第3章 吹くこと、続けること、そして……
とも音は、あれから毎日のように、
第二音楽室に通ってきた。
誰にも告げず、
そっと靴を履き替え、
まるで誰かの眠る部屋に
忍び込むようにして。
トロンボーンは、やっぱり少し重たくて。
スライドを滑らせるたび、
音は――出たり、出なかったり。
でも。
その不器用な音にこそ、
真帆の胸は、ふっと揺れた。
「スライド、難しい……でも、音を出すのって気持ちいい」
ぽつりとつぶやいたとも音に、
真帆は、やさしく笑って言った。
「音ってさ、うまく吹けなくても、
心が動くのよ。
それが一番大事。
上手になるのは、その、ずっと先」
とも音は、小さくうなずいた。
その横顔は、あの日より少しだけ――
春の光のように、やわらかかった。
けれど。
春の雨が、続いたある週のあと。
とも音は、音楽室に姿を見せなくなった。
最初の一日、「都合が悪いのかな」と思った。
二日目、「風邪かも」と、胸がざわついた。
三日目にはもう、
真帆の心に、冷たい水がたまっていった。
そして、四日目の放課後。
真帆は職員室で、とも音の担任を呼び止めた。
「とも音さん、最近……どうしてますか?」
担任は、一拍の間を置いてから、
静かに告げた。
「……実は、少し前から登校していません。
部活動にも入っていないようで、
クラスでも、あまり目立たない子なので……何があったのか、はかりかねているのですが」
言葉は、喉の奥にこもり、音にならなかった。
その夜。
帰りの電車の窓に映る自分の顔を見ながら、
真帆は、何度も「教師」という言葉をかみしめた。
悩める子に、耳を傾けたい。
一緒に歩き、息を合わせて、
やがて――自分の足で進めるようになるまで。
そんなふうに、そっと隣を走り続けること。
それが、わたしにとっての
“教育”というものだった。
――そう、
伴走すること。
それだけは、けして忘れない。