従うべきは誰かを問うなら、まずは美味しい食事を
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救助活動が始まり、波間に浮かぶ者達や緊急用のボートで漂っていた者は、我先にとレノンの巡洋艇に乗り込んでいく。
油の流出がないかを確認し、空母からも浮き輪などが投げられ、2時間で救助活動が終わった。
だが、当然助かって良かったねと喜び合う温かい場になるはずもない。すぐに捕虜として拘束され、尋問が始まった。
「おい、お前。お前達の国籍と与えられた作戦を全て吐け」
大きく揺れる甲板の上でずぶ濡れの体を拭かせても貰えず、救助された70人がぶるぶると震えている。
それでも和平軍に捕らえられた屈辱とプライドからか、誰も喋ろうとしない。
このまま黙っていれば、空母か巡洋艇でそのまま戻れると思っているのか。捕虜の交換などの交渉が始まれば、時間はかかれど国に帰る事は出来る。
空母も巡洋艦もかなりの距離を航行してきた。こんな所でいつまでも停泊し、燃料と食料を浪費する余裕はない。それも見越しての行動かもしれない。
「何人が乗っていて、助からなかったのは何人だ」
「……」
「貴様らと一緒にいた仲間の数も分からないか。自分さえ助かれば、2時間前まで一緒だった同志の事などもう海の藻屑としか思わないか」
「……」
仲間の事などどうでもいいのかと問われ、さすがにそこまで非情ではない者がチラホラ見受けられた。不安そうに下を向きながらも、両隣の顔をのぞき込んだり、レノンの兵士の顔色を窺おうとする。
「上官の事が怖いのか? 心配するな、その上官とやらがこの中にいるならそいつも捕虜。俺達からすれば同じだ」
「部下を守り抜けず、こんな所でまだ上官ヅラして偉そうな奴など、人間として偉くはない!」
レノン軍の女性兵士が良く通る声で叱りつける。勲章を胸に付けた中年の連合軍兵士が恨めしそうな顔で睨むも、何かが出来る訳もなく唇を噛む。
「あの、まずはレノンの皆さん、我々オルキ国とフェイン王国のために派兵いただき有難うございます。こんな所では申し訳ないので、一度島に寄られませんか」
ガーミッドが丁寧に感謝を述べ、オルキに視線を向ける。オルキも目をゆっくり閉じて同意し、この状況を早く終わらせたいとして1つ案を出した。
「レノンの者達よ、そちらでこいつらを処分しては色々とまずいのであろう?」
「ま、まあ、そうですね、捕虜を国に連れ帰った後、何を言われるか分かりませんし」
「処分しようがしまいが、こいつらは海に沈んだ数十名をレノンとオルキが殺したと証言するのではないか」
「その可能性は勿論あります。ですから、我々は今慎重に対策を考え、慎重に慎重を重ね……」
「身長と体重じゃなくて身長に身長なのかい」
「この場合の慎重は、間違えないように確実にゆっくりという意味ですよ」
「体重は関係ないんだね」
「関係ありませんね」
「そうなんだね」
一部、全く関係ない会話も混じっているが、オルキはそろそろ飽きてきている。何を言われても口を開かない捕虜に対し、苛立ってもいた。
「どうせ処分しなくても、捕虜を殺しただのと嘘をついて喚くのであろう? ならば処分した方が良いと思わぬか?」
「オルキ、涎がいっぱいでているよ」
「どうだ、この捕虜の扱い、オルキ国に任せてみぬか。ここはオルキ国の領海内であり、オルキ国で起きた事はオルキ国が決める権利を持つと思うが」
オルキが考えている事が何か、オルキ国の者達は予想がついていた。一方のレノン軍の兵士達は、オルキ国の法律に従い、尋問や刑罰を与えるのだと解釈した。
間違いではないのだが、レノン軍はまだ、オルキ国の刑法を知らない。
「分かりました、オルキ王がそうおっしゃるのであれば、捕虜をオルキ国に引き渡します」
オルキは満足げに微笑み、涎がいっそう流れ出す。その涎の意味を、レノン軍も連合軍もまだ知らない。
「国の秩序を乱す行為は、はりつけの刑、もしくは死刑とする。はりつけの期間は裁判で決める」
「……はりつけ?」
「はりつけか死刑かはオルキが決めるよ」
「死刑に決まっておろう、裁判など待っていては吾輩が飢えてしまう」
