第7章 誰にも見せないノート
里緒菜が帰ろうとしたとき、
三ツ石先生が、ふと引き出しから一冊のノートを取り出した。
表紙は、ごく普通の無地のキャンパスノート。
でも、その上にふわりと手を置いて、先生は静かに言った。
「ねえ、里緒菜さん。
誰かに“気持ちを伝える”って、すごく勇気がいることだけど……
まずは、“自分に伝える”だけでも、してみない?」
里緒菜は、少しだけ首をかしげる。
「自分に?」
「うん。誰にも見せなくていいの。
これは“提出”じゃないから。
ただ、“心の下書き”みたいなもの。」
先生は、ノートをそっと差し出した。
「気持ちって、書くと形がわかってくるよ。
曖昧だったものが、
“あ、これが私の中にあったんだ”って見えてくるの。」
受け取ったノートの重さは、思ったより軽かった。
【その夜――里緒菜、一人の部屋で】
制服のまま、机に向かう。
ノートを開くまでに、何度もためらった。
ようやく、まっさらな1ページ目が目に入る。
白すぎて、まぶしい。
でも、先生は言っていた。「自分に伝えるだけでいい」と。
そっと息を吸い、鉛筆を握る。
(書いて、いいのかな。
なんか、変な感じ……)
でも、誰にも見せないって決めたから。
誰にも、見せないからこそ――書けることがある。
あのとき――
私は、
「とも音がやった」って、言った。
本当は、ちゃんと見てなかったのに。
私の中に、
“あの子なら、やりそう”っていう、勝手な気持ちがあった。
あの子の目、今でも思い出せる。
「違います」って言ってた。
声、震えてなかった。
たぶん、あのとき、
私は“見ないふり”をした。
もしあのとき、先生が
「ほかの子の話も聞いてみよう」って言ってくれてたら――
私、もう少しだけ、勇気出せたかな。
……今さらだけど、
私は、
間違えたと思う。
ページの右下に、そっと鉛筆で書いた。
この気持ちに、名前をつけるなら、
「はじまり」って呼んでいい?