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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-ようこそ、ここは魔獣の国。最後の秘境、そして最初の楽園。  作者: 桜良 壽ノ丞
オルキ国の本格始動

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絶望とクラクス



「あの、捕虜の皆さん……あー……オルキさん、島に帰ってお食事にしましょうか。あまり食べ過ぎると今後の外交に差し障ります」


「五月蠅いのう、我が身可愛さに国も誇りも仲間も何もかも売って、自分だけ助かりたいクズ共が不味いわけないのだ」


「じゃあ、もう1人だけにして下さいよ」


「約束はできぬのう。吾輩はどうもにも腹が減って、先程から横っ腹が痛くてたまらぬ」


 オルキの目はギラギラと光り、醜くも命乞いをする捕虜達の様子に舌なめずりを繰り返す。もうしない、申し訳ございません、許して下さいなどと喚き散らす声は、一応聞こえてはいるようだ。


「何に対して謝っておるのか、自分で分かっておらぬのだろうの。この愚かさと往生際の悪さ、これぞ美味さの秘訣だ」


 レノンの兵士達は顔色悪く、ただ平然と業務をこなしている。捕虜達はガタガタと震え、顔はくしゃくしゃ。ふてぶてしかった10分前の様子はなんだったのか。


 鼻息荒く涎をすすろうともしないオルキが、大きな牙を見せつけるように赤い口腔を近づける。捕虜達が次は自分だと目を瞑った時。


 救いのひと言がオルキの歩みを止めた。


「オルキ、自分の欲望を抑えられないのは畜生と一緒だよ。君もそうなのかい」


 オルキは魔獣であり、元々は猫。そしてただの動物や家畜と同じだと言われる事を嫌う。自身を崇高な存在で人間よりも上だと信じて疑わない。


 本能と恐怖心でしか行動できない畜生とは違うというのがオルキの自負。畜生と一緒と言われたならたちまち理性が勝つ。


「ぐるる……それは確かに、ぐるる……そうだが。これは刑罰の意味もあるのだ」


「裁判していないよ」


「オルキさん、後で有罪と判断し、ゆっくり召し上がっては如何ですか? 少なくとも領海侵犯に許可なき攻撃はオルキ国を転覆させようとする大罪です。無罪の者はいませんよ」


