王を探して
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「天より我らを見守りし神よ、どうかフェインの民に平穏が訪れる事を……」
「祈ったってこんな現状なんだぞ、無駄な事はやめて手伝ってくれよ」
「無駄なものか。正しい事をしていれば必ず報われる」
「それでこの状況なんだろ!」
オルキ達が放棄された滑走路に降り立った頃、フェインの国王と王妃、その娘と息子はホテルの一室にいた。
連合軍は幽閉した王族に対し、必要最低限の扱いもしておらず、ホテルは軍が権限で奪い取った古い建物。
食べ物は1日1回、それも忘れていなければ兵士用の食事が届けられ、日用品はもうずいぶんと受け取っていない。
服やシーツは備え付けの冷たいシャワーで手洗いだ。
許される外出は1日に1時間、それも同じフロアの廊下を歩くのみ。
王族だからと贅沢な暮らしが許されるわけでもないが、極貧層でも逃げだしそうな扱いはもう半年も続いていた。
「今日はなんだか外が騒がしかったわね、和平軍が反撃したのかしら。このホテルに爆撃されてしまう可能性もあるでしょうし」
「私達がここにいるなんて、きっと和平軍は知らないでしょう。ああ、平和主義を貫いていれば対話で分かり合えるなんて、どうしてこんな愚かな事を本気で信じていたの」
「……」
「嘆くのが上手くて誰が得するんだよ。ここから逃げる手段考えてるの、俺だけじゃないか!」
「我々が連合軍の機嫌を損ねたなら、フェインに残した国民に矛先が向くのだぞ。奴らを刺激する事はやめるんだ」
「何も守れなかったくせに、今更国民のため? 冗談でも笑えない」
透明度が失われた窓は風が吹けばガタガタとなり、ひび割れた壁と剥がれ落ちている天井のクロスは黒ずんでボロボロ。
シャワーを使えばすぐに排水が追いつかなくなり、よく虫が出る。
半年も狭い部屋に閉じ込められて暮らしていたなら、いくら育ちの良い王族でも荒んでしまう。今年12歳になる王子はまさにやさぐれ真っ只中だった。
「せめてもう少しだけ上の階から町を見下ろせたなら、状況が理解できるし遠くから見つけて貰える可能性も上がるのに」
「……あら? あれは何? まあ、牛が逃げ出したのね」
「牛? 何でこんなところに牛がいるわけ……本当だ、牛だわ」
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「良いかニーマン。レイフとこの飛行艇を守り抜くのだぞ」
「任せて下さい。全力で指示に従います」
自由に行動する事の大切さを説いていたニーマンは、人形の性分なのかオルキの言いつけに目を輝かせて頷く。
町の近くの小さな飛行場は、誰の姿も見当たらない。薄暗くなった町は煙に覆われ、すっかりと静まり返っていた。
「さて、どこから探すか……」
「どこに押し込められているのか、見当もつかぬのか」
「レノン軍にいた時も、捕まって連れて行かれたって話しか分からなかったんだ。首都にいるとは限らないんだよな」
「誰が知っているのかい」
「誰……まあ、連合軍ならおおよその場所くらいは知ってんのかも」
「そうなんだね」
イングスが気の利いた質問をし、ケヴィンの返答でどこかへと歩き出す。
「どうしたイングス」
「連合軍が知っているなら、連合軍に聞けばいいんでしょ」
イングスは当たり前だとでも言うようにスタスタと歩いて行ってしまう。途中で熊に出くわし、ヘラジカに出くわすも、オルキを視界に入れた途端、ひれ伏すように道を開けてくれる。
ただ、動物達も王族の場所が分かる訳ではない。そこでオルキは連合軍をどこで見たのかを聞き出した。するとヘラジカが巨体で大通りを走り始め、はるか先の角を右折した。
「あの高い建物の先にいるってことか?」
「あの場所で見たのだろうよ。行くぞ」
ヘラジカの後を追うオルキ達の周囲には、いつの間にか動物達が集まり始めていた。高層住宅から視線を感じるため、住民はちゃんと生き延びているようだ。
