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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-ようこそ、ここは魔獣の国。最後の秘境、そして最初の楽園。  作者: 桜良 壽ノ丞
世界とのギャップ

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昔話を



「……兵士がいる」


「分かるのか」


「ああ」


「服装は特に住民と変わらぬようだが」


「軍靴を履いてるだろ、あれは連合軍の支給品だ。代わりの靴まで気にかけなかったんだろ。どうせ喋ったらジョエル訛りのズシム語だろうからすぐ分かるけどな」


 クラクスヴィークは小さな湾を囲むように存在し、人口は4000人程。たいていの人間は顔見知りで、他の町や村から移って来た者だとしてもおおよそ分かる。

 数年の空白があっても、国の人間の行動パターンはさほど変わらない。


「中心部は湾の最奥部で、店や仕事場もそこに固まってる。何もねえのにこんなところをプラプラ歩く住民はいない」


「見張りという事だな。であれば船が見つかるのも時間の問題か」


「とにかく、周囲に気を配っているような、抑圧に怯えているような素振りを……する猫のフリを」


「気を持っていないから配れないよ」


「そりゃそうか。まあ、俯き加減でちょっとだけ悲しそうな顔で歩いてくれ」


「はーい」


 覇気のない灰色に覆われた町を歩き、やがてすぐ町の中心部に辿り着いた。教会には連合軍の軍旗が掲げられ、港にあった倉庫は爆撃で破壊されている。

 こじんまりとしつつも活気があり、天気の移ろいが早く曇りがちな中でも長閑で華やかだった街並みは、もうその面影すらない。


 ケヴィンは慣れた歩みで1つの店に近づき、ゆっくりと扉を開いた。

 来客を知らせるベルの金属音は、町の空気に似合わず涼しげだ。


 店の中には重厚な家具が並び、木の香りが心地よく鼻をくすぐる。


「……ん、お前……ケヴィン!?」


「お久しぶりです、伯父さん」


「こりゃ、驚いた! 早く中に」


 ケヴィンが訪れたのは1つの工房だった。店主はケヴィンの伯父であり、木製の家具や食器、依頼があれば人形などを作って生計を立てている。


 ケヴィンにどこか似た雰囲気を持つ伯父は、年相応に広くなったおでこを撫でながら、一行を店の奥にある住居スペースへ招いた。


「何故戻って来た。戦争はまだ終わっていないだろう。レノン軍はもう諦めたのか」


「レノン軍は勝てない。戦いを長引かせて落としどころを探っているだけだ」


 ケヴィンは自分がフェイン王国に戻って来た経緯を説明する。そこで伯父はようやく1匹の猫と少年の存在がただの同行人ではない事を把握した。


「お前が嘘を付く子じゃないのは知っているさ。ジェイクとお前が反抗期で対立していた時も、お前は嘘はつかなかったな。カーリーの反抗期より余程可愛いもんだった」


 久しぶりの笑顔なのか、伯父の声は嬉しそうでも、目元に皴を作るだけで笑えていない。この町から笑顔が消えて久しい事は容易に分かる。


「その国王が、今俺の目の前にいる」


 そこにいるのは黒い体に腹と足先が白い猫。だがケヴィンの目は本気だ。猫もどこか雰囲気が違う。伯父は冗談だと笑い飛ばさず、ケヴィンの言う事を信用してゆっくり頭を下げた。


「俺はルダだ、ルダ・グリュックスという。ケヴィンの父親の兄だ。と言っても12歳も離れていて、兄弟という感覚でもなかったな。という事で……あなたは猫ではなく、国王様という事で宜しいですかな」


