星降る夜に反省と感謝を。
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そこからのトリスの変化はあまりにも早過ぎた。
夕食の際は、「私は何をすればいいの」と言って最後まで配膳をしていた。
各家庭用の薪が少し足りないという話になった時も、トリスはちょうど炊事場の掃除をしていた。
それも、やめた方がいいと言われたにも関わらず、だ。
「もー! まとめて持って来ればいいじゃん! ずーっとダラダラ洗ってると手痛いんだってば!」
「悪い悪い! つーか水温低すぎる時はイングスに手伝って貰えよ。おーいイングス! 代わってやれ!」
「はーい。僕の仕事だね」
「うっさいわね、あんたは他の事やってな」
「煩いのは君だよ」
「何? 文句あんの? 坊やはあっち行きな!」
「……僕の仕事、取られた」
トリスは冷たい水に手を真っ赤にしながらも「坊や、薪取りに行きな! ほらあんたらも取りに行くんだよ!」と言って、イングスと共に島民ではなく護衛の人間を向かわせた。
自分達には関係ないと言わず、護衛を自分のためではなく島民のために使った。
「明日も5時30分なんだよね、ちゃんと起こしに来てよね」
「多分、今日1日の労働で体がきついと思うから、どうしても無理だったら素直に言って」
「あんた達に出来て、私に出来ないわけないでしょ。起こしに来なくて、やっぱりアイツ起きられなかったなんて言われちゃ困るから」
「……あたしだってさすがにそんな意地悪はせんけど。まあいいわ、ちゃんと起こすから頑張って起きて」
ソフィアはトリスの態度の変化を感じ取りながら、ムキになって無理をしているのだとばかり思っていた。多少なりともトリスのペースを許そうと思っていたところに、この意気込みだ。
ソフィアは戸惑いを感じながら、今度は自分に対しどんなマウントを取って来るのかとため息をつく。
「何、あんた疲れてんの? 早く寝なよ、顔色良くないし」
「残念だけど、あたし顔色良かったことないんよね。だからこれが普通。ところで入浴はどうするの? 誰かの家のシャワーを借りてもいいけど、あたしは共同のお風呂に行く。大勢で入るの苦手なんだっけ」
「……そうね、水着なんて準備してないし」
「あー、ちゃんと女だけで入れるから安心して、水着もなくていいから。男湯はあたしらの風呂より下にあって、覗かれたりはしない」
「……」
「寒いでしょ、汚れてるだろうし。その真っ赤な手、ゆっくり温めないと大変な事になるよ」
「……」
「どうしても恥ずかしいって言うなら無理にとは言わないけどさ、あたしのこの薄っぺらい体でも堂々としたもんよ。だいたいこの島で覗きなんてやって、生きて朝を迎えられると思う?」
ソフィアがチラリと視線を向けた先には、オルキの姿があった。会話が聞こえていたのだろう、オルキは何も言わずに左の前足をにぎにぎとさせ、その鋭い爪を見せつける。
「ね?」
「……分かった」
トリスはソフィアの勧めで着替えを持つと、共同浴場へと向かった。
屋根と仕切りで囲われた脱衣所の先には、岩場に数メータ四方のヒノキの湯舟が置かれ、その縁の高さにデッキと洗い場が備えられている。
トリスは恐る恐る服を脱ぎ、慌ててかけ湯をし天然の温泉に肩まで浸かった。
「熱っ!」
「そんな慌てて入るからよ。まあ慣れるって。それよりほら、空を見上げて」
「は? 空?」
「ちょっとランプ消すよ」
「え、嘘、ちょっと!」
ソフィアが笑いながら見上げたその視線の先には、都会や電飾煌びやかなホテルでは見る事の出来ない星空が広がっていた。
小さな宝石の粉を散らしたように、ただひたすらに光り輝く星々が見える。
「今日は月がないから、星がとても良く見えるの。こんなに晴れた夜空も珍しいくらい」
「……綺麗」
口を開けば不満だらけ、言わなくなってからも強気な発言は続けていたトリスも、素直な感想が零れ落ちた。目の焦点のせいか、本当に強弱が付いているのか、またたく星がまるでこちらの存在に気付いているかのようだ。
「オルキ島で光を発しているのは、港の2つの街燈と、集落の中心の1つの街燈、それにカーテンを閉めていない家の明かりがほんの幾つかだけ。あ、灯台の明かりもあったっけ」
「真っ暗だよね」
「うん。周囲に陸地がないから、これ以上暗くなりようがない。だから星がこんなに見える。これだけでも、この島に来た価値があると思わない?」
「光から遠い田舎なら、こんなもんなんじゃないの」
