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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-ようこそ、ここは魔獣の国。最後の秘境、そして最初の楽園。  作者: 桜良 壽ノ丞
発展の妨げとなる者たち

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ひとでなしの言葉

 


 ドルガは悲しそうな笑みを浮かべ、ホグスへと視線を向けた。


「海の見えない町に生まれ、山でもなく都会でもないのに自然もない土地で暮らし、何もかもが普通な人生でした。幸い戦火に見舞われる事はありませんでしたが、あの人との生活もとりわけ楽しくもなく諦める事ばかりで……」


「じゃあ、どうして一緒に移住しようとしたんですか」


「少なくともあの環境では夫は変わらない、そう思ったからです。変わるしかない環境に身を置けば、この人は変わるかもと……信じてしまった」


 ドルガは語りながらも、島に来てからはむしろ自分が変わったと言い、ホグスから目を反らす。その目には悲観の色がなく、気持ちに区切りがついたようだった。


 朝の霧が少しずつ濃くなっていき、草を撫でる風の姿を浮かび上がらせて東へと流れていく。

 遠くで羊の鳴き声が連鎖し、干し草が小屋から運び出され始めた事が伺える。


 とても決意の朝とは思えない、いつもの光景にいつもの音。ドルガは立ち上がり、イングスにブランケットを返した。


「家事以外で家を出る事を許さなかった夫も、この島のやり方には逆らえませんでした。私は日替わりで色々な役割が与えられ、島の皆さんと接するようになりました」


「……家事以外で家を出られない?」


「……夫は私が外で他人と交流を持つ事を嫌っていたんです。家の事を完璧にしろ、逆らうなが口癖でした。私が知識と人脈を持つと面倒だと思っていたんでしょうね」


「うわ、最低」


「夫は俺が偉いっていつも言っていましたが、世の中に自分より凄い人が幾らでもいると知られたくなかったのかな」


「あんたの旦那さんだからあまり言いたくなかったけど、こんな男でも結婚出来るってのに……ハァ」


 ドルガが笑い、あの人は見る目がない女を探し出す能力があったんでしょと自虐を言う。夫に逆らえなかった妻は、確かにオルキ国へ移住して変わったのだろう。


「島に来て少しずつ変わっていく私を家に縛り付ける事も出来ず、かといって元いた町に戻る勇気もなく、夫は少しイライラしていました。私がそんな夫のプライドを、もっと守ってあげたら良かったのかもしれません」


「貴様はどうしたい」


 ドルガの昔話が終わりに近づき、これからの話になる。オルキはドルガに選択を迫った。


「私は……」


 オルキ国の人口はまだ少し。嫌々ながら暮らす者を受け入れるつもりはないが、素性が分かり覚悟が出来ている者は1人も減らしたくない。

 ドルガの決意を数名の住民で見守る事数分。ドルガはオルキの視線までしゃがみ、ハッキリと宣言した。


「私は残ります。入国して審査を受けた時、私は自信がないながらも覚悟があると言いました。私までオルキ国王を裏切るわけには……いや、私自身を裏切る訳にはいかないから」


「そうか。ならば近々移住希望者の意思を再度確認する。その時に正式に国民となる事を認めよう」


「はい。有難うございます、王様」


 ドルガはイングスの頭を優しく撫でて、自分も朝食の手伝いに行くと言って歩き出す。数歩で振り返ると、ホグスに向かって微笑んだ。


「私をこの島に連れて来てくれて有難う! さようなら」


「ど、ドルガ……」


 ドルガは二度と振り返る事なく集会所へ消えていった。濃い霧が隔てる先で、明るい「おはよう」の声が響き渡る。


「……吾輩が貴様を喰らったなら、ドルガの決意も台無しになる。命を奪う程事はせぬ、次の便でこの島を立ち去る事だ」


 オルキはイングスに命じて、ホグスを連合軍を閉じ込めていた横穴に連れて行かせた。ドルガは首都側の集落に引っ越す事となり、空いた家の方が広いからと、1組の夫婦が港側へ引っ越す事になった。


