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吾輩は魔獣である、名前は今ついた。




 猫が「少年」と当然のように会話をする。それどころか猫の方が立場的に上であるかのように振舞う。

 フューサーとケヴィンの視線は釘付けだ。


()くでない。貴様ら、使い魔を見るのは初めてか」


「今は使われていない場合、使い魔なのかい」


「黙っていろ、くぐつ」


「はーい」


 猫……ならぬ使い魔との遭遇に、フューサーとケヴィンは目が零れ落ちるかと思うほど驚いていた。神はかつて悪しき存在だった魔獣を飼いならし、世界の安寧に利用したという伝説があったからだ。


 もっとも、使い魔にとってそれは事実でしかない。何を驚かれているのかも理解していない。


「えっと……その、使い魔という事は、つまり神様がいるという事か?」


「神はどこに、俺達も会えるのだろうか!」


「神はいたが、もうおらぬ。この世界に飽きたようでな、吾輩にもくぐつにも名を与えすらしなかった」


「俺達は夢でも見ているのか? 信じられない、何もかも」


「貴様が貴様の事情で信じないのは勝手だが、真実が貴様に合わせて変わる事はないぞ。真実を証明してやる義理もない……くぐつ、もう黙らなくてもよい」


「はーい」


 フューサーとケヴィンは押し黙る。


「吾輩、気に入らぬのだが。貴様らは勝手に来て施しを受けておきながら、吾輩らを詮索するのが礼儀なのか」


 2人は少年を「くぐつ」と呼ぶ理由も尋ねたいところだったが、猫の言い分に反論できず、現れた理由を語り始めた。






 * * * * * * * * *






「フン、神が世界を見限るのも納得だな。人間どもめ、愚かで惨めな存在になり下がったものだ、畜生と変わらぬではないか」


「僕は見限られるような事、何もしていないんだけど」


「貴様は神が人間にし損ねたのであって、神の責任だからな。神の世に現世のものは何1つ持って行けぬという掟らしいから仕方がない」


「寝てだったらよかったね」


「起きる寝るのおきてではない。貴様の思考回路はどうなっているのだ」


「見るかい」


「面倒だ」


 フューサーとケヴィンは、争いが絶えない大陸の戦火を逃れ、船で離島に向かっていた。

 しかし、その途中で船が嵐によって転覆。海に投げ出された者のうち何人かは、投げ出された幾らかの小舟に這い上がった。


 2人は僅かな持ち物の他、海面に浮いていたものを手あたり次第小舟に乗せ、そのまま漂流。7日目までは数えていたが、それから何日経ったか分からないという。


 その後再び嵐に遭い、気が付いた時には浅瀬の岩場に打ち上げられていた。それがこの島の北西の浜だった。


「世界中、どこもかしこも戦争、戦争で似たような惨状さ。海に逃れても山に逃れても、遭遇するのは略奪者ばかり」


「人は土地を奪い合い、肌の色や文化で優劣を付け合うものだから。勝てば何をやろうが正しく、負ければどんな権利も奪われる……ここがどこかは分からないけれど、俺達は全てを失い、もう行くあてもない」


 2人は軍人だった。民間人の護衛として船に乗り込んだが、実際のところ乗組員も軍人も、戦いに戻るつもりなど全くなかった。全員が逃げるために船に乗り、目的の島を目指したという。


「我々の事情はそんなところだ。他にも質問があれば、知っている事を何でも答える」


「質問はない。人里を求めどこかに出ようと考えていたが、この場に留まった方がマシだと理解した」


「そう、か。ではこちらから幾つか質問をいいだろうか」


「許可しよう」


「有難う。君が神の使いである事は理解した。俺達の常識で君の存在を言い表す事が出来ないからね」


「そこでだ。神がこの世を見限ったというのは何故だい。君達がこの島にいるのは何故だい」


「神は自身を稀有な存在と認識させるため、普段の姿を見せなかった。そのため人がおらぬ場所に住み着いていた。以前は大陸にあるどこぞの高い山の中腹におったのだが……登山者に見つかってしまった」


