襲撃者にあるべき覚悟を
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「見えた! あの島だ!」
「本当に島が……死の海域は広大で、あの大きさの島でも確かに見つけづらいが……」
「住居跡があったという事は、かつて確かに人が住んでいたという事。それより島が心配だ、すぐに準備を」
イングス達が全員を港で拘束して数時間後。オルキ達を乗せた飛行艇はオルキ国の領海に突入した。
高緯度の冬は陽が沈むのも早い。時刻は15時、既に薄暗くなっている。
「空から見るオルキ諸島って、不思議な気分。でもなんだか、島の周りを霧ではない……煙が覆っているみたいです」
アリヤが恐る恐る外の様子を見ていると、その視界の中でも明らかに霧ではない煙が立ち上っている事に気付いた。
「お、おい! 集落がなくなってる! 手前に見えるあの塊は何だ? もしかして連合国の戦艦か!」
「でも、沈没していますよね? 港に1隻大きな船も見えます」
「戦況は分からぬ。フューサー、パラシュートを。吾輩を抱きかかえて降りてくれ」
「やっぱりやるのか……まあ、飛行艇を着陸させるにはそれしかねえけど」
フューサーはパラシュートを1つ受け取ると手際よく装着した。訓練で1回だけ経験があると言って、躊躇いなく開かれた扉の縁に立つ。
「アリヤ! 先に行ってケヴィン達に伝えてくる! それどころじゃなかったら戦艦の無線で連絡するから!」
「わ、分かりました!」
飛行艇が高度数百メータの地点で飛び降りたフューサーは、すぐにパラシュートを開き器用に方向を操る。海に落ちては大変だ。
「港に大勢が見えた!」
「吾輩にも見えておる。港付近に降下できるか!」
「首都を目指してたんだけど、風を見誤った! でもそのおかげで港の手前に降りられそうだ」
島の南西から流れつつ、フューサーは島の北部にある沢の傍で地面に下りた。集落まではまだ距離があるものの、港にはほど近い。
「痛たた……島長、俺はパラシュートを片付けてから向かう! 先に伝えに行ってくれ!」
「任せよ」
オルキが飛ぶように走って消えていく。幅のある川もひとっ飛びで、ゴツゴツした岩もなんのその。
「背中を借りるぞ!」
オルキが声を掛けた羊がピタリと止まり、その背がオルキの次の足場となった。羊の毛がクッションとなった事で、高さ20メータの崖から飛んだオルキは無傷だ。
そこから草原を一気に駆け下りたなら、港はもうすぐ目の前。オルキはぴょんっと跳ねてイングスの肩へと飛び乗った。
「あっ、島長!」
「さっきの飛行艇の音は島長達か」
「おかえりなさいオルキ」
「状況は! こいつらは」
後ろ手に縛られ座らせられているのなら、少なくとも島民の危機は去ったと言える。だがオルキは島民の口から聞くまで用心深く兵士達を睨みつけている。
「オルキのご飯にちょうどいいと思ったから輸入したよ」
「あ、えっと……コホン、捕虜です、生き残りは全員捕えました」
「……そうか、皆無事だな?」
「怪我した人はいるけど、誰も死んでない。7人怪我してて、今はジャン先生の家で治療中」
「診療所ではないのか」
「ここに座らせられとる馬鹿たれの仲間が爆撃で壊したけんね、医療器具はこいつらの船から押収した分しかない」
「……クズ共が。それよりもケヴィン、ガーミッド、ウィリアム! いるか!」
診療所を破壊されたと聞き、オルキの殺気が体中から漏れた。その場で全員を喰い殺さず目的のために思いとどまった事を褒めてもいいくらいだ。
オルキは戦艦に詳しい者のの名を呼び、飛行艇が着陸するためのワイヤーを張るよう指示を出した。
「あれで本当に止まるのかよ」
「止まるから装備があるんだよ。実際に何度も使っているから大丈夫だ。その爆撃機がレノンを襲った事を考えると申し訳ない気分になるけど」
10名ほどが甲板へと走り、飛行艇が止まるためのワイヤーを張って準備する。
機体下方の車輪付近にひっかけ、戦艦の縁まである甲板上の滑走路のギリギリまでで強引に止めるためのものだ。
甲板でケヴィンが大きな旗とライトを振って合図を出すと、遠くなっていた飛行艇の音が戻って来た。
飛行艇は東からやって来て西へと飛び、そしてまた西から高度を下げ、減速しながら甲板のギリギリで車輪を乗せた。
「よし!」
「上手いな、流石はレノンの航空部隊」
「止まれー!!」
