フューサーの思惑
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「ねえ、さっき島長に何をコソコソ話しよったと?」
「コソコソ話? ヒソヒソ話のこと? 内緒話だよな」
「え、ヒソヒソっちなん?」
「だから内緒話だって」
会食が終わり、島長とケヴィンは島の案内に出た。少し休みたいと言った者達はアリヤが宿泊できる家に案内し、ガーミッドとイングスは夕食の魚を釣りに行っている。
「それにさ、今度は島長とイングスとケヴィンだけやん? 大丈夫なんかな。ついて行っちゃらんでいいと?」
「気を抜くとギタンギュ語になるよな……。まあ、ソフィアなら話してもいいか」
ソフィアとフューサーは集会所の片づけをし、軍人達が泊まれるように準備している所だ。夕方には皆で船から布団を運ばなけれなならないが、ここを臨時の宿泊所にするつもりでいる。
「ケヴィンがさ、ずっと故郷の事を気にしてんだよ」
「あー……連合軍の占領下にあるけんね。王様も追放されたっち話やし。え、まさかフェイン王国に行くと?」
「俺達が一緒だと絶対に頷かねえよあいつは。絶対に巻き込みたくないって言う」
「自分は結構な巻き込まれ体質っち言いよるのにね。島長とイングスにお願いするっち事?」
「ああ。そうなると猶更アリヤを巻き込めない」
ソフィアはフューサーが敢えて全員残るよう仕向けたと気付き驚いた。ソフィアは最初、自分も行こうと考えていた。アリヤがいれば上手く行くと思っていたくらいだ。
ギタンギュもいつ侵攻を受けるか分からない。ジョエル連邦はギタンギュがあるユラン大陸の南海域を支配しようとしている。
島嶼部が占領されたなら、そこから人口の少ないユラン大陸の各国を襲撃するのは簡単だ。
ガーデ・オースタンの北東の島に住んでいたフューサーも他人事ではない。もう数年も戦争が続いたなら、故郷の島がどこの国の帰属になるか分からないからだ。
「フェイン王国の人間がどんどん連合軍に徴兵されているんだろう? 駐在のレノン軍も撤退させられた。今度対峙する連合軍の兵士はフェイン王国出身かもしれない」
「で、でもレノンにもフェイン王国の志願兵がおるんよね? 一応はレノンがフェインの防衛を担っとったはず」
「つまりフェイン王国の人間は、味方同士で撃ち合わないといけない事態になっているんだ」
フューサーとケヴィンがオルキ諸島にやって来たのは去年の春頃。もう1年半程が過ぎようとしている。
それぞれに事情を抱えた者同士ではあるが、故郷が占領されたのはケヴィンだけだ。
「あいつがここに来た時、まだ16歳だったんだ。16歳で学校も途中で、兵役もねえのにレノン軍の募集に志願して」
「そっか、そうね。あんな明るい性格やけん大丈夫そうに見えるだけで、そりゃ心配よね」
フェイン王国の現状を知り、出来る事があるなら協力する。
王族は追放されたとして、今は首相が統治軍に従わせられている事だろう。
「このような場合、必ずレジスタンスがいる。上手く事が運べば、フェイン王国もオルキ国を認めてくれるかも」
「危なくない?」
「危ないだろうな。だから、ケヴィンは俺達が一緒なら絶対に行かない」
「……行かせていいの?」
「どうやってもう1隻の船を建造できるか悩んでいたからな。無いとは思うけどあの船で単身乗り込むような気になる前に、保護者付きで行かせた方がいい」
フューサーは最悪の事態になる前にと考えた。ソフィアは当時のフューサーもまだ19歳だった事を考え、こんな若者が経験してきたであろう惨状に嘆く。
「次に国交をお願いするなら、南東に進んでガーデ・オースタンに行くべきね」
「船舶の航行に関する国際法の事も気にしないといけない。アイザスの事を考えたら、中立国のギタンギュとも国交を結びたい」
「あからさまに和平軍側とだけ国交樹立してたら、国際会議の後から侵攻を受けそうやもんね」
オルキ諸島もいつの間にか世界大戦と無関係とは言えなくなっている。
そもそもケヴィンとフューサー、ソフィアの3人が島に辿り着いた時、もしもオルキとイングスがいなかったら。
ガーミッドとアリヤが連れて来られた日、この島はジョエル領になっていたかもしれない。
「島長は、この世界を見捨てんよね」
「元の姿に戻るまでは、俺達の味方でいてくれると思う」
