野生の黒船 ※方言会話あり
「え?」
「野生の人間の船があるね」
「人間も船も野生とは言わぬ」
「そうなんだね」
「ケヴィンから言葉を習ったであろう」
「ケヴィンは教え方をいつまでも悩んだままだから、あまり習う事はないね」
ケヴィンが早くも挫折している事はさておき、イングスもオルキも特に慌てた様子がない。だがソフィアからすれば一大事。
この島にどのような目的で上陸するのか次第で、ソフィア達の運命が大きく変わるからだ。
「ちょっと、2人とも! 野生……船が見えるって事は人がこっちに来とるんやろ!?」
「2人だと? 吾輩を人間呼ばわりするでない」
「人形の数え方は1体だよ。人間呼ばわりはよくない」
「意味は分かるやろうもん! こっちに来よるなら対策せんと! ケヴィン! フューサー! 船が来よるっち!」
ソフィアは大慌てで集落に戻っていく。
「騒がしい奴だ。気を抜いたり焦りを感じている時は、ギタンギュ語に戻るようだの」
「そうだね」
慌てる気はなくとも、どのような人間が訪れるかは島にとって重要だ。
オルキは慌てふためく人間達を愉快に思いつつ、イングスに武器を取れと命じた。
* * * * * * * * *
「ウグイ島の方に向かったな」
「どうする?」
「ウグイ島にはオルキ国の島っち立て看板があるんよね。船から降りれそうな浜には全部」
「首都はヒーゴ島にあると分かるように、ちゃんと案内板もあるからな。ああ、ソフィアはこの島の立て看板しか見てないか」
「ある程度自由にして良いが、1日経って挨拶に来ぬようなら追い返す。礼儀のなっていない人間は美味いが嫌いだ。牛や羊を根こそぎ持っていかれても困る」
クニガ島を見渡せる浜には、それなりの船が停泊できる港が完成した。その付近には風車小屋と、入居者待ちの家が4棟。
野菜作りも本格的に始まり、文明的な生活が出来ている。
ハッタリが利く程度には整えたつもりだった。
「この集落の周囲は崖、船の停泊は出来ない。不意打ちを喰らう事はないと思う」
「案内板を置いたのだから、港に船を着けると思うんだよね」
「ならば、吾輩とイングスは港に一番近い家で一晩を過ごそう。奴らが来たならイングスを寄越す」
「イングス、ウグイ島に向かった船にどれくらい人が乗っていたか、見えたかい」
船影を見たのはイングスだけ。北東の集落から島の南西まで約4kmもあり、ウグイ島の港が見える位置までも30分以上歩かないといけない。
そのためイングスとオルキが船を確認しに行き、ウグイ島の東にある桟橋に到着したのを見届けた。
ヒーゴ島の南西端から約1km先の入り江。イングスはちゃんと見えていた。
「桟橋には15人いたよ」
「難民船にしては人数が少ないな。どんな格好をしていた?」
「フューサーとケヴィンが着てきた服に似ていたね」
イングスの言葉に、3人が息を飲む。
「つまり、軍服だな」
「軍人が15人……偵察か」
「ケヴィンの巻き込まれ体質が早速発揮されたか」
「悪かったな! 結局いつも無事だからいいだろ」
「まあまあ。イングス、どのような旗を掲げていたか、見えたかな」
「旗は掲げていなかったね」
「……沿岸から見える範囲で動く小さな漁船ならまだしも、自国の旗を掲げずに港に寄るのは国際法違反になるんだが」
「軍人の船が身分を隠して行動……国際法違反よりも余程不都合な事情があるんじゃねえの」
発展には移民を受け入れなければならない。が、もう「どなたもどうか」「決してご遠慮はありません」と言うつもりはない。
受け入れるに値する者達かどうか。決めるのは島民とオルキだ。
「貴様らも軍人だったなら、殺し、殺される覚悟はあったはずだ。相手が敵国かどうかではなく、定住に値する人物かどうかで見極めろ」
「……分かった」
「人間の理に反しておるなら、受け入れる価値など無いと考えるのが道理だがな」
相手にとっては自分達が敵。相手には相手の正義がある。オルキはこの島の正義に相応しいかどうかだと繰り返し、各自に準備を告げた。
* * * * * * * * *
