人形伝説
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「ほらあんた達さ、私でも起きてモーニング用意してやってるってのに、眠そうにダラダラしてんのクソダサいんだけど? さっさとやんなよ」
翌日、誰よりも早く炊事場に来たのはトリスだった。
護衛はまだ夢の中、それもそうだ、トリスが炊事場にやって来たのは午前4時半。
アリヤやソフィアが並みならぬ使命感と愛国心で行動している事を知って、何の信念もなかったトリスは負けじと燃え上がったのだ。
「トリスさん、あまり張り切りすぎると疲れちゃいますよ。私もソフィアさんも、今日は貿易のための書類と皆さんの住民台帳作成で殆ど一緒に仕事出来ませんし」
「王女と町娘に負けてられないって。だいたいあんた達日曜日なのに仕事するつもり? いいからさっさと指示を出して」
「張り切り過ぎですよ、もっと楽に、長続き出来るように気楽にやらなくちゃ」
「知ってる? 大陸の役所はどんなに電話しようが扉叩こうが一切対応してくれないんだよ日曜日って。何のために日曜日の夜明け前に起きてんのあんた達」
「交代で羊たちの世話をするんですよ。冬は牧草も育たないし、家畜に曜日は関係ありませんから」
「は、何? その家畜に合わせて全員起きてちゃ、どっちが飼い慣らされてるか分かんないじゃん。使命感か何かわかんないけどさ、それこそその調子で生活続くと思ってんの?」
トリスは7割意地で朝食の準備をし、調理以外の作業を淡々とこなした。
今まで誰かが勝手にやってくれて、そんな作業がある事さえ知らなかったためか、何をやっても初めて。
何もかもが面倒臭く、けれどどれか1つでも放棄したなら全てが崩れてしまう。
21歳でようやく生活の仕組み、社会の構造を知ったトリスは、相変わらずの強気な発言をしながらも、島民への敬意や感謝の片鱗が見えるようになった。
「おはようございました」
「ん? ああおはよう」
「君もコーヒーを飲まなくちゃいけない」
「ん? ああえっと、君誰だっけ」
「イングス・クラクスヴィークだよ」
「ああそうだった。コーヒー淹れてくれたの?」
「君はまだコーヒーを飲んでいないからね」
イングスにコーヒーを差し出され、トリスはようやくひと段落して椅子に腰かけた。イングスが微動だにせず待機しているため、トリスは後で飲むとも言えず口を付ける。
「いい香り。あんた、コーヒー淹れるの上手いんだね」
「そうなんだね」
「そうなの。褒めたんだから有難うくらい言いなさいよ」
「有難う」
「あなたちょっと……変わってるよね。ああ、悪口のつもりじゃないんだけど」
「そうなんだね」
イングスはコーヒーカップを受け取ると、くるっと反対を向いてカップを洗いに向かう。まるで機械のように、どこか人間らしさのない様子を眺めていると、続いてニーマンが現れた。
「ああ、えっと君名前何だっけ」
「ニーマン・フェルスクです、トリスさん」
「ニーマン君。あのさ、あのイングスって子は?」
「イングスがどうしましたか」
「いや、ちょっと変わってるなと思って」
「確かに、以前より随分と変わりましたね」
「……?」
ニーマンはとても自然に振舞っているが、それはあくまでも人間らしい振舞いをしているだけ。ふとした瞬間にどこか噛み合わない違和感が生じてしまう。
語彙力も鍛えられ、笑えるかどうかは抜きにすれば冗談を言う事も出来る。
しかし、時々言葉をその本来の意味のまま受け取ってしまう。
「ああ、すみません。ちょっとと言うべきでした」
「いや、そうじゃなくて。あれ、私のズシム語なんかおかしい?」
「特に面白さは感じません」
「……あれ、私が変なのかな、よく分かんなくなってきた」
会話がどこか噛み合わず、トリスは島と大陸で言葉の意味が違うのかと首を傾げる。それを見てニーマンはようやく察し、トリスは何も悪くないと擁護した。
「俺もイングスも、人間ではないのです」
