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3 地続きの日常①

 朝の鐘が三つ鳴る。


 魔法学園の講義棟を目指し、メイリアは急いでいた。

 なんでこう無駄に広いのか、この学園は。


 足早に石畳の渡り廊下を歩きながら、前から来た集団に内心顔をしかめる。

 無視無視。気にせずすれ違おうとしたメイリアの肩に、集団の一人がぶつかった。

「あっ、ごめんなさいね」


 弾き飛ばされたメイリアは尻もちをつき、取り落とした教材が床に散らばる。

「あんまり存在感がないから、気づかなかったわ。そんなに地味だと婚約者にも忘れられちゃうわよ」

 あ、今はもう婚約していないんだったわね。

 白々しくメイリアを見下ろして言う彼女は、メイリアと同じクラブだった生徒だ。一つ上の学年の彼女の家は、フーリン・ウィンカの商会のパトロンで、この国の中堅貴族だ。

 メイリアが黙って睨みつけると、少女たちはクスクス笑う。そして、メイリアの教科書を踏みつけて歩いていく。


「最近、クラブの空気が明るくなったのよね~、暗い誰かさんがいなくなったからかしら?」

「田舎者がいると、空気が土臭くなるわよね」

 楽し気に遠ざかっていく声に、メイリアは拳を握るが、そのまま力を抜いて、息をついた。


 言われっぱなしは腹が立つ。

 しかし、一度反論した時は、嫌がらせが酷くなり、あることないこと噂を流された。クラブにも行けなくなったし、彼女たちとは学年が違う。

 唇を噛んで、メイリアは教科書に手を伸ばした。

「……?」

 誰かが教科書を拾い上げる。アイスグレーのショートカット。スカートを押えてしゃがんだ彼女は、通り過ぎて行った彼女たちの後ろ姿に叫んだ。

「あなたたち」

「…………なに、……し、シオル寮長……」

 彼女たちはシオルの顔を見ると青ざめる。

「感心しないわね、こういうことは。あなたたち、後輩に絡むより先にすることがあるんじゃないかしら」


 たとえば、次の実技試験とか。

 彼女は立ち上がり、毅然と言い放つ。笑いあっていた様子はどこへやら、焦りと羞恥で顔をゆがめた彼女たちは、すみません、と小さな声で言って走り去った。

「謝る相手は私じゃないでしょう……」


 彼女たちの後ろ姿に嘆息する姿をぽかんと見上げるメイリアに、シオルは手を差し伸べた。

「大丈夫? メイリアさん」

「あ、ありがとうございます、寮長」

「あまり気にしないようにね。婚約なんて、家同士の契約でしょう」

 立ち上がったメイリアに、教科書をわたし、シオルは立ち去る。

 ぺこり、と改めて頭を下げたメイリアに苦笑して、急ぎなさいと手を振った。

 さすが寮長。かっこいい。メイリアは次の教室に走りながら、口元を緩ませた。



**



 二階の窓際の教室には柔らかな日差しが差し込んでいた。

 ギリギリのところで教室に滑り込んだメイリアは、呼吸を整えてペンを握る。

 まだ夏も盛りでないのに汗だくのメイリアを見て、隣席の友人は呆れた様子でハンカチを差し出した。

 

 授業名は「精霊召喚術・実践」。

 講義壇に立つのは、我らがクラスの担任教官である。

 彼はよく言えば歴史ある、悪く言えば古めかしい――もはやヴィンテージを超えてアンティークな――スーツを着込み、黒板へ魔法円を描きながら、生徒たちに語りかける。


「前回の召喚術概論の復習から始めよう」

 てっきり今日は実践だけだと考えていた生徒たちから落胆と緊張が立ち込める。

 前列に座っていたメイリアは、教科書の端のメモを見返す。


 国最古の魔法学園である王立魔法学園に通うメイリアたちは、5年制の2年生だ。昨年は座学が多かったが、今年からは少しずつ専門性が高い内容や実技も増え、生徒たちの意欲は一層高くなっていた。

