おねだりする覚悟
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オルキ諸島を有するオルキ国。
死の海域と呼ばれる陸地が最も遠い海域に浮かび、大小数十の島々で構成された歴史の浅い国だ。
ちなみにまだ国外に認知されていないどころか、島の存在も気付かれていない。
海水面から蒸気が立ち上っているかのような霧が島の周囲を覆う中、島民は今日もいつもの暮らしを営んでいる。
羊と牛と馬が1日中草の食べ放題を楽しみ、ニシツノメドリはそろそろ断崖の巣に雛を残し、別の島に渡去していくだろう。
短い夏が始まってはすぐに終わり、もう秋に差し掛かっている。夏前にはアザラシの子供も全て海に出て北を目指した。島全体が少しほんの少し静かになる季節だ。
国民僅か5人、工場なし、病院なし。それでもないものはないと割り切れば、必要なものは案外全部揃っていると気付く。5人になる前もそうやって過ごしてきた。
「乳しぼり、終わりました!」
「ありがと、加熱したらチーズ用をこっちに持ってきてくれる?」
「はい」
今日のソフィアとアリヤは作業小屋で保存食づくりだ。
家事と呼べるものが一切出来なかったアリヤも、最近はどうにか料理以外はこなす事が出来るようになった。掃除、畑仕事、保存食づくり。
丁寧な性格は、保存食作りなどの繊細で重要な仕事に向いている。
「今まで体を動かす仕事をして来なかった事を悔やんでいます。どれだけ他の方々にやっていただいていたのか、それを知りもせず暮らしていたのが恥ずかしくて」
「セイスフランナって、田舎に行っても発展しとるっち聞くし、金融も貿易も世界一で、何でもお金で解決できそうやもんね。その環境ならあたしも同じになっとる」
「先進国なんて言われてますけど、ギタンギュの町並み、私はとても素敵だと思うんです。セイスフランナには古き良き街並みがないし、観光地と呼べる自然もありません」
「そう? 常夏の国って、北洋国出身のあたしから見るとそれだけで気分あがるけどなあ。それにあたしはギタンギュにおった時も、都会に憧れて田舎を出たし」
ソフィアとアリヤは互いの憧れなどを語りながら、チーズや干し肉などの下ごしらえを進めていく。
「そうは言っても、これからどんどん移住者が増えていく中で、都会出身なんて肩書きも、暑い国の習慣も、何の役にも立ちませんからね」
まだ貨幣経済のない島では、親の地位や資産など何の意味もない。自分の価値はお金や家柄しかなかったのだと気付いた時には、アリヤも随分と落ち込んだものだ。
「そんな事ないよ、だってアリヤ……」
「えっ?」
「あー、うん。アリヤは可愛いし素直だし、人から好かれそうだからそういうの一番大事」
「そうですか? だと良いんですけど。私もソフィアさんを初めて見た時、失礼ですけどこんな島に何でこんなにも綺麗な方がいるのかと驚いたんですよ」
「あははっ、ありがと! でもあたしには素直さとかないけんね。気が強過ぎる性格、なんとかしたいんやけど」
手際良くブロック肉を太い捕鯨針に刺していくソフィアに対し、アリヤはとても丁寧にゆっくり作業を続ける。
ソフィアはアリヤに急げとは言わない。性格は正反対でも、ソフィアはアリヤのペースを見極めよく面倒を見ていた。
丁寧な物腰で他人行儀なアリヤだが、ソフィアとは無駄話をしながら無邪気に笑うようになった。国も身分も肌の色も異なる2人は、あまりにも全てが違い過ぎてむしろ相性が良い。友達になるのに時間は掛からなかった。
「ソフィア、アリヤ」
「ん? イングスどうしたん」
作業が概ね終わり、チーズを保管庫に、干し肉をチャドルに運び終わった所でイングスがやってきた。
「フューサーが来てって言った」
「フューサーが? 何やろ」