「……は? 人間じゃない? 奴隷って事? この島、実は結構ヤバい事してんの? 捕虜になった連合軍なの?」
「いえ、言葉の意味の通り、人間ではありません。人形です」
そう言うとニーマンは自身の首を右に180度回した。同時にトリスの悲鳴が響き渡るかと思いきや、トリスは失神し、椅子ごと後ろに倒れてしまう。
洗い物を終えたイングスが寸前で椅子を支え、ゆっくりと椅子とトリスを元の姿勢に戻させた。
「まだ眠いんだね」
「いえ、気絶したようですよ」
「そうなんだね」
ニーマンはトリスが気絶した事を護衛に告げに行き、慌てた護衛が机に伏せる格好で動かないトリスを担ぎ上げる。
「どうした、何があった」
「あったのか、なかったのか、僕は何も知らないよ」
「俺が人形だという事を証明したら気絶してしまいました」
そう言いながらニーマンが再び首を180度回す。護衛4人のうち2人は失神し、2人は初めて見せる驚愕の表情と叫び声で腰を抜かした。
「どうした、羊のうんこでも踏んだか?」
「フンだけに? あはは。んで、何があったんすか」
ケヴィンとアドバンが駆け付け、ニーマンが経緯を説明する。護衛達は「何事にも動じない護衛」としての矜持を守るためか、まだ暗いのに怯えを隠すようにサングラスを掛けた。
「そんな存在があるとは……」
「そもそもこのオルキ国は、最初に島長とイングスが神に置き去りにされたところから始まってるんだよ。そこに俺とフューサーが流れ着いて、ソフィアが来て、連合軍が来た時にアリヤとガーミッドさんが移り住んで」
「俺なんて来たばっかなんすよ。だから代表に相応しい初期の開拓組の皆さんが大臣やってる感じすね」
「とすると、ニーマン殿は? 神が去った後にこの島に来たのですか」
「俺は神に放棄された後、フェイン王国で養父に20年面倒を見ていただいていました。最初は記憶喪失者として。その後はちっとも成長しないせいでバレてしまうのを恐れ、夜しか活動していませんでした」
護衛2人が互いに何かを確かめるように頷き合う。
「何かあんの? 似たような話が他の場所でもあったりして」
「失礼、クラクスヴィークという姓はなぜ」
「あー、それ俺の故郷の町の名前なんだ。死体が流れ着いたって言い伝えから、死者に似せて作る人形の事をクラクスって呼ぶ風習があって」
「……同じだな」
「ああ」
護衛はまた2人で頷き合い、イングスとニーマンに質問を投げかけた。
「自分と同じような人形の存在を、他に知らないか」
「知らない」
「俺も知りません」
イングスもニーマンも、自分以外の「神が作った人形」を見た事がない。ただ、他に心当たりのある者がいた。
「あっ……伯父さんの話」
「伯父さんとは、故郷に住んでいる人か」
「ああ、人形師だ。伯父さんの息子、つまり俺の従兄なんだけど、従兄はイングス達と同じような人形に殺されたって、言っていた」
「他に神が作った人形が存在していた事は、知っているんだな」
「どういう事だ? 何かあるのか」
護衛の2人はトリスをイングスに任せ、気絶した2人を抱えて宿舎となっている集会所の扉を開ける。
護衛をベッドに運び、イングスがトリスの滞在する家から戻って来た所で話が再開された。
「クラクスヴィークという町はよく知らないが、非常によく似た話は世界の幾つかで語られている」
「えっ」
「かつて数体、あるいは数十体の死体が浜に打ち上げられたという話だ。どのケースでも身元やどこから流れ着いたのかは一切不明。我々が住むゴーゼ国でも、地方に言い伝えがある」
「……具体的にはどんな話だ?」
「クラクスヴィークと話としては変わらない。ただ、ゴーゼ国の言い伝えだと死体は確かに人間の姿なのに、体の中が空っぽだったと」
「空っぽ……まさか」
皆がイングスへと視線を向ける。ニーマンまでもが視線を向けた事から、肝心の人形2体は何も察していないようだ。
「俺、オルキさん呼んでくるっす。神様がやった事だとしたら、オルキさんにも無関係じゃないんで」




