やるべきこと、できること
「まずは定住者が一定数いることだな。そして他者に支配されず生計を立てられる土地がある事、政府組織がある事は最低条件だ」
「法律や、自国を認めてくれる他国も必要になる。そのためにはある程度の外交関係を築く事が必須だ。これはどこかの国からの独立でも同じことが言える」
「……イングス、覚えたか」
「うん。定住者が一定数いることだな。そして他者に支配されず生計を立てられる土地が……」
「一語一句記憶しておるならそれでよい」
定住者は2名しかいないが、生計を立てられる領土はある。オルキを元首とし、取り急ぎ体裁を整えたら政府としての要件は満たせる。
残る外交までに、まずは島を安定させなければならない。
「隠れ住むつもりはないが、攻め入る理由がなければ良いだけの話」
「フューサー・カルソイも、ケヴィン・グリュックスも、軍人の時はどういうところが攻められたの?」
「フルネームで呼ばなくても……」
イングスは2人をフルネームで呼ぶ。名前についてあまりよく分かっていないようだ。
「敵の基地とか、重要拠点とか」
「この島には基地も重要拠点もないね」
「この島自体が重要だ、偵察も容易でないから秘密裏に行動しやすい。軍事基地や物資の中継地として使ったり」
「フン、愚かだの。基地があろうが重要拠点があろうが、防衛手段は幾らでもあろう」
オルキが薄目を開けてケヴィンを見つめる。猫の表情は元々乏しいが、オルキの口調はその乏しさの十分な補完となっていた。
「貴重な知識、貴重な資源、貴重な技術、それらを我が物にしたいなら爆破はせぬ。狙えば無事で帰れない島として認知させるのも良かろう、イングス」
オルキがイングスに呼びかけると、イングスは表情を変えずに立ち上がり、家の外に出た。
フューサーとケヴィンが成り行きを見守っていると、イングスは付近に転がっていた頭蓋骨ほどの大きさの石を片手でつかみ、軽々と持ち上げる。
「おい、何を……」
「えっ」
2人が玄関先へ出たと同時にイングスが大きく振りかぶって、その石を空高く投げた。上空で見えなくなり、その2分後、石が空から落ちてきたかと思えば、100メータ先の海に波しぶきを作る。
「ふえぇ……」
「イングスは砲台にも劣らぬぞ。飛行艇が狙いを定めるなら、相応に高度を下げねばならぬ。イングスの射程圏内にな」
イングスの怪力に改めて驚く2人。オルキは続ける。
「島に飛行艇の着陸場所はない。船で上陸し我らを蹂躙しようとするなら船ごと沈めてやる」
「上陸されたら? 人質を取られたらどうする、一斉に銃撃されたら」
「そっくりそのままやり返せば良かろう。どうせ自らの命を絶つ覚悟もない姑息な小者よ」
「だが、こっちには武器もないわけで……」
オルキがフンと鼻を鳴らし、目を細めて冷たい視線を送る。
「貴様らはいちいち出来ぬ理由を考えるのだな。成し得るための手段を考える知恵はないのか」
「そんなだから、逃げるしか選択肢がなかったんだね」
痛いところを突かれ、フューサーとケヴィンは黙り込んだ。
長く続く世界戦争の混沌の中、人々は誰もが危険から身を守る事を優先してきた。恐れが勇気を上回り、軍人ですら消極的だ。
ところがオルキは本来獰猛な魔獣。イングスに至ってはまず恐れるという感情がなく、指示されたなら何だってやり遂げる。どちらも弱気な獲物を恐れる理由がない。
「フン、愚か者が攻め入るなら、どうやって狩り、苦しめてやるか考えた方が楽しいではないか。なあ、イングス」
「僕は楽しいか楽しくないか、分からないよ」
「主の考えに賛同くらいできるようにならぬか」
「人形が楽しいか楽しくないかで判断しちゃ、不都合じゃないかい。僕じゃなくてオルキが楽しいかどうかが重要だよ」
「それはそうだな。さて、敵を迎え撃つ支度をせねばならん」
「迎え撃つ? 相手の事も知らないというのに」
「貴様らに出来ぬなら指でも咥えて見ていろ、まーったく何の知恵も出せぬくせにうるさいのう。イングスは口ごたえなどせず動くぞ」
イングスはオルキの指示を待っている。やれといわれたならやるだけだ。
