悲しい町
「ところで、その製作した人形の数だけ全員が戦争で亡くなったのか」
「そうだと言いたいが、カーリーの場合はどうだろうな」
そう言うと、ルダはイングスを見つめてまた言いにくそうにした。
「おいケヴィンよ、従兄とやらの話は何も知らぬのか」
「俺に従兄がいたって話は聞いてたけど、詳しくは分かんない」
「国王さん。ケヴィンが生まれる頃には、もうカーリーは人形になっていたんですよ」
「お袋が事故だって言ってた」
「事故と言えば、事故だな」
ルダが部屋の奥へと消え、暫くして何かを手に抱えて戻って来た。
「あれは、戦争が始まる年の夏だった。カーリーは14歳になり、不器用なくせに俺の仕事に興味を持ち始めていた。いくら教えても棚の天板の左右の高さが合わず、練習人形も精巧とは程遠い。だが、どこか味のあるものを作っていたよ」
そう言いながら、ルダは1冊のアルバムを差し出した。そこに写っていたのは1人の少年。そして、最後のページにあったのは。
「うっ! これ……殺人現場? 何でこんな写真を」
「よく見ろ。倒れているのはカーリーじゃない。カーリーを襲った何かだ」
「何か?」
血だまりの中に倒れた青年の遺体。それは確かにカーリーのものではなかった。
「俺の従兄……殺されたのか? 事故って、これは誰?」
「……そいつは急に現れた。工房に入って来て、カーリーが作りかけの人形を見せたら興味を示し、次の瞬間にはカーリーの首をへし折って……」
「伯父さん、震えてる」
「腕をもがれ、肩から突き出た骨を、骨を……引き抜かれ」
「もう良い、伯父さん、分かったから」
ルダは土気色の顔のまま立ち上がり、アルバムを棚にしまった。
「……息子の絶叫と俺の怒声で、すぐに警官が駆け付けた。警官はアイツに発砲した。6発当たり、両膝を打ち抜かれ、前のめりに倒れ、顔面を打ち付けても……アイツは痛いとも言わなかった」
「……」
「何が起こっているのか、理解もしていないようだった。カーリーの頭を手に持ったまま、不思議そうに見つめていたんだ」
「それ、まるで……」
イングスのよう、そう言いかけてケヴィンは口を噤んだ。
「ああ、人形だった。血の代わりに何かの赤い油が流れていた。俺は思ったよ、この世に神などいないのだと。熱心に祈り、真面目に暮らし、慈悲深かった息子達でさえ、あんな悲惨な最期だった」
「神はいたよ。僕を作ったのは神なのだから」
「そいつは語り継がれていた通りの神ではなかった」
神がいようがいまいが、救われなかった。オルキもケヴィンも、それがルダにとって全てだと理解していた。
「もし存在するのなら、俺は誰に止められようとも憎み続ける」
人間界では神が崇められ、清き者達を救うと信じられている。信じさせたのは神自身だ。
しかし、ルダの言う事が本当ならば、神は信者達を救っていない。
神は、人間を導くだけではない何かを企んでいたのではないか。オルキが元々神に対し抱いていた疑念は、更に大きくなっていく。
「吾輩はそのような悪行を聞いておらぬ。あやつめ、何を考えていた。吾輩に傀儡を与えて何がしたい」
ルダは真っすぐにイングスを見つめていた。
残念ながら、イングスには人の死を悼む心も、自身へ向けられる視線の理由に気付く洞察力もない。ただルダを見つめ返すだけで、特にリアクションはない。
「ルダよ、そなたが何を言いたいのかは察しが付く。目の前にある人形がその当時のものと同じ存在だと考えておるのだろう」
「あの人形も神が作ったというのなら、そうだろう」
「生憎、吾輩もイングスもこの目で見てはおらぬし、神が各地でどのような悪行を働いておったか、つぶさには把握しておらぬのだ」
「伯父さん、イングスは殺戮なんかしねえよ。イングスは島長の助けとなって、この世界を平和的に統一するために存在しているんだ」
「なぜ断言できる。誰かが人を殺せと命令すれば躊躇いなく殺すだろう」
「その誰かって、誰なんだよ。俺がイングスにそんな事させねえよ。イングスは人間の道具じゃない、友人であるべきなんだ」
ケヴィンが必死にイングスを庇う間も、イングスは表情1つ変える事がない。もっと言えば、ケヴィンの方を見てもいない。
そんな人形に、人間の思いなど伝わるはずがない。ルダはそう吐き捨て、ついにイングスを憎々しい眼差しで睨みつける。
