元連合軍兵士の葛藤
オルキの声の後、兵士達の間には動揺が走った。暗くなってからでも小声での会話でその焦りが良く分かる。戦争で相手を攻めても責められても死を覚悟するものだが、攻める側ならとりわけその覚悟を迫られるもの。
ただし、実際に覚悟が出来ているかと言えば、そうではない者もいる。
「お、おい! おめ連合軍だべ!? こったらしごとだばまねだびょん!」
「王様は何さべてんだ? 何さべてらだがわげわがねじゃ」
オルキ諸島には少数だが連合軍の捕虜から国民になった者もいる。顔を知られている数名は捕虜達に声を掛けられた。ジョガル語が通じると分かると、皆が口々に助けてくれと命乞いを始める。
「わっともながまさへねな! しごどさへでみれ、わだばなんぼでもやねいよ? なんたかったやるきがてらだ!」
「おいでもそんだよ? なんつごとねね、くすな」
「おいおいとこしょ、だいだかんだ喋ってもわがね!」
「なばしずるすけだべ!」
今はオルキ国民であっても、連合国出身の者もかつては自らもオルキ国を攻めた身。自分は許され、かつての同胞はこれから喰い殺される。
お前だけずるいと言われ、言い返せないのも仕方ない。
それはきっと、他国を攻めた経験を持つ者が一生抱える咎なのだろう。
「こやつらは何を言っておる。何故貴様はこやつらに詰め寄られておる」
「……かつては俺も連合軍として、この島の沖でレノン軍とオルキ国を攻めた身です。そんな俺はこうしてのうのうと生きているのに、何故この者達は許されないのか。ずるいと思わないのかと」
「それで貴様は何も言い返す事ができぬと? まーったく負け犬根性が染みついてはおらぬか、馬鹿者め」
「す、すみません」
ジョガル語が分からないオルキが通訳を受け、脱力したように深く深くため息をついた。元は連合軍としても、オルキは国民として認めた。オルキは国民を守ると誓っている。
捕虜が何を言おうと、オルキは国民のためなら全く怯まない。
「ズシム語をこやつらの言葉に通訳せよ」
「は、はい!」
「良いか。貴様らはオルキ国に攻め入ったならどうなるのか、ひと月前の惨敗で良く理解したはずだ」
元連合国の男が動揺しながらも通訳を始めると、捕虜の兵士らはその言葉に耳を傾ける。それは巨大な黒豹が恐ろしいからだったかもしれないが、オルキがその理由に構うはずもない。
「攻め入っただけでも万死に値する愚行だが、何も知らずにやって来て、直接攻撃に携わっていない者は許してやった。貴様らの愚かな国にもその事実は伝わったはずだ」
兵士達は伏せた顔を少しだけ上げ、上目使いでオルキの次の言葉を待つ。
「伝わったはずだな?」
「は、はい」
「貴様らの軍隊の間に、我が国からの警告は伝わったのだな」
「……はい」
「ならば、その上でわざわざやって来た貴様らは自業自得だと思わぬか。分からずやってきた者達と、分かってやって来た者を何故吾輩が平等に扱ってやる必要がある」
「ゆ、許してけへ、な、なあ、なもすけてけろじゃ、なあ?」
「わさだばどすごどもなね。……俺は、もうオルキ国民として生きる事を決めた。この国を守るために戦うと決めた。他人の権利を侵害するためじゃない、オルキ国の権利を守るため」
「吾輩はこの国のため、吾輩の理想の国家のために協力を惜しまない国民のために生きておる。我が国民を傷つけに来た貴様らの事情など知った事か。国民を駒として使う国家など滅んで構わぬ」
オルキがそう言った直後、オルキの腹が低く長く鳴った。オルキを認め崇める者がまだまだ少ないせいで、元の姿を維持するにはかなりの体力を消耗する。そろそろ補給が必要だ。
イングスとニーマンが表情1つ変えずに身なりの良い上官を引きずってどこかへ連れて行く。イングスが暗がりの中で振り返り、オルキの顔を見上げた。
「オルキ、お腹の減少音がしたらご飯だよ」
「減った空いたと言うが減少とは言わぬ。イングス、何故引きずっている」
「一番目から3番目の偉そうな悪だから美味しいはず」
「それは分かるが、どこに連れて行くのだ」
「ここで食べると大変でしょ、港が汚れるし」
「オルキ国王が食事する光景を、この者らに今更見せつけた所で意味はないでしょう。どうせ全員お替りなんですから。光景が苦手な国民もいると思いますし」
「成程」
イングスとニーマンが数人ずつ集落から離れた所に連れて行く。食事という名の殺戮をわざわざ国民に見せる必要はない。
それに、捕虜達に後悔や反省を促す意味もない。どうせ数日以内に全員食べられてしまうのだから。
助けてくれと叫ぶ者、覚えていろと怒りを表す者、それらの声が響いてしまえば国民に嫌な思いをさせてしまう。イングスとニーマンは全員を食べやすいように丸裸にした後、それぞれの口に衣服の切れ端を噛ませた。
「イングス、何をしておる」
「クラクスを作るから顔を覚えている」
イングスがそれぞれの顔をじっと見つめ、顔や目鼻の位置や形を記憶していく。ニーマンもクラクスの事を知っているようで、成程と言いながら同じように全員の顔と特徴を覚えていく。
「どうせ吾輩は頭を食わぬのだから、後で幾らでも似せる事が出来よう」
「クラクスは生きている人間に似せるんだよ。人間だったものに似せるのは違うと思わないかい」
「そういうものだろか? まあいい、済んだら教えろ、吾輩は腹ペコだ」
「もうちょっとお替り持ってこようか」
「そうだの、あと10体ばかり、威勢良く反抗的な個体を持ってこい」
「はーい」
人形ながらよく考え、要らぬ気が利くようになったイングスがもう10人の追加補充のため港へ駆けていく。
「オルキ王、イングスは良い個体ですね。何も思惑や欺瞞のない純粋な個体です」
「ああ。だからこそ本当はイングスに人間の愚かな部分を見せたくなかった。だが人間は頼みもしないのに愚かさを見せつけてくる。だから吾輩がこうして人間は愚かであってはならないと見せつけ教えるしかない」
「イングスの周りに、良い人間だけを揃えたいのですね」
「ああ。あやつがあのまま綺麗に育っていける国、いや、世界こそ、吾輩の理想なのだよ。この世界を堕落させた神に代わって人々を導く存在になるのに、傀儡1体も穢れから守れぬようでは駄目だ」
「人間を実験体として扱い、人間同士の浅い悪巧みを笑って見物していた神に聞かせたい話ですね」
「何だ、貴様もあのクズの所業を知っておるのか」
「まあ、俺を作った目的も酷いもんで……ああ、イングスが戻ってきました、話はまた今度に」
ニーマンが笑顔を作り、戻って来たイングスから「お替り」を受け取る。
イングスがあと5人を取りに戻っている間、オルキはむしゃむしゃと食事を開始した。