強引に速度を落とされた機体は、その推進力を打ち消されながらギイギイとワイヤーを引っ張る。僅か数秒の出来事がひどく長いように感じた頃、期待は甲板の縁数メータの所で無事に止まった。
「よっし!」
元は連合軍だった者も、もう島民として役目を果たし、レノンにも好意的に接している。
国民同士、出身地の事を持ち出して争いや無視などをしてはいけない。それが移住してきた者に課された絶対条件で、皆はきちんと弁えている。
例えば今、レノンの飛行艇に駆け寄ってタラップを掛けたのは、かつてこの戦艦の整備をしていたギャロンの軍人だ。
「アリヤ!」
「た、ただいま戻りました! 皆さんご無事ですか!?」
「すげえ……あの停止方法から何事もなくタラップを下りてきた一般人は初めてです」
「そ、そうなんですか? えっと、この状況を見る限りでは連合軍の襲撃は終わったと考えて良いのでしょうか」
「ああ、怪我人はいるけど誰も死んじゃいねえ。集落の建物は爆撃で半分以上壊されてるし崖は抉れたり地面にも穴開いてるし酷いもんだけど」
レノンの飛行艇の操縦士らが降りてくると、皆が拍手で迎える。その技術とオルキ国のために飛んでくれた事への感謝が伝えられ、一行は港へと降り立った。
「本当に、島を守り切ったのですか」
「艦砲を10台、狙撃用のライフルと、途中で発生した霧も加勢してくれてなんとか」
「すげえ……我々もオルキ王のために飛ぶとは言いましたが、襲撃が終わっているとは思っていませんでした」
「ああ、防衛に成功しているとは思えなかったという意味でして、既に占領されている事も覚悟していたと言いますか」
「イングスとニーマンが戦艦を上手く破壊してくれた。砲撃隊も頑張ったし、波の揺れがない分こっちから当てるのは楽だったんだけどよ。向こうからも的になり易くて」
フューサーとアリヤは初めて会うニーマンと握手を交わし、それぞれ自己紹介をした。イングスよりも幾分人間ぽさを感じる事に戸惑いつつも、首を180度回されたら納得するしかない。
「さて……もうじき夕闇が訪れる。首都と港町の被害状況は明日調べよう。今日はこいつらの戦艦の中にある厨房と食材を使い夕食を済ませ、家を失った者は船内で一晩を過ごしてくれ」
「さあ淑女の皆さん、オルキ国の戦艦にもシャワーはありましたけど、この戦艦には浴槽も付いています」
「シャワーと浴槽!?」
「キャーッ、やったー!」
元ギャロン海軍だった若者ウィリアムがニッと笑って見せると、その場にいた女性島民が歓声を上げて喜ぶ。
「先に怪我した人から入って貰おうよ、あたしベティさんとエマさんとジャン先生に言ってくる!」
「では私達は食事の準備に取り掛かりましょう」
「はーい、いったん解散! フューサー、お前も自分ん家と作業小屋見てきた方がいい、俺はどこが無事でどこが駄目か確認できてないから」
「分かった、じゃあ捕虜の見張り、お願いしてていいか?」
「おーう。ドルガさん、レノンから来てくれたパイロットの方々を家におもてなししてくれねえかな」
「勿論です。さあお二人とも、遠い所をようこそ」
街燈が港を照らし、疲れた表情の捕虜達はこれからどうなるのかと不安そうにしている。日が落ちてからは寒くなっており、防寒具がない者は小刻みに震えている。
「あ、あの……」
「ズシム語以外では会話せぬぞ」
「あ、えっと、はい。わ、我々はどうなるのですか。冷え込んで来たのでどこか……」
「島で一番大きな集会所は貴様らが破壊してしまったな。他の島民も家を失い、船内で一夜を明かす事になる。我々から家を奪った貴様らが、まさか屋根付きの暖かな場所など望んでおらぬよな」
小さな猫の姿でも、その澄んだ声が良く響く。寒さを凌ぎたいと言った兵士は、オルキに言い返され何も言わなくなった。
「オルキ」
「何だ、イングス」
「ナマモノは早めに食べた方がいいらしいよ」
「そうだな、鮮度が落ちてからでは味も落ちる。凍えて死なれては台無しだ。貴様がせっかく用意してくれたのだから、有難く頂戴しよう」
オルキはその体を元の大きな大きな黒豹の状態に戻し、刃を剥き出しにする。島民に見たくなければどこかに行っておけと告げた後、ペロリと舌なめずりをした。
「吾輩は非情に腹立たしいのだ。前回は許してやったがまたこうしてやって来て、我が国を攻め、我が国を破壊し、我が民を傷つけて……まさか生きて帰れるとは思っておらぬよな」