2人は最近もう1つ出来た作業小屋へと向かう。フューサーの仕立やハウス栽培を研究するための小屋だ。
数十メータ離れた川沿いの小屋は、直径2メータ程の水車がゴーゴーと音を立て、電気も通っている。中に案内された2人は、机の上に置かれたオイルランプを見て目を輝かせた。
「もしかして、これ新しいやつ!?」
「おう。電球も電気も作れるようになったとはいえ、携帯できる安全な電池はまだ作れないからな」
「ぜんぜん、全然! しかもこれ可愛いよね、ランプの笠と土台の刻印、これ島長だよね!」
「島長の肉球? 型を取ったんですか」
「おう」
植物性もしくは動物性の油を使ったオイルランプは、以前にも幾つか作ってはいた。だが、ガーミッド達が来た時の捜索で壊してしまった。
そこでオイルを燃やした炎の明るさだけでは仄暗かったものを、今回は改良。
炎の明るさを利用するのは同じだが、半球状の反射鏡によって光を下に反射させ、光を増幅させたものだ。
港ではわざわざスクリュー型の水車を回して発電させ、白熱球の街燈を幾つか立てている。現在は灯台にも使っているのだが、それでも今のところ電気ランプを持って歩く事は出来ない。
レヴェルベール灯は前時代的な代物。それでもこの島では画期的で、夜道の強い味方となる。ケヴィンは以前、真っ暗な夜中に牛に躓き、大変な目に遭った。
新しいランプは皆が待ち望んでいたものだ。
「それと、もうじき寒くなってくるからこれ」
「セーター! これ、羊毛のやつ! やったー!」
「え、いいんですか? わあ、可愛い」
「1つは実用性重視、もう1つはお洒落重視」
「この島でお洒落なんて考えた事なかった! え、これ首元が広いの可愛くない!?」
「私、そもそもセーターを着たのが何年振りかで、長袖の服なんて海外……に行かなきゃ着ないものですから」
タートルネックの白いものと、首回りを広く作ったお洒落なもの。
前回の冬はまだ生き残るための必需品が優先で、廃屋からかき集めた服で凌いだと聞いていたため、ソフィアもそれを覚悟していた。
今年の夏の半袖やスカート、パンツなどは麻製を数着作ってもらったが、冬もフューサーの新作を着られると分かり、ソフィアは大はしゃぎだ。
「ほら、後はこれ。作り方は書いてやったし材料もあるから。型紙はこれ。後は自分で作れよ」
「あ、あう、うん。有難う……なんか、恥ずかしい」
「作ってやったこっちの方が恥ずかしいっつうの」
次にソフィアが受け取ったのは、ブラジャーとショーツ。ソフィアが恥を忍んで依頼したものだ。
この夏からは石灰と灰汁、それに油を使った石鹸も使い始め、皆の装いは随分と清潔になった。そうなるとどうしても欲が出てしまった。
「アリヤさんも、ショーツはとりあえず3枚、ソフィアに合わせた。古着から作ってるけどよく洗って綺麗だから。ブラはその、測定が必要だし」
「あ、えっと、有難うございます。ど、どうしよう……」
幸いにも戦艦に残された物資から、定規、メジャー、コンパスなど様々なものを手に入れた。もう抱き着いて手を回し、おおよそのサイズを測るなどという必要もない。
しかし、抱き着かなければいいかというと、そういう問題でもない。
ソフィアは潔くフューサーに測ってもらったが、アリヤは裸を見せるのを躊躇う。かと言って、1つをずっと使い回すのにも限界がある。その1つも最近はサイズや形が合わないと感じていた所だった。
「別に、見たからって言いふらす事はしない。ピッタリにはならないけど、今のを付けたまま測ってもいいし、もしくは」
「ちょ、ちょっと待って下さい! どう、しよう……」
アリヤは育ちが良く、男の前で裸になるなど以ての外だと教えられて育ってきた。悩みに悩むその視界に、ふと、イングスが入り込んだ。
2人を連れてこいと言われ、次の指示を待ったまま玄関に立っている。