目の前に存在するのは、当時の人形ではない。
神が作り上げたのなら、きっと邪悪な存在ではないのだろう。ケヴィンが共に行動するのだから、悪い個体ではないのだろう。最初はそう思い、同じ存在とは認識せず冷静でいられた。
しかし当時の事を振り返り、それが神の作り出した人形のせいかもしれないと考えると、やり場のない怒りが込み上げてしまった。
「あれは俺の息子を殺した悪魔だ! ヒトガタが起こした惨劇は、今も皆が口を噤む程だ! ケヴィンが知らないのは当然だろう、あんな悲劇を誰が好き好んで語り継ぐ!」
ヒトガタ。ルダはかつて息子を殺した人形をそう呼んだ。
侮蔑と憎悪を含んだ呼び方である事が十分に伝わる。
「貴様の言い分はよく分かった。恐らくそのヒトガタは神が作ったものだろう。イングスを危険分子と判断する気持ちも理解する。だが、イングスに向けるその不躾な視線は何だ。くだらん」
オルキはルダに一定の理解を示しつつも、憎悪を隠しもしない態度を一蹴した。
「何がくだらない! 俺の息子が死んだ理由と同じものが目の前にあるんだぞ! 毎日祈りを捧げていた相手が、そいつと同じヒトガタを使って俺の息子を殺したんだぞ!」
「怒り狂う時間が足りなかったのなら、いくらでも怒り、叫び続けておけ。だが、貴様のその思考があまりにも愚かでくだらん事には変わりない」
「島長、いくら何でも言い過ぎだ」
「言い過ぎ? 貴様、イングスは友人であるべきと言いながら、貴様はイングスの友となる気がないのか。理不尽に責める相手を止めず、吾輩を止めるのか」
「いや、でもさ」
「貴様も愚かだの、可哀想に振舞う方が正義とは限らぬぞ」
オルキはケヴィンを諫め、怒りの矛先をオルキへと変えたルダを一瞥する。
「吾輩はかつて猫だった。長い時の中で猫を戯れに殺す人間を何千と見てきた。その殺された猫の中には吾輩の子も含まれる。貴様は、吾輩に人間を憎めと言っておるのか」
「だから何だ! 憎しみを持つのが間違いだというのか! カーリーを殺されたあの状況を知らないあんたが……」
ルダは頭で分かっていても抑えきれない感情のまま、オルキに思いをぶつけてしまう。そんなルダに対し、オルキは全てが分かっているかのように冷静さを保っていた。
「貴様に、吾輩が魔獣となる覚悟をした理由を教えてやろう」
「ああ? そんなもん尋ねた覚え……」
「人間への復讐だよ。同族を平気で裏切り、食うでもなく悪戯に殺し、我が子を火に投げ込んだ愚かな下等生物共に復讐するためだ」
「島長……」
「貴様が感じたような怒りは、吾輩がとっくに経験しておる。その上でくだらぬと言っておる」
オルキはかつて神の実験によって魔獣となった事だけを伝えていた。
しかし、自ら魔獣になる事を選択したという話はケヴィンもイングスも初耳だった。
神が蟲毒を試す時、どのように12匹を選んだのかは分からない。もしかしたら、人間に恨みのある個体を意図的に選んでいたのかもしれない。
「吾輩は魔獣となり知恵と知識を得る事が出来た。これで人間共を八つ裂きに出来ると喜んだものだ。だがな、吾輩は気付いたのだよ。一方では同族を愛で、食い物を与え寝床を用意し、死を悲しむ人間がいる事に」
「ああ、悪い奴ばかりじゃねえよ。そりゃ、全体をみりゃ人間なんてどうしようもねえ馬鹿かもしんねえけど」
「……。国王さん、あんたが言いたい事は分かった。すまない、ヒトガタだからと言ってあいつと同じとは限らなかった」
ルダは肩を落とし、イングスとオルキに頭を下げる。
「貴様はイングスが人形だと知った時、すぐに怒りをぶつけなかった。何故だ」
「ヒトガタがこの人形……いや、イングス君と同じく神に作られたと気付かなかったからだ。人形なら俺も作っているし、人形だから危険とは考えていなかった。でも、同じ存在なら、同じ事が起こると思ってしまった」
「肉を喰らう習性をもつ熊を恐れるならまだしも、人形に対しては貴様の最初の態度が正解であろうよ。いや、これからは神の企みを疑うべきだな」
「島長、どういう事だ?」
「あやつが何の意味もなくこの島に人形を送り、ルダの子を手にかけさせたと思うか? 貴様がイングスに与えた名、この町の名の由来、偶然だと思うか」
「つまり事件も、俺達がここに来る事も、戦争も何もかも、本当は神が……」