「陸続きじゃなくて周囲に何もない島なら都合が良かったって事か。確かにいつでも会える神に、有難さや尊さは感じないかもしれないな」


 2人は特に神を崇めているようなそぶりをしない。神の島だと騒ぎ立てるつもりもなさそうだ。

 万が一敬虔なる信者であったとしても、神に捨てられたのだから無意味ではあるが。


 神について簡単に尋ね、若干の裏話に驚きこそしたものの、2人には神の話よりも気になることがあった。


「君は? 何故神様と一緒に暮らしていたんだ。何故くぐつと呼ばれていたのかな」


「人形だから」


「えっ」


「神様と一緒に暮らしたことはないね、僕を作ってすぐいなくなったよ」


「君を、作った? まさか生んだって事かい!? 君は神の子って事かい?」


「人形はわざわざ生まれないよ」


「こやつは神が作った人形だ」


 人形が首を右に180度回転させて見せると、2人は飛び上がって驚き、抱き合って震える。


「ば、化け物……!」


「化け猫と、化け物……もしかして他にもいるのか」


「僕は別に化けていないよ、最初から物だからね」


「吾輩は猫に化けた後、神に姿を固定させられた身ではあるが」


「へーそうなんだ。じゃあ化け猫だね」


「なんだ貴様、知らなかったのか」


 フューサーが恐怖心を露にしながらも、人形の頭のてっぺんからつま先までを視線だけで確認する。縫い目も継ぎ目もなく、いたって普通の人間だ。


 しかしどこか違和感のある佇まいに対し、人間じゃないから不自然だったと言われたら腑に落ちる。

 フューサーがいくつか質問をし、1つ1つに納得した後、2人はようやく少年が人形である事を受け入れた。


 神に仕えていた化け猫と人形の少年。

 そしてここは神がわざわざ選んだほどの辺境であり、人が訪れにくい島。


 世界は混沌とし、どんな田舎でもどこから攻め入られるか分からない。明日を憂うどころか、今日の食べ物や寝床すら確保できない者が大勢いる。


 権力者だけが下々を眺めていられる世界。その権力争いに多くが巻き込まれ、血を流す日々。

 この島には何もないが、島を出たところで何もマシにはならない。


 2人は頷き、猫に頭を下げる。


「俺達を、ここに住まわせてくれないだろうか」


「知っての通り、島を出たところで行くあてもない。親兄弟もこの世にいないんだ」


 猫は少しだけ考えた後、一言「よかろう」と告げた。


「手先は器用か」


「仕立て屋の息子だ、お手の物さ」


「ほう……」


「どちらも大かんげいいたします」


「有難う、心配しなくとも君達の邪魔にならないし、勝手な事はしない。この島では君が島長だ、君がこの島の掟だ。必要なら協力もする」


「神の知識には到底及ばないが、人の暮らしで培ったものもある。魚を獲る方法や船を作る方法だって知っている」


「ふむ、くぐつは能力こそあれど無知だ。貴様らがいれば吾輩も助かる」


「僕に心はないからね、ないものは配れないから大丈夫だよ」


「あっと……えっと、そこでだ。我々は君達を何と呼べばいいだろうか。島長と人形では……」


「何か良い名があれば候補と意味を挙げてくれぬか。吾輩もくぐつも疎いのだ」


 しばらくは地元で人気だった男の名前や猫のありふれた名前を言い合っていたが、どうにもしっくりこない。


 そこで2人が思いついたのが、この島の名前と故郷の名前を組み合わせる事だった。


「俺の故郷は小さな島でね、そこのクラクスヴィークという町で育った」


「俺は違う島国出身だ。イングスという小さな村だった。何者でもない君に、今は無き故郷の名を継いで貰えたら嬉しいと思ったんだけど」


「イングス・クラクスヴィーク……少々長いが、人形の名としては良さそうだ」


「僕はイングス・クラクスヴィークだね。分かったよ」


「島長の名前は、島の名前がふさわしい。この島の地図などはないかい」


「2軒隣の家に、オルキ諸島って書いてある地図があったよ。ここはヒーゴ島、対岸はクニガ島、南西にあるのはウグイ島」


「ヒーゴ……いやオルキ? ヒーゴ・オルキはどうかな」


「吾輩の名はオルキだけで良い」


「ではイングス、オルキ、我々を宜しく頼む」


 オルキ諸島最後の集落から人が消えて数十年。もっとも、神と人形と化け猫を数えないとすれば、の話だが。


 久しく無人だったヒーゴ島は、この日わずか()()の有人島となった。


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