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ソフィア



 ケヴィンの言葉に、ソフィアは一瞬黙った後、「そうね」と呟いた。

 ケヴィンはすぐに不躾だったと後悔したが、ソフィアはその程度で傷つく人物ではなかったようだ。


「あたしも島民になりたい」


「そうこなくっちゃ」


 ケヴィンがにかっと微笑み、フューサーとこぶしを合わせる。


「どげんしたらいい? ギタンギュの国籍を捨てる手続きは後でもいいと? 役場の場所を教えて」


「えーっと、一応聞いておくけど、心の準備は」


「1人小舟で荒波を渡った程度には出来とるつもり。足りん?」


「十分だ。という事だよ、島長、どうですかね」


 島長という言葉に、ソフィアは室内を見渡す。フューサーとケヴィンは国民。だとすれば他にこの室内にいるのは。


「まさか、君がこの国の国王?」


「僕は国王じゃないよ」


 視線の先には、足を投げ出し壁にもたれかかって座るイングスの姿。


 穏やかな無表情のまま、身動きもしなければ会話に割って入る事もない。余裕のある様子にもしやと思ったのだろう。


「えっと、島長って事は島を任されている? 王子?」


「僕は国王の子供じゃないから王子になれないね。ただのイングス・クラクスヴィークだよ」


 イングスでもないのなら、他に誰がいるのか。ソフィアはイングスの足の間で丸くなっている猫に目を向ける。


「……」


「ほう、吾輩が島長だと気づいたか。なかなかに見所のある人間が来たも……」


「キャーッ!」


 オルキが名乗ろうとしたその瞬間、ソフィアが大きな悲鳴を上げ座ったまま飛び上がった。皆も驚き、特にオルキのしっぽは3倍に膨れ上がっている。


「落ち着けって、島長はただの魔獣だから」


「ただの魔獣って、生きてく上でおよそ聞かねえ発言だよな」


「フン、魔獣を知らぬか。魔女のくせに」


 オルキは驚きで固まるソフィアの前までやってくると、ちょこんと座った。どこからどう見ても白足袋の黒猫だが、その太々しさと仕草は……やはり猫らしさそのものだ。


「喋った、よね?」


「魔獣が喋らずどうする」


「ま、魔獣……腹話術じゃない、よね」


「あー……俺が説明する。まず、この島の島民は俺とフューサー」


 ケヴィンが状況の整理を始める。オルキに驚かれても話が進まない。


「以上2名だ」


「……あの子は? この島の子じゃないと? え、待って、島民2名? あなた達だけ?」


「そう」


「嘘やろ、ちょっと待って、暮らせるわけないやん」


 ケヴィンは落ち着いて説明を始めたのだが、ソフィアはまったくもって追い付いていない。

 衝撃の事実をポンポンと放たれては無理もない。


「暮らせているんだよ、実際に俺達は半年前からこの島にいる。何十年も前の島民が遺したものを使いながら、必要な資源は自分達で確保」


「そんな暮らしに見えんもん、だって港はこまいけど綺麗やったし、道も荒れ果てとらん。この家だってそう古く見えん」


「全部俺達2人とイングスと島長でやった。島長はこの魔獣オルキさん」


「ま、魔獣が島長? ……ごめん、ちょっと頭を整理させたくて」


 ソフィアは両手のひらを向けてケヴィンを制止し、自分が今、どんな状況にあるかを理解しようと頭を働かせる。


 その間、掘りごたつ式の囲炉裏を囲むように座っていたフューサーが厚手の上着を脱ぎ、ケヴィンも暑いなと言いつつ上着を脱ぐ。


 イングスも見よう見まねで上着を脱ぎ、壁に付けられたフックへと掛ける。


 そんな姿を見て、ソフィアの顔色が青ざめた。


「ど、どういう事……」


「あんたまだ考えてたのかよ」


「もしかして、俺達があんたを襲うとでも思って……」


「どうして、あの子、あの子何なん!?」


「は?」


 ソフィアはガタガタと震え、イングスに人差し指を向ける。


「イングス、まさか首を180度回した?」


「回していないよ。回した方がいい?」


「ソフィアさん、何、どうしたの」


