何か、あの人間は「運命の結び目」について知っているのだろうか?

 

 テラスの外には青々とした木々が枝を伸ばしている。いつの間にか話題が変わり、イロとオリオンは最近のロマンス小説と演劇の脚本についての批評を繰り広げている。

 そんな彼らの声も、ささやかなテラスの談笑も、どこか遠く感じる。

 三日前から薄くフィルターのかかったようにぼんやりした頭が、鈍い痛みを訴える。細く息を吐いて、外を遠く眺めた。

 向き合わなければならない感情と現実が急に肩にのしかかってきた気がした。ふいにじわりと熱くなった目頭を誤魔化すように瞬きを繰り返す。そんなときも変わらない幼馴染たちの様子が有難かった。

 もうむやみに他人に期待するのはやめたはずだ。


(”運命の相手”……、か) 


 眼下、揺れる木の葉に、かつての婚約者の瞳を思い出した。

 柔らかく誠実な眼差しの、新緑の色を。

 

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