その姿勢に問題もあるが、フューサーとケヴィンはイングスを見習い、まずやってみようと腰を上げる。
「貴様らは人間の戦術を吾輩に教えろ。人間に国として認めさせる方法は問うたが、人間に伺いを立てるつもりはない。魔獣の棲み処は魔獣が決める」
世界は人同士で戦争の真っ只中。そんな事は魔獣に関係がない。
まずはこのヒーゴ島を整備し、オルキにとって住みやすい島にする。そうして人間の上に立ち、魔獣として人を統べる。
神に出来なかった事を成し遂げ、神を超える。神に支配されていないこの世界なら、それが出来る。
「いつまでも猫の姿に甘んじてはおらぬぞ。そう遠くない将来、吾輩がこの島だけでなく世界をも統べてやろう」
「お、おう……」
「人間の習性は分かっておる。貴様らは絶対的な存在の前にひれ伏す事しかできぬからな。神に対してなど特にそうだ。吾輩が神に代わってこの世界を支配する」
「俺達、奴隷になる気はないぞ、国民としての義務は果たすつもりだが」
オルキをこの世界に置いていった当人が戻ってこない限り、オルキは誰にも従わなくて良い。
その間に神の立場を奪う事が出来たなら、オルキは元神の呪縛から解き放たれる。
真の姿でこの世界を闊歩できる……というわけだ。
「吾輩は敵以外に爪を立てるつもりはない。真っ当な人間に恨まれるわけにいかぬのでな」
「とりあえず、俺達は手を貸すしか……ないよなあ」
「手でも足でも全てを使ってやろう、光栄に思うが良い。人間ごときが統べる土地より、よほど良い暮らしを約束しようぞ」
島民となった2人と1体は、まず港から集落までの道を整備し始めた。
交易する際、島の様子が近代的であればあるほどハッタリが利く。
立派な建物、立派な道、そして立派な港は必須だ。
その間、オルキが猫の身軽さを活かし、崖を登り山肌を進んで島内の様子を調べて回る。
「衣服も大事だ。身なりが良くなければ格下に見られる」
「えっ? オルキは何も着ていないけれど」
「吾輩を格下と認識するなら、喉元に喰らいついてやろう」
「あ、いや……これは人間の話で」
「人形は?」
「人形は人に似せているのだから、人に準じた姿行動をすべきだ」
「はーい」
フューサーは得意な裁縫のため、掘っ立て小屋を改造して温室を作ると言い出す。糸を確保する手段として麻を育てるのだ。
「ガラスが大量にあればなあ……いずれは綿も育てたいし。羊は野生種で1頭からそんなに多くの毛は刈れないだろうな」
それぞれが役割を持ち、今後の島の姿を想像する。
その中で、1人だけ浮かない顔の者がいた。
「いいよなー、みんな得意な事があるんだもん。俺は服も作れねえし、人間並みの力しかねえし、崖をひょいっと飛び越える事もできねえよ」
ケヴィンは家業を継ぐ間もなく軍人となった。その期間も1年ほど。これといった特技がない。
そんなケヴィンに対し、フューサーは何でもないように笑う。
「親父さん、土建屋だったろ? 見様見真似でも出来ることあるだろうが」
「そりゃあ土嚢袋がありゃ、それで道の地盤は作れるけどな。ねえじゃん。セメントもどこにあるんだよ。作り方は分かっても、材料がねえって話」
「なければ、作るのさ。俺は服を作るのに麻や綿を育てる所からやるぞ。セメントがなけりゃ、作ればいい」
フューサーは全員に手招きし、小高い丘に立った。
「この島々、なんとなく円形に並んでる。でも環礁はあり得なし、海も浅い。推測だが元は火山だったんじゃないか。このヒーゴ島とクニガ島、南西のウグイ島の一帯はカルデラだと思う」
「……だとしたら、火山灰の層があって、島で石灰石が採れる……? それを焼いて水と混ぜ……」
「幸い、イングスという強い味方がいるからな。掘るなら俺も手伝う」
「吾輩が石灰石とやらを探してやろう」
ケヴィンがセメントとコンクリートの作り方を思い出す。材料さえあれば、ケヴィンにもなじみのある作業だ。
「配分は少し研究が必要だけど、何とかなりそうだ」
「おう、頼むぞ」
ケヴィンにもやっと嬉しそうな笑みが浮かぶ。
こうして島民達は理想の島づくりのため、力強く活動を始めた。