オルキはそう言いながら両手両足を縛られ正座させられた捕虜に近づく。そしてフンフンと鼻を鳴らしながらしばらく捕虜の間を縫うように歩いて、それぞれをチェックする。
「あの、オルキ王は何をしているのですか」
「あー……えっと、心臓が弱い方、怖いものや悍ましい光景が苦手な方は、暫く目を閉じるか、陸地の方でも見ている事をお勧めします」
ガーミッドが苦笑いで忠告したにも関わらず、イングスは堂々としたものだ。何の躊躇いもなく穏やかな表情で当然のようにはっきりと言った。
「味見をしているんだよ。どの人間が一番美味しいか、確認しているよ」
「あああ、味、美味しいって、まさか」
「ご安心下さい、レノンの皆さんには何もしませんよ。オルキさんは一見すると猫ですが……」
「いや、猫そのものですよ、え、え、食べるって、事ですか」
「まあ、そう、ですね。悪人ほど肉が美味だそうです」
レノンの兵士達の喉からヒュッと奇妙な音が吐き出された。先程は凛とした声で威圧的な言動を取っていた女性兵士らも、顔を真っ青にして列の後ろに下がっていく。
この会話が聞こえた捕虜もいたようで、猫に噛みつかれ、肉を食いちぎられる事を想像して無意識に体に力が入ってしまう。
それくらいなら我慢すると呟いた者、それに頷いた者もいた。
が、数分後に起きる事には、そんな落ち着こうとする努力も無駄になる事だろう。
「むっ」
オルキが目を輝かせてイングス達に振り返った。オルキが臭いを嗅ぎ、手の平をペロリと舐めたのはこめかみから顎までグレーの髭で覆われた男。
船の中では偉い方なのか、その服の形が他の者よりもカッチリしていて装飾も多い。
「これだ、イングス、これを早く。この邪魔な服を全部剥いでくれぬか!」
「はーい」
イングスがその場を動くまいと力を入れた男を造作もなく引きずり、捕虜全員が見つめる中、問答無用で服を剥いでいく。
さすがにこれはたまらないと思ったのか、とうとう男が声を発した。
「いらうな! わしを誰と思うとる! わしは航海長じゃけえ、そがいな事してタダで済まんけえの!」
「お金がかかるのかい」
「なっ……! わりゃ、しごうしちゃろうか!」
航海長の威圧は残念ながらイングスに全く響いていない。それどころかタダの意味を捉え違えるというなんとも呑気な返しをしてしまった。
「ちょ、ちょいとあんたなにいよーるんなら! そのへんにしときんさい、航海長にいなげな事して……」
「あっ、ああ……嘘じゃろ、あの猫、大きゅうなっとる!」
「わ、わ、わやでよ……化け物じゃ」
イングスが暴れる航海士を問答無用で押さえつけ、立派な制服をはぎ取った。その間にオルキは元の大きさに戻って航海士の足を踏みつけた。
「こなクソッ! あああああああーーっ!」
戦艦の中では上位の役職だった男が服をはぎ取られ、全裸で足を折られる。その惨たらしさと惨めさに、捕虜たちはさすがに全員震えあがった。
が、これは過程であり、オルキの目的は辱めでも見せしめでもないのだ。
イングスによって、足を折られて逃げられない航海士の足と腕の縄が解かれた。ガーミッドは再度、レノンの兵士達に向かって「出来れば見ない方がいい」と忠告する。
「もう、堪忍してつかあさい、堪忍、堪忍……うああっ!」
オルキがおもむろに航海士の頭を咥えた。その瞬間ゴリっと鈍い音がし、抵抗しようと手でオルキの顎を押していた手も、暴れようとぐるぐる回っていた腰も、全ての力が抜けだらりと垂れ下がる。
「ぎゃあああああ!」
「く、食いやがった! 食いやがった!」
航海士だったものの体が甲板に崩れ落ち、オルキは口に含んでいた航海士だった者の頭をプッと捕虜たちに向かって吐き出した。
パニックになり動けない者達が折り重なるようにしてその場から逃れようとする中、オルキは残った体を咥えてばりぼりと音を立てながら喰っていく。
「美味しかったかい」
「げぷっ……うむ、さぞ極悪人だったのだろう、久しぶりにここまで美味な個体に当たった! さて、お替りをもう1匹選ぼうか」
もう無理だ、どんな抵抗も意味がない。それをようやく思い知らされた捕虜たちは、我先にと全て話す事を宣言し、慈悲を乞い始めた。