大通りの角を右に曲がった所で、前方に先程のヘラジカの姿を発見した。ヘラジカはそこで座り込んで項垂れた連合軍を見下ろし、得意そうに前足で地面を掻く。
「よくやった」
オルキは兵士の前に立ち、顔を覗き込む。兵士は現れた人物達と背後に控える動物に怯えきり、発狂寸前だ。
「フェイン国王はどこにいる」
「ひっ、ひいい!」
「質問に答えろ」
「ぐぐぐぐ、軍に、たたたたたもづがって、どどどど、どど、どごさへか、えっつねえてまた……」
「怯えて何が何だかさっぱり分からぬのう」
「どこに連れて行かれたのかは知らないんだとさ」
兵士は過呼吸を起こし、このまま気絶しそうだ。ケヴィンが兵士に「誰が知っているのか」と尋ね、兵士が震える指で通りの先の教会を指す。
少し歩いて教会に向かえば、そこは軍の病院に改装されていた。イングスが特に何かを警戒するでもなく扉を開け放ち、よく通る声で身を潜めていた兵士や軍医に問い尋ねた。
「ごめんください、フェイン国王はどこ?」
「そ、そったら大声でまねだ! 畜生さ来はんで、おめもえんつくらえるろ」
「動物たちはちゃんと来ているよ。フェイン国王はどこ?」
「ひっ……」
軍医や兵士達が一斉に銃口を向ける。イングスは特に動じる事もなく、再度フェイン国王の居場所を尋ねた。
「えっと、あの、あんたら動物達に襲われたら勝てっこないって分かってんだろ? だから大声出すなって言って身を潜めてたんだよな」
「……」
「俺達の後ろに動物達が控えているのを見て、察して欲しいんだけど。フェイン国王はどこにいる」
ケヴィンの言葉で、建物の内の全員が騒動の首謀者の仲間である事を察した。数人は両手を上げて武器を捨て、他の者はまだ銃口を向けている。
「し、しかへるはんで、ださもしゃべな、見逃してくれろ」
「貴様らが吾輩に要求を突きつける立場にいると思うか」
急に喋った猫に驚き、手前にいた軍医の手元が狂った。銃が暴発してしまい、それを合図にして複数名が叫びながら銃の乱射を始めてしまった。
「うわああああ!」
「伏せろ!」
ケヴィンがイングスを引っ張って伏せさせる。こうなったらヤケクソだと、ケヴィンとイングスを撃ち始める者も出てくる始末。
「応戦する!」
「貴様は自身の手を汚すでない。貴様の王が何のために身を差し出したかを忘れるな」
オルキはそう言い終わった瞬間、元の大きさに戻って乱射する者を頭からぱくりと飲み込んだ。
「ぷっ」
オルキが兵士の頭部だけを吐き出した時、数人が気絶し、数人は失禁してしまった。
「おとなしくしていれば、少なくとも死ぬ事はなかっただろうに」
「食べた」
「こんなにも美味そうなのに、我慢しろという方が間違いだ」
「正当防衛じゃ、ないのな」
「これは正当な食事であり、結果的に防衛でもあった」
流れ弾に当たって息絶えた者、悶える者。数分前まで安全地帯だったとは思えない惨状に、もう誰も抵抗する者はいなかった。
「フェイン国王はどこにいるのかい。何度も尋ねているのに答えないのはどうして?」
「誰も知らぬのか。貴様らは特に戦地へ赴くでもなく、何かを知っている訳でもないのか。このような場所に隠れていったい何の存在価値がある」
「教えるって言った奴、いたよな。早めに喋った方が身のためだと分かるよな」
「し、知っていらど、あしわりふていごがれ……無理しで、しでまるじゃ」
何人かがそれらしい場所を口にする。情報が錯綜する中、複数名が隣の市のホテルの名を出した。
「王族がそこにいるのだな」
「俺達がいなくなったらすぐに軍に連絡する気だろう。その瞬間外にいるヘラジカ5頭が暴れ回り、熊の晩飯が始まる事を覚悟しておけ」
扉の外では動物達が中をじっと見つめて機会を伺っている。
「……本当は俺が復讐したい。だけど、お前らと同じレベルに成り下がる訳にはいかない」
「なんど、な、なんだば……」
「俺は、お前らに故郷を奪われ見下されてきた、ただのフェイン王国民だよ」