 

 教官は生徒に問いかける。

「精霊召喚は、精霊との交信を経て、精霊自身を一時的に召喚者のもとに顕現させる術だ。ストラテス、召喚術は”魔法”と”魔術”、どちらに分類される?」

 右隣に座る友人が答える。

「魔法円を使用する点では魔術です。しかし、通常の魔術と異なり、かならず行使者自身の魔力を必要とするため、魔法ともいえると思います」

 教官は頷く。

「その通り。召喚術は、精霊と魔法円の発動者本人を契約する術であるため、魔力はほかの手段で調達されたものではいけない。必ず魔法使い本人のものである必要がある。これは召喚術だけではなく、『祝福』や『叙名の儀』でも同様だ。契約魔法の一種だからな」

 まあ、契約者本人名義のお金じゃないと契約される側も心配だよね。いつ契約金が反故されるかわかったもんじゃないし、とメイリアは勝手に納得する。

 はい、と生徒が質問をする。

「契約ってことは、一度召喚したらもう本召喚になっちゃうんですか?」

「いや、契約には段階があって、今回扱うのは“仮召喚”。これは正式な契約ではなく、友好的な交渉のもとに一時的に力を借りるものだ。本召喚にはかなりの魔力を必要とする。学生ではなかなか難しいだろう」

 魔力量は通常年齢とともに増加していき、おおよそ二十代で最大になるといわれている。私たち魔法使いのたまごは、まだまだ魔力量含め、発展途上ということだ。

「あの、交渉ってどうするんですか? 本当に精霊と話すんですか?」

「精霊は通常動物の姿で顕現する。人型を取ったり、会話をしたりできるのは上位精霊のみだ。有名なところだと、聖獣や四大精霊だな」

 クラスの目線が一瞬、黒髪の生徒に集まる。

「そのため、交渉というのは形だけで、実際は魔法式に同意した精霊が顕現する。魔法式の情報に、契約の内容を書き込んでおくんだ。仮召喚なら仮、本召喚ならその旨と契約の条件だな」

「契約条件って、具体的には――」

 次々飛んでくる質問に、教官はクラスを見渡した。

 緊張と好奇心で目を輝かせた生徒たちの様子に、珍しく口元を微かに緩める。

「まあ座学はこの程度にしておこう。今日の本題は実践だ。荷物をまとめて、隣の教室に移りなさい」

 待ってましたと生徒たちは一斉に立ち上がる。たいがい皆座学より実践が好きなのだ。


 

 

 実技授業はグループワークが多い。一人で進めるととんでもないミスをして、大惨事になる可能性があるからだ。固定のグループではないが、大抵教官が適当に決めている。

 メイリアは今日のグループメンバーのもとへ向かった。

 すでに机一つない、実践教室には魔法円の円だけが書かれている。

 教科書を覗き込む黒と白の頭にメイリアは軽く声をかけた。

 クラスメイトのエノミタ・グレイスとリーズ・トレイルだ。

 あまりクラスでは目立たない二人だが、メイリアは彼らと選択科目で同じ授業をとっており、かかわりがあった。このクラスでは三人しかその授業を取っていないので、いつも課題提出や試験で細々と協力し合っていた。

 メイリアに気づくと、二人はペースを空けてくれる。


「二人ともよろしくね」

 メイリアが言うと、エノミタは笑顔でこちらこそ、と返す。黒髪の彼は温厚な気のいい青年で、ちょっと眠たそうな二重瞼以外特に特筆すべきところはない、平穏な生徒だ。メイリアの婚約破棄の騒動の後も、特に態度を変えることなく付き合ってくれている。ありがたい。


