イングスのアシストとソフィアの慈悲
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「はい、スープは自分で注いで! 肉はイングスが切り分けたものを貰ってね」
「ハーブティーはあっち、水はあっち!」
「やーったー! 今日は白米がある! オルキ諸島で唯一の悩みが米の栽培出来ないとこなんすよ」
「暖かい地域じゃないと作れないからな。貿易って生活を豊かにするよなー」
首都と港、2つの集落では、それぞれの地域で住民が一緒に食事を摂る。
春からはいよいよ各家庭毎の生活が始まる予定だが、まだオルキ諸島に物が安定して届き、備蓄が整うまでは今のスタイルで行く事になった。
土地は当面、国から貸与。
国民は収入の15%を税金として納める。
更に年金として収入の10%を毎月積み立てる。
物を買う際は消費税が10%。
医療費は当面無料で、医者は国から給与が出る。学校教育と教師の給与も国が面倒を見る予定だ。
それで足りるかどうかは分からないとして、不足があれば調整するとしている。
従って、島民はまだまだ当然のようにみんなで集まって食事を摂っている。例外は病人だけだ。
トリスと護衛の男達も、その中にいた。
「トリスさん、お席はそちらです。金持ちだろうが王族だろうが、この島ではこのやり方なんですよ」
「ちょっと、何これ! なんで私達がこんな食事しなきゃいけないの! ちゃんとしたシェフに作らせてよ! それにこんなに大勢で食べるなんてあり得ない!」
「あり得ないって、目の前に広がってる光景は何なんだ? あるだろ。嫌なら食わなくていいよ」
「食ってくれって頼んでねえし、金持ちだからって特別扱いはしねえぞ」
「せめてゲストハウスなどはないのですか。お嬢様だけの個室を用意していただき、食事はそちらに運んでください」
「やけん、この国にはそんなん無いっち言いよるやん! 空き家は島民体験プログラムの人の分しかないと! それ以外の人は集会所の打ち合わせ室しかない」
島民は全員この生活スタイルに納得して移住している。今の共産主義的生活から資本主義への移行を惜しむ者もいるが、食事については自炊が苦手な者向けの食堂経営を始める者もいるだろう。
イングスとニーマンにも給与は出る。2人に頼んで家を作って貰えば、ゲストハウスの経営も出来る。
「島民体験プログラムにも応募していないんですから、そのような扱いは出来ません」
オルキはイングスの膝の上に乗り、ラム肉をちゃくちゃくと美味しそうに食べている。言いたい事は国民が言ってくれる。人間同士に任せるつもりだ。
……いや、つもりだったが、トリスが側がオルキを傍観者にさせてくれなかった。
「ねえ、あの猫が国王様なんだよね。それともあっちの猫? 魔獣かどうかなんて分からないんだけど、国王ならさ、来客がこんなみすぼらしい過ごし方させられるの、申し訳ないとか思わないわけ?」
「おい、島長にそんな事言うな」
「いや、言わせてもらうわ! 買収できるようなたいした施設がないのは分かったけど、ここにシルトン家がホテルを建ててあげてもいいってのに、それなりのもてなしをした方がいいんじゃないの」
ソフィアの膝の上で魚を分け与えられているチャッキーと、イングスの膝にいるオルキ。トリスはどちらが国王なのかと半笑いで煽りつつ、もてなしを要求する。
「こんな扱いしかできないなんて、国王が恥ずかしいと思わない神経が分かんない。そりゃ建物はまあまあだし、芝屋根も黒い壁に赤い窓枠も可愛いっちゃ可愛いけど木造でしょ?」
「ねえあんた、文句しか言えないの? オルキ国民全員を馬鹿にしてさ、あんたの方が失礼だし無神経だよ」
「はあ!? シルトンホテルの最高のおもてなし、知ってて言ってんの? 世界が認めてるんですけど? ああ、こんなクソ田舎じゃ分かんないか可哀想」
何がそんなに不満なのか、トリスは島民に囲まれた食卓についても、食事を取りに行く素振りすらなし。ひたすら文句を言い続け、しまいには自分への扱いだけでなくオルキ国の悪口を言い出した。
「うぜえっすね、この女」
「はあ?」
「あんた、完成されたホテルをそのまま引き継いで経営者ぶってるだけだろ。金持ち相手にニコニコして華やかさアピールして買収するだけでいい社長とか、あんたである意味あるんすか」