 イングスは上着を掛けた後、またその場に座る。太ももに乗ったオルキは「寒いぞ」と文句を言い、イングスはそうなんだねとだけ返事をする。


 特になんてこともない光景のはずだが、ソフィアの震えは止まっていない。


「イングスがどうした」


「体の中、ぞ、臓器が、何もない!」


「そうなのか? イングス」


「自分の中に何があるのか、自分で確かめる時はどうすればいいかな」


「あー、いや、そりゃあ自分じゃ分からねえよな」


 フューサーはイングスと当たり前のように呑気な会話を繰り広げている。ケヴィンも特に驚いた様子はない。なぜなら、それも説明しようと思っていたからだ。


「イングスは人形だよ、神様が作った人形」


「あ、有り得ん! 体の中に何もない人なんか、生きとられるはずない!」


「だから人形だって」


 現実を受け入れられないソフィアに対し、痺れを切らしたのはオルキだった。


「ハァー、まーったくつべこべとうるさいのう。目の前にあるものを信じずに、貴様は何を信じるというのか。理解できぬのは貴様が原因でありイングスのせいではない」


 オルキはイングスの太ももの上から移動し、ソフィアの膝に乗る。


「ひっ……」


「貴様がどうやってイングスの正体を見破ったのかは知らぬが、貴様の思考感情次第で事実が変わる事はない。受け入れられぬからと事実を否定するのは、愚かで頭の悪い者だ」


「まあ、望む通りになる世界なら、俺達は戦争孤児になんてなってないさ」


「受け入れたくないから死んだ親が生き返るなんて事もない」


 当然のように振る舞う2人と、当然のように喋る猫。受け入れ難いが確かに存在する光景。


「な、なし生きとるん、どうなっとるん、ねえ、教えて」


 ソフィアは自分が落ち着くために再度尋ねた。


「僕は未だかつて生きたことがないね」


「作られたものが命を持つのはおかしかろう。イングスは人形だと言うておる」


「どうなっているかなんて、僕には分からないよ。僕を作った神に聞いてごらん」


「貴様の疑問などどうでも良い。イングスは人形だ」


「に、人形ってでもそ……」


「貴様の疑問などどうでも良いと言ったのが聞こえぬか。黙れ」


 ソフィアは次から次へと出てくる言葉を抑えるため、両手で口を塞いだ。まだ事態も言葉も呑み込めていないが、オルキが不機嫌な事は察したようだ。


「黙ったまま聞け。イングスを作ったのは神だ。吾輩をこの姿にしたのも神だ。それ以上でも以下でもない事実だ」


 受け入れ難かろうが、目の前の猫は喋っている。ソフィアはやや落ち着きを取り戻し、そっとオルキに手を伸ばす。


「吾輩を猫グルルル……扱いするでグルルル……撫でられグルルルル……」


「島長、説得力って知ってますかね」


「グルルルル……もう少し強く撫で……コホン、まあ良かろう」


 オルキはソフィアを見上げ、それからイングスの太ももの上に戻った。理屈は分からないが、猫は喋り、イングスは人形。

 ソフィアは理解できなければ認めない姿勢を改め、それを受け入れる事にした。


「さて。今度は吾輩が貴様に問う番だ。良いな」


 ソフィアは首を縦に2回振ってうなづく。もう口を開いて良いと言われ、ソフィアは口で息を吐いた。


「なぜイングスが人間ではないと分かった。内臓の有無など分からぬはずだ」


「……」


「言えぬというか。別にそれならそれでも良い。この島をいつ出て行くか考えておけ」


「島長、いくらなんでも」


「小舟で目指すほどには覚悟が決まっておるのだろう? 理由を話す覚悟がないなら、小舟で出て行く方が容易いのではないか」


 ケヴィンが制止するも、オルキは可哀想だからで済ます気がない。


 囲炉裏の薪がパチッとはねる。静寂の後、ソフィアは震える小声で理由を明かした。


「ま、魔女だから」


「魔女? そういえば、船から追い出された時に魔女が何とかって話だったっけ」


「俺、魔女こそ信じられねえんだけど」


 ソフィアは魔女という言葉に嫌悪感ではなく不信感を募らせる反応を見て、意を決したように語り始めた。

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