「まあ、それはそうね。あたしはかつて、これに負けないくらいの星空が見える田舎に住んでたし」
「は? あんた、ギタンギュの首都に住んでたって言ったじゃん。ギタンギュって首都に人口の半分が住んでんでしょ? 100万人都市だっけ」
「その100万人には、あたしみたいに都会に憧れて田舎を捨てた人間も含まれとると」
ソフィアはトリスに自分の昔話を聞かせた。
初日のトリスなら「自分語りなんてクソダサい」「聞いてもないのにわざわざどうも」くらいの嫌味を言っていただろう。いや、そもそも誘っても来なかったのだからそれ以上だったかもしれない。
「最初はね、他人を病気から救える、そう思った」
「実際に救ってんなら事実だし、何か問題ある訳?」
「あたしにはそれが見えるだけで、治せる訳じゃない。常に注視して見続けられる訳でもない」
「まあ、医者じゃないんだし」
「そうなるとさ、医者にもかかっていなくて、あたしがたまたま気付いた時にはもう手遅れって人も中にはいるわけよ。気付いても治療法がない病気はあるし」
「それは仕方ないだけじゃん」
ソフィアはいつかイングスとオルキ、ケヴィン、フューサーに話した事をもう少し丁寧に語り続ける。
「けどさ、やっぱり言う人はおるんよ。わざと教えなかったんだって」
「は?」
「本当は知ってたくせに、意地悪で教えてくれなかった、この忌まわしい魔女って」
「何それ、最悪じゃんそいつ」
「もう治らないって言われた時の怒りと悔しさは分かる。でもさ、そのうち目を付けられたら呪われる、病気にさせられるなんて言われ始めて、あたしは陰湿な田舎を捨てて憧れの都会に逃げた」
「フフッ、馬鹿だね。都会に逃げたって、一番盛り上がる話はいつだって誰かの悪口だよ」
トリスが乾いた笑いと共に、「私が仲間内でやってきたようにね」と呟く。
「誰かの不幸に寄り添う私の慈悲深さ凄くない? とかね」
「あー、それは私もよくやった。良い人アピールに弱者を利用すんの。それで善良な経営者を支持するって声を集める訳。慈善活動って言って金投げりゃ、哀れな奴らも泣いて感謝してくる」
「その言い方。生々しいってか、何か分かるかも。って事で、都会に出て、最初は良かった。あたしのこの面倒な力も無いフリしてた。でも、やっぱり見てられない時ってあるじゃない。つい病院に行った方がいいって言ったり、落とし物されましたよって」
「あんたどんだけお人好しなの。私がこの島に来た時の態度と全然違うじゃん」
トリスにとって、ソフィアはいけ好かない女、だった。今も別に優しい良い人だと認識している訳ではない。ただ、ソフィアは気丈に振舞う事でしか自分を保てない、本当は弱い人なのではないか。
そう察するくらいの情は湧き始めていた。
それは自分もまた、金持ちで何でも思い通りになる人間だと振舞う以外に何も出来ないトリスと重なる。
「敵を作って欲しくなかったんだ。あたしみたいに敵ばかりの魔女になったら、もう逃げるか死ぬしかない。あたしは逃げたけど、最後にやっぱりみんなを助けられるかもって欲を出して、死ねと言わんばかりに船を追い出された」
「あんた、可哀想な女だね」
「でしょ。でもさ、結果、この暮らしを手に入れる事が出来た。何もないけど、あたしに必要な全てが揃ってる。あたしは今ようやく幸せ。この国のためなら何だってやる」
「この島の人は魔女を怖がらないの?」
「それどころじゃない人数で始まった国だし。それに、島長がいる限り、この国じゃ性悪は生きられないの。連合軍を返り討ちどころかそれ以上の事した噂、聞いたことあるでしょ」
「うわっ。あれ、やっぱホントなんだ……」
トリスは湯から上がろうとして身震いし、再び肩まで浸かる。しばらく無言の時が流れ、空には幾つか流星が滑っていく。
「でも、まあ、あんたやっぱり魔女だよね」
「何? あたしあなたの心や過去まで覗いてない」
「フン、あんたが魔術でも使ってなきゃ、私が今、反省なんかしてる訳ないでしょ」
「何それ、反省してるんだ?」
「夜空見て、あんたの話聞いて、あの王女様の様子見て、私何してたんだろーって、私の敵多いなーって、金以外何も味方してくれないじゃんって思ったんだよ」
「それを聞くと、あなたも十分可哀想」
「ほんとそう。だからありがとね、魔女さん。私、性格ブスやめられそう」
「性格ブスって自分で言う? 笑っちゃう」
ソフィアは洗い場から戻って湯に浸かり、掬ったお湯を顔にかけながら目を擦った。




