自覚なき悪意に勝てる相手
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2月になり、定期船でオルキ諸島を訪れる者も随分と減った。
単純に寒くて日も短く、観光に適さない時期なだけだが、他にも理由はあった。
まず、オルキ国を訪れる者向けの宿泊施設がない。それに娯楽がない。
しかし大抵は出来たばかりの新しい国という話題性から、レノンとアイザスを往復する間に少し上陸するだけ。
船が荷下ろしをする間の2,3時間の散策を楽しむ者もいるが、風景を楽しむ以外にやる事はない。軽食屋があるわけでも、歴史資料館や土産物屋があるわけでもない。
要望があれば空き家を1棟借りる事ができ、島の暮らしを体験し、夕食は島民と共に取る事は出来る。けれど定期船が戻ってくるまで4~5日。その間、島暮らしの体験だけでは飽きてしまう。
他にも要因はある。フューサーともう2、3人が手編みするセーター、島民用より少し余分に作られるだけの干し肉、最近やっと導入した複写機で作った絵葉書などは、お土産として並べるには数が少なすぎる。
訪島しても物珍しさだけでは耐えられず、持ち帰る土産物もほぼない。受け入れる体制がまるで整っていない。
「そろそろ、島民を増やす事もそうだけど……お金を稼ぐ事も考えるべきっすね」
「うーん、定期船に羊毛で編んだ服や干し肉を売るだけじゃ、国の収入と呼べる規模の外貨は稼げませんね」
「医薬品をもっと揃えたいけれど、また連合軍が来て船と金品置いてってくれないかなーなんてちょっと期待しちゃうのもなんかねえ」
「え、ジャンさんそんな事を」
「リック君はもっといい医療機器が欲しいとか思わないわけ? 戦艦の設備、結構いいの揃ってるじゃない」
今のペースで島の整備を行い、新たに家を建てるための木材を購入し、野菜や果物を輸入し続けていれば、いずれは国の貯えも尽きてしまう。
しかし、オルキ国には技術力と呼べるものはないし、労働力もないに等しい。おまけに鉱業、化学系の工場が建ち並ぶフェアアイルやシェルランドのような島は目指していない。
では国として今、何で稼ぐ事が出来るかと言えば、農業、水産業だ。
ここに観光業が加われば、オルキ国の収支はプラスになるかもしれない。
「よーし、じゃあホテルを建てようぜ!」
「ホテルで働くのは誰なん? あたしやってもいいけど。魔女が厨房で食事を作っとるとかどう?」
「自虐なのか何なのか分かんねー、占いでもしてろよ。つか、大臣の役職持ってる奴はやめた方がいいよな」
「午前中は畑や家畜の世話、午後は国の仕事って感じだし、時間拘束されるのも途中で抜けづらいのも確かに困ります」
日が短いと、どうしても家の中にこもりがちだ。日光を浴びず1人で過ごす時間が長い場合、アルコールに依存したり、自殺率が上がるというデータもある。
そのため、住民は再建で広くなった集会所であーでもないこうでもないと議論や雑談を交わす。その中で今日は観光業を本格的に始めるのはどうだろうという話になった。
「島長に聞いてみる?」
「そうだな、ホテルを建てるにはそれなりに時間も掛かるだろうし。イングスとニーマンが凄い速さで家を組み立てていくから麻痺してるけど、本来は1棟に数か月かけるもんなんだぜ」
「定期船で大量に運ばれてくる資材が、次に定期船が来る時にはもう在庫なしなんだもん。あれ、絶対楽しんでるよ」
「人形ってそういうものなんだよ。役に立たなきゃ存在価値がないと思ってる。何もするなと言われる方が嫌なんだってさ」
「自分達はこんなに働き続けているのに、人間は楽してばかりなんて不満に思わないのかな」
「あの子達、物欲もないからお礼も何がいいのか分かんないんですよね」
「イングスとニーマンは、必要とされる事、褒められる事がとても嬉しいんだそうです」
「どうしたって人形には勝てない。俺達はイングスとニーマンに感謝して、感謝を伝えて、人形がガッカリしない人間であり続けるしかないさ」
16時になり、それぞれがやり残した家事や仕事に戻っていく。耳を澄ませば集落の端から木の柱をハンマーで叩く心地の良い音が響いている。イングスとニーマンは3日前に組み始めた家を今日中に建て終わる気だ。
ソフィアがそんな人形達の頑張りに笑みを浮かべ、集会所の明かりを消して鍵を閉めようとした時、ふと背後に数名の気配を感じた。