「先に名乗るとは、随分礼儀正しい。吾輩はオルキ、魔獣である。オルキ国の国王として、各国の承認を得ようと国を回っている所だ。こちらはイングス」


「僕だね」


 当たり前のように喋る猫に一瞬目を丸くするも、ルダは平静を保って握手を交わす。


「イングス君か。随分若いようだがオルキ国の人かな」


「人じゃないよ」


「ん? では、レノン王国の人かい」


「違うよ。人じゃないよ」


 ルダとイングスの言葉が嚙み合わない。イングスはいつものように首を180度回して見せ、自分が人形である事を示した。


「に……人形? どこからどう見ても人間と変わりないじゃないか!」


「人間の姿をしていなかったら人形じゃないでしょ」


「信じられん……どれ」


 ルダは警戒しながらもイングスの胸元に手を当て、次におでこに手のひらを当てる。最後に手首の脈を確認し、少なくても生きてはいない事を理解した。


「こんなにも精巧で、人と同じように動き、喋る人形が存在するとは」


「神が作り出した。吾輩を魔獣にしたのも、元をたどれば神と言える」


「神などいるものか。戦争が始まって以降、初期には神に祈る者もいたが、最近はめっきりいなくなった。教会が連合軍に接収されても誰も文句を言わん」


 ルダは立ち上がり、店の窓にかけられた札を裏返して閉店とした。


 ルダはそこから暫くイングスに万歳のポーズをさせたり、服を脱がせてどこかに縫い目がないかと確認した。


 瞼や口の中、指の関節1つ1つまで丁寧に観察し、パンツこそ脱がせなかったが足の動きなども調べ終わると感嘆のため息をつく。


「……このような技術を持つ者が、どこかにいるのだろうな。俺がここまで精巧な人形を作れなくて良かったと思うよ」


 そう言ってルダは窓辺に座るオルキ程の大きさの人形に目をやった。


 人間のような服を着せられ、まるで誰かに忠実に似せたような顔と体型。よく見れば材料となる腕や胴体のパーツが箱の中に沢山入れられていた。


「伯父さんは木工職人で、手先が器用なんだよ。副業で町に2人しかいない人形師もやってるんだ」


「人形師?」


「僕を作るのかい」


 ルダはイングスの問いかけに悲しそうに笑みを返し、窓に座らせた1体の人形を手に取った。


「こいつはカーリーだ。俺の息子、生きていればもう30歳をとっくに超えているか」


「人形が生きる事はないよ」


「はっは、君は人間の会話の中に含まれる様々な意味を読み取るのが苦手なようだね。確かにこの人形は生きていない。俺の息子に似せて作ったんだ」


「ほう、人間は我が子の人形を作るものなのか。他にもあるのか? 吾輩の魔獣形も欲しいのだが」


「元々人形だと、人形形になるのかな。僕も作れるのかな?」


 オルキは何気なく感想を述べた。しかし、ケヴィンは気まずそうに目を逸らし、ルダも言い淀む。


「作らなくて良ければ、作りたくはなかったがな。カーリーは死んだ。横に置いているのはジェイクと、ジェイクの嫁さんのエリー。これは俺の妻、メルシー」


「この町では、誰かが死んだらその人に似せた人形を作って死者を悼むんだよ」


 人形として飾られている。つまりここに並べられた人形のモデルは、全員死んだという事。ルダの妻と子、それにケヴィンの両親。他にも何体かあるのは、全員親族なのだろう。


「人形技師は遺族のために故人の面影がある人形を作り、形見を身に着けさせる。その手でまだ何者でもない人形など作ってはいけないんだ」


「そうなんだね。人形を作るためには、誰かの息をお引き取り願う事になるのかな」


「息をお引き取り……? 死を願えないと言いたいのか。いったい、誰に言葉を教わっとるんだ」


「お、俺じゃねえ」


 ケヴィンが大慌てで否定する。


 死者を模した人形を作る者が、何の気なしに人形を作ったとしたら。それに似た人物が死者になるのではないか。


 犬のぬいぐるみを作ったなら、誰かの飼い犬が。羊を模したなら疫病で羊が死んでしまわないか。


 人形技師達はそう考え、一人前になってからの練習も、裁縫や色彩などの勉強に専念するのみ。依頼がなければぬいぐるみの1つさえ作らない決まりになっていた。


「この町では、人に似せたものだけを人形と呼ぶ。特に故人に似せたものをクラクスと呼ぶんだ」


「クラクス……クラクスヴィークという名に関係があるのかな」


 ルダの昔話には意味がある。何かを考えさせようとしている。そしてそれはあまり良い意味ではないのではないか。


 そんなオルキやケヴィンの予感は、ある意味当たっていた。


「死体の入り江という意味だ。そしてこの町の名でもある。この入り江には数百年前、死体が大量に流れ着いたと言われているんだ。まあ、あくまでも伝説だがな」


「え、俺そんな話知らねえんだけど」


「お前が生まれた時は、もう戦争が始まって伝説なんて語ってる場合じゃなかっただろ。それに、お前は昔話を読み聞かせるような歳を過ぎた頃に首都から疎開してきた」


「死体はどこから流れてきたのだ」


「詳しくは伝わっていない。元々クラクスは崖という意味で、ヴィークは入り江を指す。ここは崖の入り江という意味の村だった。いつからか死体の入り江と呼び始め、死者をクラクスと呼ぶようになったそうだ」



※各人物、市町村等は全て架空のものであり、実在する国や市町村人物、団体とは一切関係ありません。

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