「裏切る事は大嫌いみたいやし、そこは信じとる。でも人間の現状を知れば知る程、島長が失望していく気がして」
「イングスの事も心配だな。人間の醜い所を学んで汚れていく気がする」
「次の外交は、あなたも行く事」
「おう」
「島長にもイングスにも、守ってくれる存在が必要やけん。口だけのあたしじゃ、絶対守れん時が来る。いつか、必ず」
「ソフィアが言うと本当になりそうで怖いだろ」
「にゅあー、にゃあー」
「あんたもお留守番よ」
アイザスから連れて来た子猫は、もう島の生活に慣れたようだ。
2人はオルキを支えられるよう、この島の開拓を急ごうと言いつつ、守られる子供だった期間が誰より短かったケヴィンの心配をしていた。
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「何もない所から国が始まる。その始まりを実際に見る事が出来たのは貴重な経験でした。有難うございます」
「是非またいらして下さい。オルキ諸島にとって、海外からの初めてのお客様ですから」
「有難うございます。オルキ国の発展を、心より願っています」
「感謝する。我が島に暫く残ってくれる者達は、手厚くもてなそう」
島には人が住む集落が1つ、港前に作業小屋と、いずれ使う予定の家が数軒。案内するにも1日は掛からない。
会議も夜に追加で2時間行われ、全てが早々に終わった。アイザスの帰国組は、珍しく霧が晴れ海も穏やかなうちに出港する事となった。
そしてなんと、羊毛や乾燥肉、牛革や馬革などを購入してくれたのだ。現金が乏しいオルキ国にとって、わざわざ来て買ってくれるのは有難い。
「建国から新しいアイザス国民から贈る言葉として、守りたい場所、守りたい景色、帰りたい場所が出来た人間は強いものです。少なくとも、心はそうだと信じています」
「有難うございます。皆さんお帰りはお気をつけて」
島に残る人達の分、帰りの船には空きが出る。その分の寝具、日用品なども分けてもらい、オルキ国の皆は何度も感謝を伝え、追加の羊毛や乾燥肉などをお土産として渡した。
オルキ国の蓄えは決して多くない。
恩返しとして足りているかは分からないが、少なくともアイザスにはオルキ国の精一杯のもてなしだと伝わった事だろう。
「行ってしまったな」
「島の者ではなくとも、見送るという行為は寂しいものだな」
船の姿が小さくなっていく。北東に島を回り込んだところで見えなくなり、皆は集落へ帰る事にした。
集落では、歩くのがきついからと残った議員が1人でテーブルに就き、何かを書いている。その目の前にはタイプライター。船から持ってきていたのだろう。
「日記ですか?」
「まあ、日記だなんて。これはこの国にとって重要な文書となるものですよ」
手書きのメモは、オルキ国から聞き取った島の事、決まり事などがびっしりと書かれている。
「アイザスはあなた達の事を早々に認めましたけれど、次の外交には自国の憲法など、方針をしっかり示す必要があります。お手伝いしますよ」
「いいんですか!?」
「もちろん。建国の時に行った作業には私も携わりましたからね。お力になれますよ」
「ガーミッドさん、この島で南の海を見張りやすい場所はありますか?」
「幾つかありますよ、案内しましょう」
「私はお昼の準備に行ってきますね。今日はちゃんと出来ると思います」
「ああ、アリヤだけじゃ心配! あたしも行く!」
「じゃあ、俺は家畜の様子を見て、冬の準備してくるわ」
「おい、法律の文書は!」
「フューサーと島長がいれば大丈夫だって。俺法律とか詳しくねーもん」
皆がそれぞれの役割を果たしに外へ出て行き、昼食で皆が1度集まってはまた持ち場へ戻っていく。
数時間をかけて島の概要、法律などをまとめ、議員が法律らしい文章にしていく。
「さあて、イングス!」
「うん」
「使い方を教えるから、この文章をタイプライターで打ってくれないか」
「はーい」
フューサーが使い方を教えると、イングスがタイプライターの前に座った。
「おおっ?」
イングスの指がピアノの速弾きでも見ないくらいの速さで動き始め、手書きされた通りの文章が出来上がっていく。
「す、すげえ……」
「そうなんだね」
あっという間に出来上がった文章のチェックまで済ませたイングスは、人間の手を羨むオルキに対し「人形の手も借りたいのかい」などと呑気な事を言い、次の指示を待っていた。