客人らがヒーゴ島の港にやってきたのは、暗闇と静寂に包まれた真夜中だった。
月と星々が厚い雲に隠され、目を凝らさなければ足元も見えない。
耳を澄ましても、遠くの波が岩を撫でる音くらいだ。
風のない海も、草を食む者がいない草原も、誰かが先に音を立てるのを待っているかのよう。
イングスが昼間に目撃した戦闘艇は、ご丁寧に港まで数分の距離からエンジン音を消し、気づかれないよう接岸した。
まさか夜遅く皆が寝ているからと気を使ったわけではない。
それなら昼間に堂々とやって来て、友好的な態度を示したはずなのだ。つまり、気付かれてはまずい事をやろうとしている。
1体と1匹は敵襲を想定し、軍人らを待つ。
「良いか、奴らは貴様を攻撃するやも知れぬ。話して分かり合えぬなら戦意を削げ」
「どうすれば良いのかな」
「恐怖や痛みも良いが、圧倒的な正しさや存在の前にひれ伏すのが人間の習性だ」
「分かった。オルキを見せたらいいんだね」
「ん? 吾輩を魔獣だと見破る器量があるものか。畜生の方がまだ吾輩の気配を感じ取るぞ」
「ソフィアが猫は圧倒的な可愛さで人を飼い慣らす。可愛いは正義って言った」
「……」
イングスには緊張感のかけらもない。
そんな中、とうとう中型の戦闘艇から複数名が下りてきた。
「訓練されておる、風車の音に紛れ、足音を最小限に抑えて歩けるようだ」
「でも聞こえているんだよね」
「それはそうだが。少し静かに」
オルキの目はまるで猫のようにほんの僅かな星明りでもあれば、物をハッキリと認識できる。正確に言えば猫ではないためか、視力も良い。
ほぼ黒い猫が小窓にいたところで、暗闇の中で人間に見つかる事もない。
人影をはっきりと認識してしばらく、小声での会話が耳に入ってきた。
「本当さこしたらどごさ人がいらんべが」
「だば看板があっだし、明かりもついてんべ」
「あどわんつか静がにしろ、気づかれてすまう」
「こさも立て看板があらぁ……ほり、オルキ国領だりさ。んぁ、何? 決まりのがいだ島じゃかきや、なんぼかそこはご承知けろて書いである」
視認と足音から人数は4人。
「……小声でよく聞き取れぬが、島民に知られぬよう行動するつもりのようだ」
「そうなんだね」
「船を動かさない辺り、数時間で引き揚げるつもりだな」
夜襲と判断したオルキは、イングスと共に家の扉の前で待機する。
「ちゃんど家もある、人は確かさ住んでんだ。港も外灯もあっだはんで、電気がこながいらってごどだべ」
「まさか本当さ島があっで思てながったし、人が住んでんのもどってんこぐ」
「こりゃ、わんつか静かにあさいでげ」
話し声は耳を澄まさなくても聞こえるようになり、とうとう4人が家の前に差し掛かる。
その瞬間、イングスは扉をスコーンと勢いよく開いた。
「うおぉう!? な、だだば!」
4人の男達が驚き飛び上がり、その場に尻もちをついた。
イングスは家の前の電熱線のスイッチを入れ、ガス灯に火をつける。
「……」
「む、村人? どってんこいだや……」
「こんばんは」
「ひぇっ」
4人は驚きと動揺で身じろぎ一つしない。隠密作戦が上陸から数分、それも最初に通り過ぎる家の前で失敗したのだから、心中は察するものがある。
「おい、なんぼすら? 見きやれてまいね」
「他さ気付いだ島民はいね。この場で殺めてまるべか……」
イングスをただの若者と認識しているためか、ここで口封じをしようかと言い出す。イングスはいつもの余裕がありそうな表情を崩さないが、その表情は4人を勘違いさせた。
状況を把握できておらず、これから自分の身に起こる事も察していない。そう思った4人は忍ばせていた銃にゆっくりと手を伸ばす。
「船が遭難すてまって、この島さ辿り着いでらじゃ。首都近ぇだば案内すでけへ」
落ち着いた風を装い、1人がにこやかに話す。
だが、状況を把握できていないのはイングスではなく軍人の方だった。
「こんばんはって挨拶されたら、ちゃんとこんばんはって言わないと」
「何を言っておるかまーったく分からぬが、礼儀のなっていない人間は好かぬ。そのまま銃を取り出せば命はないぞ」