「あたしがトリス・シルトンだからみんなが注目して価値を認めてくれてんだよ! 黙れよガキ!」
「すげえのはあんたじゃなくて、あんたの家柄じゃん。あんたの姉ちゃんとか親戚でも代わり利くっすね」
「なっ……何このガキ! もう最悪! 私帰る!」
トリスが立ち上がり、最後に言い返したアドバンと、全く動じないソフィアを睨む。
「ママぁー、あのひと、自分でごはん食べられないのー?」
「リラちゃんは全部食べましょうね、お行儀がいいもんね」
「あのおんなのひとより、おれの方がおりこうじゃん」
トリスは無邪気に毒を吐く子供達にも追加で睨みを利かせ、そのまま集会所を出て行こうとする。護衛の者達もトリスが食べ始めるまでおあずけで、必然的に何も食べずに出て行く事になってしまう。
「貴様、そろそろ弁えぬか。この国で、しかも吾輩の前で我が国の悪口とはそれなりに覚悟しておるのだな」
オルキの発言で集会所内から音が消えた。猫のチャッキーさえも食べるのを止め、トリスを見つめている。その雰囲気に、強気だったトリスも咄嗟の反論はできなかった。
「我が国のやり方を批判するのは許容しよう。だがみすぼらしいだと? 恥ずかしいだと?」
「それは、そりゃちょっと言い過ぎたかもしれないけれど、事実でしょ」
「大金を積んで手に入るものと日々の暮らしを同列に語っている時点で、貴様は何も分かっておらぬのだよ。もてなせ? 吾輩は貴様から宿泊料も食事代も受け取っておらぬが?」
「君達はホテルを構えて、予約を取って、お金を沢山受け取っておもてなしするんだよね。僕達はホテルを構えていないし予約も受けていないよ。お金も貰っていない。けれど君達は施しを受けているね」
「来てくれとも泊まってくれとも頼んでねえし、食うもんも寝る場所もないのは可哀想だから呼んでやっただけだぞ。この島では皆働いてる。あんた何出来んの? この中で一番価値が低いんだって気付いてるか?」
プライドが世界最高峰並みに高いトリスにとって、この場で受けた言葉は投げかけられた事のないものばかり。
トリスだけでなくシルトン家の者達は物心つく前からチヤホヤされ、巨万の富の前には誰もがひれ伏しご機嫌取りをしてきた。
だが、この島ではただの訪問者。それどころかお呼びではないとばかりに塩対応。トリスは受け入れがたい現実に成すすべなく佇む事しか出来ない。
「この島のやり方が気に入らぬなら出て行くがいい。定期船はまた5日後にやってくる故、その辺で野宿するくらいは許可してやろう」
「国王様、さすがにお嬢様に野宿をしろと仰るのは……」
「無料で我が国で最高のもてなしをしておるが不満なのだろう? ならばもうどうしようもないではないか」
「しかし、シルトン家ならば出来る限り見合う建物をご用意いただけるべきかと」
「何が見合うというのだ。その女は自分の我儘のせいで護衛の貴様らも温かい食事と寝床を奪われる事に、なんの疑問も持っておらぬようだ。そんな愚か者にもてなしを説教されたくないな」
「おもてありしなくちゃね」
「えっと、イングス? おもてなしの反対はおもてありとは言わないの。あー、うらなしでもないから」
「そうなんだね」
イングスの頓珍漢な造語のおかげで、その場の空気が幾らか和らいだ。
オルキにこのまま発言をさせたなら、きっとトリス達は命乞いをするか、野宿で凍死だ。
トリスは嫌な奴でも、彼女の境遇のせいでもある。ソフィアは最後にチャンスを与える事とした。
「ねえ、トリスさん。あなた、まさか裕福で何でも出来るかのように振舞っとるけど、大勢で食事する事も出来ないんだ? 自分で食べ物をお皿に盛る事も出来ないんだ?」
「な、何よあんた面倒くさい女ね。する必要がないものをしないだけ」
「あたし達のようなみすぼらしい人間でも出来る事を、あなた出来ないんでしょ。しないんじゃなくて出来ないんでしょ。あたしらより出来ないんでしょ、フフッ、偉そうな事言ってるけど、アリヤは自分でやってるから」
「わ……私に出来ない事なんてある訳ないでしょ」
「ふーん。じゃあ、やってみせてよ。出来るんだよね? それともこの場から逃げだして外で凍死する?
出来ないって素直に認めてもいいけど?」
ソフィアの挑発に、トリスはまた怒りの表情を取り戻す。見下されるのが何より嫌いなのだ。
「分かったわよ、やってやるわ」




