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4 地続きの日常②

 助手の登場に盛り上がっていた生徒たちがどうにかそれぞれ位置につき、教官は注意事項を述べる。

 座学で何度か聞いていた内容だったので、正直皆、教官より隣に立つレヴィンに視線が吸い込まれていた。


 教官は生徒たちのそんな反応に慣れているのか、レヴィンと生徒たちを胡乱気に交互に見遣り、ため息をついた。

「まあ、やってみようか」

 

 三人は一つの魔法円を囲み、魔法式を書いていく。

 メイリアも予習はしてきたが、迷うような細かい部分はリーズがさりげなく助けてくれる。

「お、出来た」

「いい感じなんじゃない?」

 書きあがった円はなかなかの完成度に見える。

 三人で満足して魔法円をのぞき込んでいると、巡回していた教官が珍しく褒めていく。

「中々よろしい」

「本当ですか? やったわね」


 ふと周囲の班の様子を見ると、レヴィンは女子生徒が多い班に引っ張りだこだった。

 教官の背中がどこかさみしそうに見えるほどである。

 

 そのうち、皆準備ができたようで、教官は教壇に上がる。

「それでは、各自それぞれ順番に魔力を魔法円に流してみなさい」

 まず、リーズが円の前に立つ。彼が手をかざすと、円は瞬く間に青白い光を放ち、氷の結晶を纏った狼の精霊が姿を現した。鋭い瞳を持ちながらも穏やかな佇まいで、リーズの足元にぴたりと座り込む。

「かわいい!」

 メイリアの目が輝く。

 エノミタは苦笑して、「狼か。すごいな」とつぶやいた。

 クラスのあちこちで、召喚に成功した生徒たちが歓声を上げている。どの精霊も小動物で、確かに犬ほどの大きさの狼を召喚したリーズは優秀な方だろう。


 次にメイリアの番がきた。

 緊張しつつ、手をかざす。目を伏せ、魔力を召喚円に流し込んだ。

 召喚陣が淡く揺らめき、やや不安定ながらも風の精霊──淡い緑色の羽を持つ小鳥の姿がふわりと現れた。可愛らしく鳴きながら、メイリアの肩に止まる。

「……やった」

 小さく安堵の声を漏らす。チチ、と小鳥は楽し気にメイリアの頭の周りを飛び、肩にとまった。かわいすぎる。

「すごいね、メイリア。ティリオだ」

「ティリオ……って幻想種の?」

「そう」

 エノミタは愛おしそうに小鳥を見つめる。小鳥はエノミタの前で羽ばたき、再びメイリアの肩にとまった。


 最後はエノミタである。メイリアは固唾をのんで様子を見守った。

 メイリアだけではない。クラス中が、エノミタの召喚に注目していることが分かる。

 だが──。


「……あれ?」


 誰が零した声だろうか。しかし、皆同じ心境だったろう。

 エノミタの召喚陣は、淡く光ったまま何も起こらなかった。


 エノミタは首を傾げて、手を止める。

「うーん、魔力は流れてるんだけどな……」


 周囲の生徒たちも次々と召喚を成功させ、輪郭が不安定ながらも、子うさぎやリス、七色の光を放つ巨大なネズミ(これは笑うとこなのか?)など、様々な精霊を呼び出していた。

 その中で、エノミタだけが失敗したことに、教室内にやや微妙な空気が流れる。


 エノミタ・グレイス。


 彼は入学時、時の人だった。なぜなら、あの魔法院の召喚士長・イアン・グレイスの息子と噂されていたからだ。

 なぜ噂なのかだが、イアンは社交界に息子を連れてくることはなかったので、イアン・グレイスにその歳の息子がいるということだけが知られており、入学時まで姿を見た者はいなかったからだ。


 しかし、グレイスという家名は珍しく、入学手続きにはイアンが来ていたらしいので、エノミタが息子だというのは間違いない。

 四大精霊のひとつ、水の精霊の長イリーネを召喚したというイアンの実の息子には、入学時から魔法学園全体が注目していた。


 そのエノミタが召喚術に失敗したことに、生徒たちは驚きと戸惑いを隠せない。

 表立って誰かが嘲笑したり、声高に何かを言うことはなかった。しかし、無表情のエノミタの心境は量れない。

「えっと……」


 メイリアがかける言葉を選んでいると、エノミタは肩をすくめて笑った。

「んー、まぁ……向いてないってことかな?」

 落ち込んだ様子も見せず、いつものような調子で笑うエノミタに、メイリアは安心よりも心配が勝つ。

 リーズに助けを求めるように視線をやると、リーズは無表情でエノミタを見つめていた。


 メイリアが挙動不審にリーズの裾を引くので、リーズはようやくメイリアの視線に気づき、瞬く。

 エノミタとリーズの視線が絡む。


 静まり返った教室に、教官がパンと手を打ち鳴らした。

「召喚術はその日の魔力の調子もかなり影響する。今日一回の成否で判断をしないように。大事なのは召喚円だ。顕現が不安定だったグループは、必ず復習することだ」

 うわ、と心当たりがありそうなグループの生徒が顔をしかめる。彼らの精霊はもう消えてしまったらしい。


 まあ初めてだしな、むしろ一回で成功してラッキーだったわ……と、すぐに教室にはざわめきが戻る。




 元通りになった空気の中、別の班の召喚陣が突如として異様な光を放った。


「まずいな……」

 エノミタが低く呟いた。

 生徒のひとりが魔力制御に失敗し、召喚した精霊が暴走を始めたのだ。


 叫び声が上がり、生徒たちが距離を取る中、暴走した精霊がメイリアの方へと一直線に向かってくる。体躯は小さいが、ワニの精霊だ。精霊は実体を伴う。噛まれれば無事ではすまないだろう。


 メイリアの体が強張り、防御魔法を張ろうをしたその時。

 エノミタがさっと彼女の前に立ちふさがり、掌から防壁魔法を展開した。

 障壁にぶつかった瞬間、精霊は我に返ったように、動きを止めた。

「大丈夫か!?」

 教官が駆けてくる。私たちが無事だとわかると、険しい顔でワニを召喚したグループへ向かい、厳しくしかりつけた。

 どうやら、教官のチェックが入ったのちに魔法円を、仮召喚ではなく、本召喚の魔法式に一部を書き換えたらしい。

 生徒たちは他意なく本当に興味本位でやったらしく、涙目で頭を垂れていた。


 エノミタはその様子を一瞥し、そのまま軽く振り返る。

「……大丈夫?」

 メイリアは呆然としながら、彼に感謝した。

「うん……ありがとう、エノミタ」

 エノミタは黙って頷く。リーズも気づかわし気にメイリアを見つめるので、ぎこちなく微笑んだ。メイリアの召喚した小鳥もエノミタの頭上を飛び回った。

 そのとき、一匹のねずみが混乱したようにこちらに突っ込んでくるのが見えた。腰の高さほどの大きさの、例のレインボーねずみである。

「え!? ちょ、ちょっと待っ」

 メイリアが慌てて二人に後ろを振り向くよう指さす。

「? 何……」

「!」

 ねずみに気づいたリーズが驚いたように肩をはねさせる。とたん、バランスを崩して後ろに倒れこむ。

「あっ、リーズ!」

 メイリアが慌てて背中を支えるが、華奢といっても男子学生。支え切れるわけもなく、そのまま一緒に倒れこむ。

「おい!」

 頭に衝撃が走り、目の前に星が飛ぶ。


 まさかの二段構えとはね……。

 意識が薄れる前、エノミタとリーズの驚いた顔が見えた。




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