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2 闇を裂く光


 頭が酷く痛む。耳に入るどんな音も煩わしく、逃げるようにメイリアは人気の無いこの庭園へやってきた。

 ガゼポの中のベンチに腰掛け、長く息を吐く。

 一年中咲き乱れる魔法種の薔薇の薫りが、春風に乗り鼻腔を擽った。

 今日は会場の近辺以外は、学園内でも立ち入り禁止となっている。防犯上の都合という話だが、そもそも部外者は徹底的に魔法ではばまれるこの王立魔法学園に、不審者なんてそうそう入らない。おそらくそれは生徒を統率するための建前だ。

 しかし、人気がないことは、今日に限っては好都合だった。

 今は、誰にも会いたくなかった。


 目を閉じると、先ほどの光景が脳裏に浮かぶ。

 寄り添いあう二人。 

 あの場でどんな恨み言を言っても、メイリアの心は晴れなかっただろう。


 興味津々に動向を見守る野次馬を前に、メイリアはただ、「今後の話は家を通すように」と返し、振り返りもしなかった。

 振り返ってもう一度彼の眼を見れば、みっともなく縋ってしまう気がしたからだ。

 プライドはもうズタズタだったが、メイリアのなけなしの矜持だった。


 ペンダントを外し、星明かりに照らす。

 メイリアの瞳と同じ、エメラルドグリーンの魔法石は、夜闇の中ではくすんで見えた。

 

「…………っ」


 メイリアは思い切り振りかぶり、庭園の奥の植垣めがけて、ペンダントを投げた。

 黒く細い影は空を横切り、すぐに植垣の中に消える。

 遠くで小さく、ペンダントが落ちる音がした。

 

 気づけば肩で大きく息をしていた。

 なんてあっけないのだろう。

 

 ベンチの背に凭れかかり、夜空を見上げる。雲一つない。

 満点の星が瞬く、あまりにも美しい夜だ。目頭が熱くなり、視界がにじむ。

 こらえきれない嗚咽が喉元に上がって、唇を噛みながらも、メイリアはガゼポの中から空を見上げていた。

 誰にも拭われないまま、頬に大粒の涙が零れ落ちていく。

 

 

 どれだけそうしていただろう。考えなければならないことは多い。

 明日、兄に今日の顛末を報告しなければならないことが、一番つらく思えた。何といえばいいだろう。

 運命の結び目ですって?

 メイリアは力なく頭を振る。

 ばかげているわ。


「おいッ」

「!?」

 突然後方から声を掛けられる。

 すっかり気を抜いていたメイリアは文字通り飛び上がって、慌てて振り返ろうとした瞬間。

「待てッ」

 巨大な鳥の影が夜空を裂いた。

 思わず口を押え、メイリアは背を丸める。

 鳥に見えたその姿は、一人の人間だった。

 胸ほどの高さの植垣の向こうを軽やかに駆けていく。自分に声をかけられたと思ったが、どうやら声の主はその人間を追っているようだ。

 二人の追っ手の放つ魔法を軽々といなしながら、黒い影は庭園の奥へ進んでいく。

 ガゼポで身を屈めるメイリアには気づかない様子で、二対一の構図で三人は攻防を繰り広げている。


 一体なに?

 不審者、と動揺しながらメイリアは教官を呼びに行こうと腰を浮かす。不審者はそうそう入らない、とか宣っていたが、撤回だ。

 いや、待てよ。どっちが不審者だ?

 追いかけられている方はともかく、追手の方も見覚えがない。生徒ではないようだし、教官で見た顔でもない。

 メイリアが逡巡している間に、追手はその者を追い詰めたらしい。

 行き止まりの植垣の前で、二人はじりじりと距離を縮める。

「観念するんだな」

「…………」

「全く、手間取らせやがって……。俺たちの取引を嗅ぎまわってたってことは、お前、魔法院の奴か?」

「まあ、いいさ。どっちにしたって、お前にはここで消えてもらう」

 消え……!?

 まさかそんな荒っぽい話になると思っていなかった。

 メイリアは思わず後ずさる。が、慣れない高さのヒールに足がもつれ、派手にしりもちをついた。

「!? 誰かいるのか!?」

 まずい!

 慌てて身を屈める。激しく心臓が脈打つ。

 どう考えても、あの二人と穏やかに話し合いができそうなビジョンがない。

 メイリアは自分が使える数少ない攻撃魔法と目くらましになりそうな魔法を脳内で検索にかける。

 こんなことなら、戦闘術の授業、とっておけばよかった――!

 自分の鈍くささを呪いながら、すぐ逃げ出せるよう態勢を整える。

 自分の身は自分の魔法で守る。

 魔法士の鉄則だ。


「待て」

 低い声が空気を震わす。メイリアははっと目を瞠った。

 

 幼いころ、故郷で見たことがある。何十年に一度見えるという明るい彗星。

 夜空を長く跨ぐ星の軌跡は、どんな魔法より美しく見えた。

 まるで、あの金色の彗星だ。

 

「ぐあッ!」

「き、貴様!」

 眩しく輝く魔法は、光魔法だろうか?