 メイリアは魔法円を避けようとしてよろめいたリーズのジャケットを引っ張って助けてやりながら「正直ちょっと楽しみだわ」と付け加えた。

「みんなそわそわしているね」

 エノミタが目を細めて言う。

「試験科目にもあるしね。あと、単純に憧れるわ、召喚って」

「そう?」

「そうじゃない? まあ今日は仮召喚らしいから、あんまり強い精霊は召喚できないだろうけど」

 なるほど、と頷いたエノミタの横で、リーズはぼんやり円を見つめている。

「リーズは?」

 メイリアが問うと、リーズはちょっと首を傾げた。それからメイリアの目を見て、何かを少し考えて、こくりと頷く。

「ほら、リーズも楽しみだって」

「ふーん?」

 エノミタは眉を上げてリーズを見つめた。ん? 珍しい反応。リーズはエノミタの様子に瞬いて、今度は頭を振った。何?

「何て?」

「うーん? なんだろね?」


 リーズは声を出して喋らない。基本的に普段は筆談かボディランゲージでコミュニケーションをとる。彼は聡明で、空気も読めるので、あまり困ったことはないが、なぜ喋らないのかはメイリアも知らなかった。

 寡黙だが、親切な人なのは確かだ。

 でもちょっと天然かな? というか、不思議? たまに何を考えているか読めないところがある。

 メイリアは魔法円にアタリを付けだしたリーズの雪のような白髪を眺めながら思う。穏当な顔すぎて印象にあまり残らないエノミタに対して、リーズはかなりの美形だ。一度みたら忘れないだろう。儚く線の細い、青年というより美少年といった感じのリーズと、平凡だが好青年のエノミタは、メイリアから見て、とても仲の良い友人同士だった。リーズが喋らなくても支障がない理由の大きなところには、以心伝心のエノミタが傍にいることもあるだろう。

 

 教室がざわつく。主に、女子生徒がそわそわと囁きあっている。

 教室の前を見ると、教官の隣に艶やかな黒髪と月のような金色の瞳の、美しい青年が立っていた。

「今日の授業は助手としてレヴィン・ロワイホース君に入ってもらう」

「困ったことがあれば、遠慮せず聞いてください」


 輝かんばかりのかんばせに、にわかに女子生徒が浮足立つ。メイリアも思わず凝視してしまった。

 授業助手は主に四年生の優秀な生徒が立候補して、低学年の実習授業を手伝う制度だ。給与も出るらしいし、教官たちの覚えも良くなるので、人気がある仕事である。


「レヴィン先輩が授業助手なんて、ラッキーだわ!」

 隣の班のクラスメイトがメイリアに興奮した様子で耳打ちする。

「ロワイホース先輩って、四年生なんだ?」

 メイリアは婚約者がいたし、社交にも積極的な方ではないので、学園の人間関係は貴族として最低限しか知らない。


 メイリアの言葉に激しくうなずき、クラスメイトの彼女は雪崩のように彼のプロフィールを語ってくれる。どうやら彼のファンらしい。

「レヴィン先輩は、あのロワイホース家の嫡男かつ、特級(一番手)クラスの次席! つまり学年次席なの! それに加えてとっっってもお優しくて、この前も授業助手の時、下級(落第)クラスの生徒が魔法暴走したのをお助けくださったんですって! 家格にもクラス階級にも関係なく分け隔てなくお優しいのよ! それから何よりあのお姿! まるで月夜の精霊よね~! あ~、私もレヴィン様に助けられたい♡」

「な、なるほどね~」

 一息だった。メイリアは若干その勢いに引きながら、曖昧に頷いた。というか授業助手なら生徒を助けるのは当たり前なんじゃと思ったが、口には出さなかった。


 月夜の精霊ね。

 制服を設えた衣装のように着こなす、完璧なスタイルを遠目で眺めていると、一瞬レヴィンがこちらをに目を向ける。

「! ねえ、今私のこと見なかった!?」

 メイリアは自分と目が合ったように感じて心臓をはねさせたが、隣で騒ぐ彼女の様子に、自分の自意識過剰だと恥ずかしくなった。

 なるほど、レヴィン・ロワイホース、人気があるわけである。


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