「……ん?」
「まあ、あなたはここの住民?」
「え? ああ、そうですけど。失礼ですがあなたは」
振り返ると、そこには赤いコートに丈の短い黒いスカート、レギンスに革のブーツといった出で立ちの女が立っていた。ソフィアよりも色の濃い金髪を掻き上げ、寒さで赤くなった頬を両手で押さえている。
その背後には3名のスーツにコートを羽織った男達。他国の外交官には見えないため、この季節に珍しい滞在希望の観光客だろう。ただ、それにしては恰好があまりにも場違いだ。
「あなたシルトン家を知らないわけ? まあそりゃそうよね、こんなド田舎だもん、都会やリゾートの事なんか何にも知らないわね」
「……はっ? シルトン家って、あの超高級ホテルの? シルトンプラチナホテルの?」
「そうよ。最近はパパのやってる不動産の方が景気いいって言われてるけど。私、トリス・シルトン」
「トリスって……え? この島に、何をしに?」
相手は世界的な大富豪だった。
かつてアレアンス大虐殺の後、ゴーレ人から巨額の賠償を受け取り、ゴーゼ国を建国した当時の中心メンバーの子孫、シルトン家。
先代が不動産と高級ホテルで巨額の富を形成し、受け継いだ息子達、その子供達までもが裕福が過ぎる暮らしを送っている。政界に身を置く血族も多い。
そんな大富豪の娘がこんな何もない島に何の用なのか。ソフィアは見当も付かず、つい疑うような目を向けてしまう。
「そんな事よりどこか休める場所はないの? 寒過ぎ。ホテルはどこ、スイートを用意して」
「休める所って言われても……ああ、ここ集会所なんですけど、とりあえず中へ」
「は? 集会所?」
「ええ。ここでは一番頑丈で広い建物ですよ。嫌なら無理にどうぞとは言いませんけど、この季節に外で野宿はお勧めしません」
ソフィアはまだ会って1分なのにもう相手するのが嫌になっている。相手がどんな金持ちだろうが関係ない。この島で島民に偉そうに振舞って嫌われたなら、困るのはトリス達の方だ。
後々オルキ国の悪評を立てたり、ひどい仕打ちを受けたと誇張して「パパ」に泣きつく事があったとしても、オルキ相手に何が出来るだろうか。
「どうします? 用がないなら集会所閉めますけど」
「お嬢様、見たところ島に宿泊施設はないようです」
「ほんと? 何よパパの言いつけだからわざわざ来てやったのに、何もないじゃないこの島!」
トリスは眉間に皴を寄せ、あからさまに不機嫌な様子。
新しい国、まだあまり人が訪れた事のない島、魔獣が治める変わった島。恐らく伝聞でとてつもなく魅力的な島だと思い込み、商機と思ってホテルの1つや2つ買いに来たのだろう。
「無いものはないわ、あるものは全部あるもの。必要なものは何でも揃う」
「何もないでしょ、ホテルもジャグジーもないくせに。この様子だとクラブも貧相なパブの1つもなさそう」
「ええ、無いわ。まあどうせ貧相なパブなんてあなたに必要ないでしょ。それでどうするわけ? 入るの、入らないの。あたしは帰りたいんですけど」
一方、ソフィアはトリスの嫌味にも全く動じない。今は田舎に住んでいるとしても、元はギタンギュの華やかな都会に住んでいた身。魔女呼ばわりされてきた過去は、ソフィアをそう簡単には動じない性格に育てた。
おまけに大親友はセイスフランナの王女だ。富豪の1人や2人、だからどうしたと冷静に対応できる。
「ソフィアさん、どうしまし……あれ、お客様?」
「ああ、アリヤ。そうみたい、シルトンホテルのお嬢様ですって」
「え? ああ、セイスフランナにもありましたね。王宮からも遠くに見えていました、王宮にご招待しない客人をもてなす際は、休憩所代わりに使わせて頂いたり」
「あ、アリヤって……嘘でしょ」
アリヤは今来たような素振りをしながら、実は近くで様子を伺っていた。そろそろソフィアが我慢の限界だと思い、間に入る事にしたのだ。
ただの金持ちと、王家のお金持ち。どちらに軍配が上がるか、言わずとも分かる。いつになく強気な発言はソフィアのため。位の高い者、すなわち王族に楯突いてロクな目に合わない事は、富裕層なら良く知っているからだ。
アリヤは有無を言わせない笑顔で名乗り、トリスをけん制した。
「外務大臣のアリヤ・ウルティナ・セイスフランナです。ようこそオルキ国へ」