 使い手は珍しくないが、あれほどの精度で扱えるのはやはり上級者だ。

 追い詰められていたその人間――いや、光に照らされた背格好で分かる、その男――は、瞬く間に追手のうちの一人を地面に伸した。

 ガゼポの陰から様子を覗くメイリアの瞳に、眩しく光がスパークする。

 残された追手が放った氷魔法を光の盾で防ぎ、素早く次の攻撃を放つ。

「お前の相手はこっちだろう?」

「くそっ!」

 焦ったのか無茶苦茶に魔法を飛ばす追手に、淡々と対処して一歩、一歩と男は近づく。気づけば、攻勢が入れ替わっている。

 次の瞬間、追手が防ぎきらなかった光が、その胸を貫いた。


「!!」

 どさ、と二人目の追手も倒れこむ。

 男は、かなりの強さだ。それも、戦闘に慣れている。

 はっと、後ずさる。

 男は、こちらを見ていた。

「あ……」

 震える足で立ち上がろうとするが、それよりも先に、瞬く間に近づいてきた男はガゼポの柵に足を掛けた。


 息が止まるような、沈黙。

 星明かりに斜めに照らされたその顔には、深くかぶったフードが影を落とし、口元は布で覆われている。

 全身黒で塗りつぶされたようなその姿は、圧倒的な存在感を放っていた。

 メイリアは浅く息をする。肩が小刻みに震え、指に嵌めたリングの宝石が石造りの床にぶつかり、か細い音を立てた。

「ここであったことは――」

「え?」

 男は確かにメイリアに話しかけている。

 不思議と特徴を捉えられない声だ。おそらく、晦ましの魔法道具か何かを使っているのだろう。非合法だが、あの身のこなしを見る限り堅気じゃなさそうだし。

 男はメイリアの顔の前に手をかざした。

「忘れてくれるね?」

「っ! ちょ、っとっ」

 待って、と口に出す前に、光が飛んでくる。慌てて防御魔法を展開し、間一髪その魔法を防いだ。

 立ち上がり、次の魔法に構える。

 魔法士の鉄則、敵対する魔法士に背を向けるべからず。入学時に復唱させられた教訓が脳裏を過る。

「……」

 男は一瞬動きを止めた。今だ、と風魔法を発動しようとした瞬間。

 男の後ろ、倒れていたはずの追っ手の一人が立ち上がっているのが見えた。

 

「あぶな、い!」

 次の瞬間、追手が氷魔法を放つ。氷の攻撃魔法。基本魔法だが、使い方を誤れば人を傷つけることも容易い魔法だ。


  男は振り返ったが、魔法戦では一瞬の隙が命取りだ。防御魔法の完全な展開は間に合わない。男は反射的に奥歯を噛み締め、衝撃に備える。


 しかし、彼が想定した衝撃は来なかった。

 男の顔の隣に掲げられた小さな手。

 一瞬で展開された風魔法が氷を砕く。細かく散った欠片が男の耳を掠めていく。

 星明かりの下で、チカ、と少女の瞳が光る。

 フードの下で、彼は密かに目を瞠った。


 「お前ッ」

 追手が声を上げ、男はすぐに体制を整える。

「全く」

 メイリアは、思わず男の見えない顔を凝視した。微かに、その声は笑っていた。

 次の瞬間、男は魔法を放つ。

「! まぶしっ」

 目が眩む明るい光が、あたりを照らす。目晦ましの光魔法だ。初歩的だが不意打ち且つ夜間だと効果絶大だ。

 メイリアはちかちかする目を押え、座り込んだ。

 放たれた光をまともに食らった追手は、メイリア以上に混乱しているようで、何か叫んでいる。

「?」

 一瞬、頬のそばを何かが通った。

 しかし、何も魔法をかけられた気配はない。

 慌てて防御魔法を展開すると、目の前から気配が消える。

 まもなくして叫んでいた声が止んだ。男が追手をまた退けたのか。





 メイリアの目の調子が戻ってきた頃には、まるで何もなかったかのように、あたりは静まり返っていた。

「大丈夫か!?」

「あ、えっと……」

 光を見たのだろう、巡回の教官がやってくる。

 追手たちも男も、跡形もない。

 メイリアは茫然と、庭園を見つめていた。

 何だったのだろう。

「君、こっちは今日は立ち入り禁止だよ。通達を聞いていなかったのか?」

「すみません、すっかり忘れていて……」

 教官に愛想笑いで対応しながら、メイリアはさっきの騒動を思い出す。


 なにか。懐かしい感じがした。

 だから、素性もわからない、怪しい男だったが、咄嗟に庇ってしまったのだ。

 メイリアは男に感じた不思議な感覚を手繰ろうとしたが、上手くいかない。

 

 私は男の正体を知らないけど、向こうは私の顔を見ている。

 すぐ私に攻撃を加えなかった上、記憶消去魔法で対処しようとしたところを見るに、私に危害を加える気はなかったのだろう。

 傷つけようという敵意は魔力に表れる。

 静思しながら、来た道をたどっていく。

 

 体調がよくないと伝え、寮に教官とともに戻りながら、メイリアはふと胸を押さえた。

 先ほどの事件ですっかり、あの婚約者たちの騒動のショックも吹き飛んでしまった。

 会場のルミエール・フェットももう佳境だろう。


 まさかこんな一日になるとは、想像もしていなかった。

 今日はもう眠りたい。

 明日からの様々な手続きを思って、メイリアは目を伏せた。


 




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