第5章 耳を塞いだのは、私のほうだった~里緒菜
あの子のことを、
ずっと、忘れていた――
……ふりをしてきた。
とも音、って名前。
耳にするたびに、
胸の奥が、ざわっとするのに。
あのとき、先生に聞かれた。
「誰が、やったの?」って。
私は、ほんの一瞬だけ迷って、でも――
とも音の名前を、口にした。
あの子なら、やりそうな気がした。
あの子なら、先生に信じてもらえる気がした。
そう思ってしまった私が、
一番、ずるかった。
声が大きくないのに、
目立たないのに、
なんとなく“ちゃんとしてる”って思われてて。
私は、ちゃんとしなきゃってずっと無理してたから。
とも音は、そんなふうに見えて、
なんか、悔しかったんだと思う。
あのとき、「違います」って言ったとも音の声。
今でも、耳に残ってる。
でも私は、目を逸らした。
あの子の目を、見なかった。
見たら、わかってしまう。
私が、“間違っていた”って。
それが、こわかった。
だから、言わなかった。
「ごめんね」って。
ずっと。
そして、何年も経ってしまった。
私の中で、過去は終わったことになっていた。
でも――
あの子にとっては、
まだ、終わっていないかもしれないのに。
いまさら謝っても、
きっと傷は消えない。
けど、もしも、あの子の“音”がまた聴こえる場所があるなら――
私は、
あの場所で、もう一度、耳を澄ませたい。