「どうして、こんな事に……」


 イングスが横穴の牢に連れて行く間、ホグスはずっと後悔を口にしていた。もう一度チャンスが欲しいと慈悲を乞うも、相手がイングスでは意味がない。


「君が約束を破ったからこうなったんでしょ」


「煙草の吸殻を捨てただけだぞ、盗んだものだってちゃんと返す!」


「いけない事をした時点で駄目なんだよ」


「なあ、その分何でも言う事を聞く! 休みなく働く事だって受け入れる! 故郷に戻った所で家も職もないんだぞ!? 俺の事を悪く言う奴らに囲まれて暮らせというのか」


 イングスは食い下がるホグスの手を引き、何の抵抗も感じさせず牢を目指す。


「寒いから上着を取りに帰ってもいいかい? この格好のままでは風邪を引いてしまう」


「君が引かなければいいだけじゃないのかい」


「ん?」


「引いて駄目なら押してみろって言ってたよ」


「あ、ははっ、はははっ……」


 イングスが人形だと知っていながら、一番無害に見えるからかホグスはイングスが自分の言う事を聞いてくれるのではと期待し、機嫌を取ろうと試みる。


「お、面白い冗談を言うじゃないか。なあ、お願いだ、許してくれよ」


「オルキが許さない事を僕が許す権利なんてないよ」


「イングスくんが国王に言ってくれたら考え直してくれるかもしれないだろう! だから!」


「要らないんだよ、君は」


「えっ……」


 いつもの穏やかな表情に、穏やかな口調。オルキの指示でホグスを罪木に縛り付けたのはイングスだというのに、ホグスがうっかり心を許し、助けて貰えるのではと勘違いする程普通な態度。

 けれど、放たれた言葉はとても冷たいものだった。


「君はオルキ国が求めている人間じゃないんだ」


「そんな……この国に来てからたった1度、たった1度過ちを犯しただけで国外退去なのかよ! 厳し過ぎるだろ!」


「君は1度だけじゃないでしょ。捕まって実刑を受けたのが1度だからって、悪い事を1度しかしていないというのは嘘つきだね」


「だからって、返せばいいし拾えばいいものを、挽回する機会も与えられず国外退去は過剰な罰だろう! ドルガも帰らないというし、俺から全てを奪ってもう十分じゃないのか!?」


「他の国民は1度だって悪い事をしていない。幾つも罪を重ねたって許されるなんて考えが広まったら、オルキ国は綻びからやがて滅んでしまう。オルキの目指す国に君の居場所はないんだ」


 イングスは穏やかな口調のまま言い返す。だが、オルキの理想を言う瞬間、僅かに表情が険しくなった。


「お、俺はまだレノン国民だ! 俺にこんな仕打ちをして、レノン政府が黙っていると思うなよ! 磔刑に監禁に国外退去、こんな非人道的な扱いに俺は断固抗議する!」


「よかったね」


「あ?」


「君が人でなかったら今頃殺されていた。オルキは君を喰い殺す事くらい簡単に出来たのに。君がそんなに威勢よく騒ぐ事が出来るのはオルキの慈悲のおかげ」


「……」


「僕はオルキの邪魔になる存在を許さない。でもオルキが情けをかけたから僕はそれに従うしかない」


「……」


「オルキも僕も人間じゃない。なのにわざわざ人間の掟に合わせて、殺しもせず君を生かして国に帰してあげるのは人道的じゃないかな」


「クソッ……こんな修羅の国だと知っていたら、俺は……!」


「どんな環境にいようとも悪い事をしないで生きている人間がいる。君は悪い事をした。留まる事が出来なかった。約束を破った。オルキを裏切った。羊が誤飲する事も魚が間違って食べる事も、ドルガが悲しむ事も無視した」


 ホグスを引きずりながら、イングスは延々とホグスの罪を連ねていく。ホグスが何を言おうが口を閉ざすことなく。


 どれだけホグスが最低で、悪党で、愚かで、不誠実で、無様で価値のない愚図なのか。

 やがてホグスはもう止めてくれと叫び、宝物を失った子供のように泣きじゃくるだけとなった。


 ホグスを横穴に放り込んで鍵を掛けた後、イングスは一瞥もくれずにその場から立ち去った。

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