 ガーミッドの宥めようと見せかけて捕虜に絶望を与える助言も、オルキのお替りを阻止するのに役立った。

 オルキは元の大きさに戻り、イングスの胸元に跳び上がって腕に抱かれる。


「この人間は、みんな悪い奴なんだね」


「そうですね、きっと程度に差はあると思いますがきっと悪人には違いありません」


「悪人は人でなしなんだよね。僕は人じゃないから悪人になれない、だから人でなしにもなれないってソフィアが言った」


「まあ、人でなしの意味が違うようですが、そうですね」


 イングスは何かに納得したのか、じっと捕虜達を見つめる。


「人でなしには人権がない」


「えっ?」


「人権は、人間にしかないんだよね」


「うん? まあ、羊には人権がありませんね」


「人間じゃないのに裁判は必要なのかな。人間は羊を裁判にかけるのかい」


 イングスの一言でその場がとりあえず終息したというのに、イングスは別にその場をどうにかしようと考えた訳ではなかった。

 疑問に思った事をそのまま言葉にしただけ。


 そして今、またイングスは疑問を口にして、せっかく収まったその場をまた阿鼻叫喚の地獄に引き戻そうとしている。もちろん、イングスにその自覚も意図もない。


 この状況で飄々としているイングスと、明らかに捕虜を下に見て、実際に何をされようが絶対に勝てると自信に満ちている猫。


「今は悪い事をしたのを確認しただけで、裁判で悪人かどうか決めるんですよ。だからまだ人間です」


「そうなんだね」


 そしてそんな1体と1匹の発言に大慌てするでもなく、航海士が喰われても「あーあ」程度のため息しかつかなかったガーミッド。


 レノンの兵士達も、敵に回してはいけないと理解した事だろう。


「……たった2人と1匹でジョエル連邦に大打撃を与え、フェイン王国を数日も掛からず解放。あなた達を見ていれば、それが本当だったと信じられます」


「あー……その時の1人は、私ではありませんよ」


「まるで僕を人間みたいに数えるなんて。僕を人間呼ばわりするのは間違っているよ」


「おいイングス、我々の船に戻るぞ、腹が減った」


「はーい」


「レノンの皆さん、我々とフェイン王国の皆さんの船に付いて来て下さい! 食料が足りるか分かりませんが、体を休めるため陸に上がり地に足を付けて下さい」


 本当について行って大丈夫なのか。レノンの兵士達も若干不安を覚えている。だがこの場で急用を思い出したなどと言って戻る勇気もない。


 お通夜のように沈んだ空気を纏い、戦闘艇、巡洋艇、空母の3艦はヒーゴ島の機体にある港へと航行を開始した。





 * * * * * * * * *




「判決は出たんだから、さっさとこっちに。暴れても泣いてもどうにもならないからさ。ここ、死の海域だよ? 逃げられる? 無理だよ無理」


「……はーい、次。国家転覆罪の疑いで逮捕。もう、並んどる間に書いとってよ! 時間あったやろうもん!」


「手、手がふ、震えてようやれんのです」


「紙は貴重なんだぞ、書き間違えんなよ。なんでそんな手震えてんだよ、本当に軍人か? 死ぬ覚悟も出来てねえのに、よくも他所の船襲おうなんてしたもんだ」


「身分証が船と一緒に沈んで証明するものがない被疑者はこちらに!」


「あ、あれ……セイスフランナの王女じゃろ」


「いいえ? 私はオルキ国の一般市民です。はいこちらに集まって下さいね。はい、もういませんかー?」


 レノンの兵士達は丁重にもてなしを受け、全員一斉にとはいかないが空き家でくつろぐ事も出来るよう手配された。

 希望者には軽食が差し出され、島内を自由に動き回る許可も出た。


 あんな光景を見せられて、オルキ国で不躾な行動を取る者など、まずいない。


「もういませんね、じゃあはい、まずは被疑者のあなた、こちらに」


 ケヴィンが捕虜達の身分証と本人が一致するかを確認する。ソフィアが裁判長の臨時補佐官となり、裁判官のオルキは判決を下す。


 判決を下された「受刑者」はフューサーによって再び拘束され、即席の横穴の中に押し込められる。掘ったのは勿論イングスだ。


 ガーミッドは列から脱走しようとする者を監視し、アリヤは身分証を持たないものの身分を確定するため、そのような者だけを集めた。


 レノンとフェインの兵士も手伝ってくれ、捕虜達はもう従うしかない。


「34人もいるのですか、これは時間がかかりますね……。はい、ではこの方……コホン、被疑者は誰ですか。紙に書いて下さいね。他人の紙を覗き込んだら……ね? どんな悲しい結果を迎えるか、分かりますよね」


 アリヤが小さな紙きれを全員に渡し、皆の前に立たされた1人の氏名と等級、国籍を書かせる。


「本人の供述と照らし合わせ、10人が言い当てる事が出来たら、裁判に進めます」


「もし10人にたわん時はどうなるんですか」


「たわ……ああ、満たない時はですね、人である事が確認できないという事で、裁判できません」


「裁判できなければ、どうなるんですか」


「人権は、人である事が確認できなければ尊重されませんよね」


 アリヤがニッコリと笑う。アリヤは内心いっぱいいっぱいだったが、余裕を見せようと虚勢を張っているのだ。

 その笑みが何ともぎこちなくて不審で、捕虜達は心の底から震えあがった。


「わやじゃ、こいつらネズミがごねるんと同じと思うとるのう」


「そ、そりゃいけんまーね、知ったげしてでも当てんさい」


「ギャロン語で内緒話をしても駄目ですよー、私もギャロン語分かりますから」


 アリヤの無慈悲で澄んだ声が響き、軍人よりも穏やかで厳しい島民にレノンとフェインの兵士達も冷や汗だ。


「イングス、受刑者1人追加だ」


「はーい」


「……よく出来てるじゃないか、俺より上手いかもしれないってのが悔しい」


「そうなんだね」


 それぞれが役割を懸命にこなす中、イングスは大量の羊の毛を前に、判決が下された受刑者を観察し、黙々と何かを作っている。

 黒い毛糸と白い毛糸を使い、編み棒を物凄い速さでかき回し、やがて何かを1つ作り上げた。


 それをフェイン王国の1人が見学しており、出来上がった1つを覗き込む。


「イングスさん、でしたね。何を作っているのでしょう。人形、でしょうか」


「クラクスだよ」


 イングスは脇目もふらず受刑者を観察しては手元の編み棒を動かす。フェイン王国出身者なら、クラクスが何を指すのかは理解できる。


「クラクスヴィークの風習ですね。……死人人形を、作っているのですか」


「人の形をしていなかったら、人形じゃないよ」


「なぜ、これを」


「息をお引き取り願いますって。ルダが教えた」


 ルダと言われピンとこない兵士を見上げ、イングスはいつもより真顔で続ける。


「僕の名前はイングス・クラクスヴィーク。何者だったかを遺すなら、生きていない僕がクラクスを作るべきだって考えたんだよ」

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