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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-ようこそ、ここは魔獣の国。最後の秘境、そして最初の楽園。  作者: 桜良 壽ノ丞
オルキ諸島という国

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嵐の中の期待

 



 * * * * * * * * *





 アイザスからオルキ諸島まで戻る途中、航海は困難を極めた。


 出港から暫くは雲も水平線に溶ける程遠かった。

 日差しのせいで陽気を感じ、ソフィアとアリヤが甲板で本を読むくらいに穏やかだった。


 しかし半日ほどで厚く黒い雲が近づき、肌寒くなったかと思うと髪が持ち上げられるかのような強風に見舞われる。嵐の襲来だ。


「荒れるぞこれ……俺、嵐の中の操舵方法なんて知らねえんだけど」


「あたしも耳塞いで縮こまっとっただけ、船の人は忙しそうに大声で何か言い寄ったけど、何しよったかは知らん」


「わ、私も……その、似たような……うっ、ちょっと気分が」


「さて、吾輩に何か出来るのなら何でもするが」


「さすがに、ねえかなあ」


 カーテンのように見える強い雨は、もうすぐそこまで迫っている。船の甲板のものは全て片付け、積み荷を縄と網で固定し、皆はケヴィンがいる操舵室で身を寄せ合った。


「アリヤ、大丈夫!?」


「だ、大丈夫かどうか、分かりません……」


 アリヤは船酔いを訴えていたが、揺れの衝撃に耐え、恐怖と戦い続けていたせいでそれどころではない。隣の軍艦からの無線を拾い、イングスがそれに答える。

 慣れた軍人に操舵を頼みたかったが、もう船から船へと移れる波の高さではない。


「どっか掴まれ!」


 船首が大きく持ち上がったかと思うと、一瞬重力を奪われ体が宙に浮く。


「来るぞ!」


 ケヴィンが叫ぶと同時に船が海面に叩きつけられた。波が窓を叩き、視界に海中が映る程の波をかぶる。


「キャーッ!」


「怖いのは分かるけどうるせー! 叫んでも何も変わんねえから代わりに祈ってくれ!」


「神様がいないのに祈ってどうすんの……キャッ」


「大丈夫です、大丈夫、近くにはアイザスの軍艦が……ひっ」


 船は何十メータの波を幾つも乗り越えては潜り、軍艦との通信はいつの間にか不通となっていた。イングスは穏やかな表情のまま。


「イングス! 俺と一緒に舵を握ってくれ! 俺が動かすから、止めろと言ったら船が持って行かれないように舵を意地でも動かさないように!」


「はーい」


 船が高い波を乗り越えた瞬間に訪れる一瞬の静寂と、すぐに感じる落下のような傾斜と重力。衝撃と船が真っ二つになるかのような軋み。ソフィアの叫びも声にならず、卒倒するように壁へもたれかかった。


「吾輩が全員を咥えて泳いででも連れ帰る。心配しなくて良い」


「心配しないでいいって言って……も!」


「感情がないのは不便だが、あっても不便なものだのう。イングスなど、心配の仕方も分からぬというのに」


「そうだね」


「この状況について、イングスはどう捉えている。分析と、今後どうなると想定されるだろうか」


 オルキは揺れに時折体を滑らせながら、恐怖も不安も感じる事のないイングスに問いかけた。


 鉄の船体が低い悲鳴を上げる中、ただ早くこの時間が過ぎ去るようにと祈る3人。

 対してイングスは暗さと波で前方がほとんど見えない状況でも、特に表情を歪めない。


「風と波が高くて船が揺れるのは当たり前だよね」


「まあ、そうだな。船は持ち堪え、転覆しないと考えているか」


「何も指示されていないから考えていないよ。転覆させたくないんだね」


「そうだな、このまま特に損傷も損害も怪我もなく島に帰り着きたい」


「そうなんだね」


 イングスは舵を押さえるという命令を忠実に守り続けている。船が波の衝撃を一番受けにくい進路を選ぶケヴィンは、イングスに今の指示の意味を伝えた。


「イングスに舵を守るようお願いしているのは、風や波に押し流されないようにするためなんだ。船が壊れないように、沈まないように、みんなで元気よく帰りたいからな」


「分かった」


 イングスは分かったとだけ返事をしたが、行動は明らかに変わった。ケヴィンが選んだ波への進路を微調整し、波を乗り越える時も複雑な舵を取る。


 ケヴィンの知識がなければどの装置を見るか、どの装置を調整するかも分からない。それでも進路は安定し、衝撃は驚くほど和らいだ。


「すげえ……よし、舵は任せた。頼んだぞ、イングス」


「うん」


 ケヴィンはイングスに船を任せ、積み荷や船のへの損傷を調べに行く。


「大丈夫なん?」


「ああ、大丈夫だ。無事に帰れるよ」


「嵐はまだ去ってないのに? 転覆の可能性もあるんでしょ?」


「イングスが返事をした。それが全てさ。大丈夫だって、俺には分かる」


 ケヴィンはイングスを信じた。イングスは与えられた指令を必ず成し遂げる。

 オルキもこの状況を問題だとは思っていない。


「俺はこれから起こる事を変える事は出来ない。けど、分かるんだ」


 ケヴィンのつぶやきは、打ち付ける雨と波の音に掻き消された。けれど、アリヤはイングスに任せてからのケヴィンの雰囲気の変化に気付いていた。


「ケヴィン? 何かありましたか? 天候が良くなりましたか?」


「ん? ああ、まあそんなところかな。見てみろよ」


 揺れに耐える中、イングスは迷いなく舵を回し、オルキがその横で「あの波はどうか」と腕で指し示す。

 指示をすればイングスは従ってしまう。だからオルキは自分が考える進路は最適かどうか、尋ねるだけにとどめている。


「乗り越え難いね」


「ふむ、ならばあれはどうだ、なだらかだぞ」


「高いから乗り越えた後は衝撃が強いね」


「むう、難しいのう」


 これを苦難と考えていない。乗り越えなければ帰れないから乗り越えているだけ。船の事は分からなくとも、出来る事をやっている。

 感情のない人形と、人間を必ずしも信用していない魔獣が、国民のためと無条件に奮闘している。


 そして、一番にイングスを信じたケヴィンとは反対に、まだアリヤとソフィアは恐怖に震えて何も出来ないのに、最悪の事態を考えている。


「……最善の行動を取るべき、ですね」


「そういうこった。船が気になるなら、積み荷が心配なら破損がないよう対策するだけさ」


「わ、私も、何かさせて下さい」


 アリヤがよろめきながら立ち上がる。すぐに大きな波を乗り越え、壁を支えなければ転んでしまいそうだ。


「んじゃあ、あれ」


「あれ……って、ソフィアさん?」


 ソフィアは操舵室の隅で倒れるように座り込んでいる。


「あれをベッドまで連れて行ってくれ、邪魔だから」


「あれって、言い方……ひどく、ない?」


「うるせー、さっさと行け。それと波が穏やかになったらイングスと島長を休ませたいから、頑張って休んでくれ」


 ソフィアに肩を貸し、アリヤは狭い階段を降りベッドに向かう。


「みんな頼もしいですね。私も、もっと強くならなければ」


「ありがと、アリヤ。強いだけじゃ、あたしみたいになるけん。アリアは優しい方面頑張って……うっぷ」


「大丈夫で……うっ」


 船の心配をしなくなれば、途端に自分の船酔いを思い出す。そんな自分との戦いが始まって暫く後。


「雲の端が見えた! もうじき嵐が終わるぞ」


 操舵室にはケヴィンの明るい声が響き渡っていた。



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